親の言葉遣いが、子どもの成績を決めている

親の言葉遣いが、子どもの成績を決めている
「言葉による暗示」のとてつもない力
リンクより抜粋
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【成績の悪い子ほど口癖になっている「マイナス発言」】

塾で生徒を指導していて、日頃とても気になることがあります。それは、成績の悪い生徒ほどマイナスの言葉を使っているということです。

「自分はバカだから」「私は記憶力が悪い」「勉強は嫌い!」「やりたくない」「うざい」「むかつく」「かったるい」「算数は苦手」「本は嫌い」などなど、これらの言葉が日常会話に自然と盛り込まれています。

このような発言をする生徒は、マイナス発言が長年の口癖になってしまっているため、「そんなことを言わずにやれ!」とか、「頑張れ!」といった精神論的な励ましの言葉をかけても、なかなか変わることはありません。そして怖いことに、「繰り返された言葉はそのとおりに実現される」という原則(繰り返しの法則)があるため、そのような生徒はいくら勉強しても学力が身につくことはありえないのです。

たとえば、「私は英語が苦手だ!」といつも発言していたら、いつしか英語が苦手な人物のように振る舞うようになり、やがて英語から遠ざかるような行動を起こします。たとえ勉強しているように見えても、心が拒絶しているので、ただの時間の浪費になってしまいます。言葉は行動を駆り立てる非常に強力なツールであり、いい方向で使っていれば大きな効果を発揮しますが、悪い方向へ使ってしまうと、破壊的な悲劇を生んでしまいます。

言葉が招く、笑えないエピソードがあります。

「Aさんがある日、会社に出社したとき、同僚のBさんから『Aさん、今日顔色悪いけど大丈夫?』と言われました。Aさんは『別に体調悪くないけど』と答えます。次に、Cさんが別の場所でAさんに『Aさん今日、体調悪そうだけど大丈夫?』と声をかけます。Aさんは先ほどBさんから似たようなことを言われたので、もしかしたら自分は調子が悪いのかと思い、『そう見える?そういえば、体調はよくないかもしれないね』と答えます。

そして、ダメ押しで上司のDさんが登場します。AさんはDさんに『大丈夫か?熱でもあるんじゃないか?』と言われ、Aさんは、確実に自分は体調が悪いと錯覚し、早退してしまったということです」

これはある心理学的実験として行われたようですが、意図的に行ったとしたら大変な問題を引き起こしますね。しかし無意識の形では、日常でも結構、行われているように感じます。

【親が使う言葉を子どもも使ってしまう】

マイナスレベルが深い子はなぜそんなに深いのだろうかと思っていたところ、驚くことがありました。それは保護者面談をしていたときでした。
(中略)
保護者面談をしていると、話し方やしぐさ、言葉の種類や価値観が親子でよく似ているなという印象を持つことがよくあります。特に、子どもが普段使っている言葉の種類は、親御さんが使っている言葉の種類と同じということがわかったのです。子どもが「私は勉強が苦手だから」と言っているとき、その親御さんも家庭で「あなたは勉強が苦手だから」と言っていることが実に多いのです。

さらに勉強ができない子の中には、小さい頃から、親に「お前は、勉強は無理」「頭が悪い」「お前はバカだ」「鈍い」「のろま」など否定的な言葉を言われ続けてきた子もいました。親は何気なくこのような言葉を使っているのでしょうが、多感な時期に強烈な刺激となって子どもの心に突き刺さっているということに、気づいていなかったようです。

私たちは日頃、言葉を無意識に使っていますが、少し意識して使うだけでも違いますし、何よりも発している本人の行動が変わってきます。ポジティブな言葉を発するたびに、本人の耳に入っているためです。私は、自分も含め、人を指導する立場にある人には、いつも次のように語っています。

「人の心や体を傷つけたり、人の道に反したりした場合は、徹底してしからなければなりません。しかし、日頃は人を元気にさせる言葉、勇気を与える言葉をかける癖をつけるようにしましょう。希望があるかないかで、人は変わります」

ご家庭においても、参考にしていただければ幸いです。

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引用以上

 

 

 

 

華里

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「考える力がない子」を変える3つの問いかけ~具体的な導き方は、意外と大人も知らない

リンク  より引用します。

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◆「考えなさい」という側がその意味を必ずしも知らない

「応用力がない」という言葉はこれまで、数多く、あらゆる場面で聞いてきた言葉です。子どもの指導でも、基礎問題、応用問題と分かれていますね。基礎問題はできるが、応用問題はできないという子は非常に多いものです。
本郷さんの最終的な質問として、「考える力を身につけるにはどうしたらいいでしょうか」とあります。もちろん応用力をつけるには、考えることが大切なことなのですが、「考える」とはどういうことか、そもそもその意味がわかっていないで使ってしまっている可能性もあります。「どういうことを”考える”というのかご存じですか?」と問われて答えられるでしょうか。
かくいう私も20歳まで、考えるとはどういうことか知りませんでした。ですから勉強しても表面的に点数は取れますが、応用問題などの“変化球は打てなかった”のです。
その後、塾を開設し、学校法人の経営を行うようになって気づいたことが、多くの人が「考えるとはどういうことか」「考える方法とは」を知らずに、「考えなさい」という言葉を使っていたことだったのです。これでは言われたほうもたまったものではありません。勉強の世界では、このように抽象的な言葉で激励するだけで方法論は伝えない、という不思議な現象が多々あるのです。たとえば次の2つはその典型だと思います。
例1)「勉強しさない!」と言われることはあっても、「具体的な勉強方法」を教えてもらうことはさほどありません。にもかかわらず、「勉強しなさい!」という言葉だけが独り歩きしている。
例2)「来週テストするから覚えてくるように」と言われることはあっても、「覚え方」を教えてもらったことはない。にもかかわらず、誰もが覚え方を知っていることを前提として「来週テストするから」と言われる。
もちろん、このような方法を教えてくれるすばらしい指導者の方も世の中にはたくさんいます。そのような先生に当たればラッキーですが、少なくとも私自身教えてもらった記憶はありませんし、さらに私が指導してきた子どもたちに聞くと、これまで方法を教えてもらったことがないという子ばかりでした。これでは、いくら「勉強しなさい」「覚えなさい」と言われても、せいぜい、ノートを見るか、教科書を眺めるか、問題集を1回解いたというレベルとなってしまうのも無理はありません。しかも、そのようなやり方では点数につながらないため、もともと面白くない勉強がさらに嫌になってしまいます。
これと同じことで、「考えなさい」と言われても「考え方」を教えないので、いつまで経っても、考えるようになりませんし、応用力をつけるなど、夢のまた夢となってしまうのです。

◆「考える」が始まる、3つのアプローチ
そこでまずは、「考える」とはどういうことか、筆者の考えをお話ししましょう。これがわかるとどのようなアプローチを取ればいいかわかります。【「考える」とは】
「自分の言葉で語れること(What)」「疑問に思うこと(Why)」「手段や方法を思いつくこと(How)」のいずれかのことをしているときに、「考えている」という状態になると考えます。
通常の教育では、「これは何?」「どこ?」「いつ?」「どっち?」が多く、このようなインプットばかりのアプローチでは、考えるという行為は起こりにくいのです。
しかし、次の3つのアプローチを使うと「考える」が始まります。
1)「自分の言葉で語れること(What)」
「この問題の解き方を自分の言葉で言うとどうなる?」「この人の言っていることってどういうことだろうね?」「要するにこれはどういうことなんだろうね」と聞き、“自分の言葉で”語らせるようにすると、頭が動き始めて、「考える」ことが始まります。
2)「疑問に思うこと(Why)」
「なぜそうなの?」「なぜだと思う?」「どうしてこうなんだろうね?」と問われると人間は、考えます。どうしてだろうかと。たとえば、「あなたの住所はどこですか」と聞かれると、頭に入っている知識をアウトプットすればいいですね。このときは考えていません。しかし、「なぜ、そこに住もうと思ったのですか」と聞かれると、「あれ、どうしてだったかな」と考え始めますね。これが考えるということです。
3)「手段や方法を思いつくこと(How)」
「どうしたらいいと思う?」「どのように感じた?」など英語で言うHowに関係する質問をすると考え出します。これも単に知識を問いているわけではなく、考えないと出てこない質問です。
これら3つのアプローチは、勉強での応用力のみならず、実は、社会人となって求められる重要な要素なのです。私は現在、第一線で働く社会人の方を対象に研修も行っています。その社会人研修ではよく、「what why how」 の3つについてお話をします。これらは、いずれも社会で必要な視点であるといわれているからです。
「課題は何か?(What)」「なぜそうなのか?(Why)」「ではどうすればいいのか?(How)」という3つの視点がないと企業は進化発展できません。科学の世界でも、この3つを重ねて進化してきていますね。もちろん昨今のテクノロジーもしかりです。
以上のように、社会に出て最も必要とされる3つのアプローチを使って、「考える力」をつけておくと、勉強での応用力のみならず、将来にもつながる本質的能力を手に入れたことになります。

◆あまりアウトプットの質を問うと台無しになる

ただし、気をつけなければならないことは、「質問をして、相手が答えられなくてもいい」ということを知っておくことです。
質問されると自動的に頭は考え出しますから、アウトプットの質は問いません。答えなくても頭は動いているということなのです。この点知らないと「なぜわからないの!」という言葉が出てしまうと、せっかく考え始めた子どもをがっかりさせる可能性があるので注意が必要です。
このように「考える」ということができるようになるには、問いかけが大切になります。テーマは日常のテーマなんでも構いません。逆に勉強以外をテーマとしてほうがすんなりと入りやすいのですね。ぜひ、ご家庭でこの3つのキーワードを使って「考える力」を伸ばしていってください

 

 

 

がらがらどん♪

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子どもに英語を習わせる親の「致命的な誤解」

小学生対象の「子どもの習い事調査」(ケイコとマナブ/2017)では、1位の水泳に続いて、2位が英語・英会話、3位がピアノと、英語・英会話はつねに習い事上位にランクインします。

しかし、親が子どもに英語を無理矢理「習わせる」ことには少なからずリスクがあるようです。
以下、(リンク)より転載。
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■英語を習わせたい親の「言い分」

日本人の大人の多くは中学校、高校と約6年間、英語を学んできました。必死に単語の綴りを覚えたり、5文型や動詞の変化についてひたすら暗記をしてきた覚えのある人もいることでしょう。しかし、そんなに一生懸命勉強したのにもかかわらず「英語は苦手」「英語は嫌い」という日本人が多いのは事実です。

そういった人が親になると、「自分が苦労したから、子どもには英語を習わせたい」と考えがちです。自分と同じ苦労をさせたくないという親心はおおいに理解できます。また、中には、子どもがまだ乳幼児なのに「将来、いい学校に行って、いい職場に就職するには英語は必要」と15年も20年も先のことを考えている方もいるでしょう。

また「臨界期」を信じて、早くから英語を学ばせようとする親もいます。臨界期とは、アメリカの神経生理学者のレネバーグが提唱した、言語の習得は3、4歳~11、12歳までが適しているという考え方です(言語獲得には個人差があるので、近頃では「言語獲得の敏感期」と呼ぶ研究者が増えています)。

しかし、そもそも日本のように日常生活でほとんど英語を使用しない環境において、「早くから習えば、苦労することなく英語ができるようになる」ということはありませんし、こうした環境に身を置く日本人の子どもが内容を伴った英語を身に付けるのに、臨界期は存在しないといっていいでしょう。むしろ何歳になっても努力さえすれば英語は身に付けられます。

このように、「早くから習えば、苦労することなく英語ができるようになる」は幻想にすぎません。子どもに英語を習わせるには、どのような学び方をするのか、誰がどのように教えるのかなどといった点を、親がきちんと見極めなければ意味がないのです。

■強制的に学ばされると…

とはいえ、親が真剣に見極めたからといって、子どもを無理矢理に習わせても効果はありません。なぜなら、子どもには大人とは異なる学び方があるからです。その特徴は主に3つありますが、親はまずそれを理解する必要があるでしょう。

まず1つ目に、子どもが「これはおもしろそうだ」「これは自分にとって意味がある」と自ら選択したものはスムーズです。アニメの名前をあっという間に覚えてしまったり、サッカーや野球の選手をよく知っていたりといったことはよくあることです。自ら仮説を立てて、外からの働きかけによってその仮説を修正していくことを繰り返すと、子どもの能力はぐんぐんと伸びていきます。

逆に、自分の興味のないことを強制されて学ばされると、嫌がりますし、習得するスピードは遅くなります。埼玉県に住むSちゃん(小1・女子)は、3歳からフラッシュカードを使用して単語を覚えさせるのが特徴的な英語教室に通っているうちに、英語嫌いになってしまいました。小学校に入学する前には、英語を耳にするのも拒否するようになってしまい、お母さんは英語を習わせたことを後悔していました。

子どもは最初は珍しがって参加しても、単語をひたすら覚えるようなカリキュラムだと、自分でおもしろさを見出さず飽きてしまいます。それでも続けて通わされると嫌になってしまうことさえあります。

大人が一から十まで手取り足取り英語を教えることはできません。子どもが興味を持ち、好奇心を持って英語を学ぶといった学び方が重要です。言語は一朝一夕に身に付けられるものではないので、子どもが長期にわたって学び続けることのできるカリキュラムや環境作りが必要なのです。

2つ目に、子どもは自分が主人公となって学ぶ特徴があります。たとえば親がテストなどで子どもの学びを評価しようとすると、子どもは親の顔色をうかがって勉強しようとしますが、なかなか自分の学びとして身に付けることができないのです。

学びがつねに右肩上がりで上達するということはありません。ぐんぐん伸びる時期もあれば、上達が見えにくく横ばいと感じられるときもあります。初めは効率が悪いかもしれませんが、続けると効率が上がり出すポイントがやってきます。それを大人はじっと見守る必要があります。成果が出ていない段階で子どもを評価してやる気をそいでしまうと、それまでの努力も無駄になってしまいます。

■人との交流は子どもにとって冒険

本来、英語を学ぶことはそれ自体が目的なのではなく、英語で何をするのかが大切なはずです。たとえば、Kさんの場合は英語を使ってホストファミリーと交流を図ることが「目的」です。運動をしているのであれば、他国の選手とコミュニケーションを図ったり、遠征などを行うために英語を習得したいと考えるかもしれません。

中でも、語学習得において、他言語を話す人とコミュニケーションを図りたい、というのは大事な視点です。子どもが英語を学ぶときに、「いろんな国の人と話ができるようになりたい」といった目的を持つと、比較的長く英語を学ぶモチベーションとなります。なぜなら人との交流は、子どもにとって楽しみでもあり、未体験の冒険でもあるからです。

これまでの日本の英語教育では、多くの場合、英語の成績をあげることが目的でした。しかし、今後私たちが目指すべき英語教育の最終目標は、多様な社会において、異文化を持った人々と共存できるコミュニケーション能力を育成することではないでしょうか。

「言語は生涯にわたって学び続けるもの」とは、ヨーロッパの複数言語主義の考え方ですが、母語も外国語も習得の到達点はなく、一生かけて学ぶ価値のあるものです。子どもに英語を習わせたい、と考えている親は、まずは自らがこうした視点を持つことが重要です。そのうえで、子どもが自ら「英語を学んでみたい」と思えるような環境を作ることが求められます。

 

 

 

 

植田正治

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子供に「スケジュール管理」をさせる幼稚園の教育に、けっこう驚いた話。

5歳の娘が、いま幼稚園に通っている。

友だちと遊んだり、モルモットの世話をしたり、本を読んだりと、幼稚園は結構好きなようだ。

 
課題を出す幼稚園

ただ、その幼稚園はちょっと変わっている。

子供に「課題」をよく出すのだ。

といっても、何か算数や国語などの勉強をさせるわけではない。殆どの課題は「日常の習慣」に関するものだ。

例えば「早起きの励み表」と称する紙が子供に渡される。

その紙には、1週間分の起床に関する記録がつけられる欄があり、「起床の目標時刻」と「実際に起床した時刻」を毎日記録していく。

もちろん、親が記録をつけるのではない。子供が自分で記録をつけなければならない。

そして1週間後、きちんと記録が埋まれば、幼稚園でメダルをもらえたり、表彰してもらえたりする。

要するに、一種の目標管理である。

もちろん、何もしなくても、ペナルティは特にはない。やるかやらないかの意思決定は、子供に委ねられている。

子供が引き受けるのは

「励み表が埋まらない」

「他の人が表彰されているけれど、自分は表彰されない」

という結果だけだ。

 
その他にも、「両親の手伝い」や、「就寝時刻」、「洋服をたたむ」あるいは「面倒臭がらない(面倒臭がらないと、「よいにおいのするこども」と褒めてもらえる)」など、毎週毎週、様々な目標が出される。

それを子どもたちは自分の意志に従って行うのである。

個人的には面白い試みだな、と思って観察していた。
これはまさに「非認知的スキル」の強化だ。

幼児期に取り上げられる人間の能力は、大別して2種類。

「認知的スキル」と、「非認知的スキル」である。

 認知的スキル、というのはいわゆる「IQテスト」や「学力検査」、「学習到達度調査」などで測定可能な能力を指し、そして、非認知的スキル、というのは「根気強さ」「注意深さ」「意欲」「自信」といった、社会的・情動的性質を指す。

ノーベル経済学賞を受賞した、シカゴ大学のジェームズ・ヘックマンは、認知的スキルも非認知的スキルも、多くの社会的成果(例えば金銭的、地位的な成功)を予測するという。

  認知的スキルも、非認知的スキルも、多くの社会的成果を予測する。それぞれが一パーセント上昇することは、全般的な能力の向上にほぼ同等の効果をもたらす。

  認知的・非認知的スキルのレベルが低い人は、投獄される可能性が高い。いずれかのスキルを上昇させれば、十代で妊娠する確率が下がる。(中略)

  高校や大学の卒業や喫煙習慣や生涯賃金についても、同じようなパターンが見られる。

ヘックマンによれば、この二つのスキルは特に幼児期に伸ばすことが重要だ、とされている。

家庭や幼稚園が子供に与える影響は重要だ、と思う方は多いと思うが、科学的にもそれは証明されつつある。

ただ本記事は、幼児教育の重要性について書くことが中心ではない。
書きたいのは、子供へ出す「課題」の中で、幾つかの気づきが得られた点である。

子供に出された「朝のスケジュール管理」という課題
最近、子供に出た課題は「朝のスケジュール管理」だった。

具体的には、朝にやらなければならない一連の所作(起床する、パジャマをたたむ、顔を洗う、着替える、など)の、始めた時間と終わった時間を一週間分記録していく、というものだ。

ただ、それだけ聞けば、普通である。
面白いのは、「遊んでしまった時間」「ぼんやりしてしまった時間」もきちんと記録させていることだ。

幼稚園からの指示には、こう書かれていた。

・親は所作にかかった時間を測って、スケジュール表に印をつけ、コメントを記録する。
・子供は、スケジュール表に色を塗って、時間を記録する。

そして最後に、

「親は、起きる時間になったことを子供に知らせてください。目がさめるように助けるのは親ですが、目が覚めてからは子供の責任です。」

「朝の支度の途中で遊んだり、ぼんやりしてしまったことも、あとで子ども自身が気づく機会になると良いので、その都度口出しせず、見たままに時間を測って記録してください。」

様々な会社を見て、大人にも結構やらせることが難しい、と思うようなことを、五歳の子供に要求していることには、驚くばかりである。

課題を遂行するための、膨大な教育コスト
ただ、この課題を遂行するには、それ相応のコストが求められる。

つまり、子供が遊んでも、ぼんやりしても急かさずに待つと、朝の支度に一時間以上の忍耐が必要になる時がある。

正直に言えば、脅しつけて何かをさせるほうが遥かに簡単であるので、その誘惑と戦うのが大変だ。

ただ、これを続けると、子どもがグズグズしているときには、脅すのではなく「一緒にやろう」が最も効果的であることもわかった。

だから、一緒に課題をこなす。そこでまた、時間がかかる。
もちろん楽しくもある。だが、自分の子供の自主性、自律を促すため、と思わなければ、正直やってられない。

だから、つくづく思う。
教育とは本質的に、短期的な費用対効果は全く合わないものであると。

翻って、企業のことを考えてみる。
実際、企業における教育は機能させるのが非常に大変だ。

例えば、上司が「部下に口出しをせず、できるようになるまで見守る」などということができるのだろうか。

脅しつける上司が多いのも、頷ける。

時間的、金銭的余裕のある会社にはできるだろうが、そうでなければ「結果責任」だけを問うという、誠に殺伐としたものにならざるを得ない。

大企業であっても、すでに社員教育の膨大なコストを負担するのは、一部の裕福な企業を除き、難しくなっている。

あるいは、もしかしたら個人的に「育成」に使命感を感じた、僅かな管理職がそのコストを身銭を切って支払っているのかもしれない。

私はそのような上司に尊敬の念を禁じ得ないのである。

 

 

秋田稔行

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教育ママあるある

大人の観念、価値観発。一人で育てなくてはならないという社会構造。
子どもの為という気持ちが、空回りしてしまうのでしょうか?

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教育ママの失敗例・特徴・心理・子供への影響・あるある
リンク
◆果たして教育ママは、いつからなるのか
子供がお腹にいるときから英才胎教などで教育を始める人もいます。つまり、早い人であれば、子供がお腹にいるときから教育ママになっています。早い段階から教育を始める理由は、子供に良い大学に入って、良い会社に入って、良い結婚相手と巡り会ってもらうためです。これらを実現するために、熱心にインターネットを漁り読み、胎教から食事、全て試していました。子供のために教育に熱中したときから教育ママとなります。また、本人は熱中しているので、他人から言われないと、気がつかないこともあります。教育ママは教育が楽しくて仕方ないと感じています。

◆教育ママあるある
教育ママのあるあるは「子育て本、教育法の計画的に育たないと、気がすまない。」、「何冊も子育て本を、読んで読破。」、「独自の教育理論が強固になってしまっている」、「 両親が教育熱心だった」、「良い大学に入れるのが1番だと思い込んでいる」、「子育てを野菜か、花を育ててるかのごとくに捉えている」、「スネ夫のママみたいな感じで、子供に性別関係なくちゃん付け呼びをしている。」などです。
基本的には先に述べた通り、子供の将来を思っての言動が主体となっています。

◆教育ママの失敗例
教育に関する情報は世の中に溢れています。教育ママはそれらの情報を集めて、自分の子供に合いそうなものを実践します。多くの教育方法を調べては、試すので、中には失敗するものもあります。

◆スパルタ化
0歳児脳育、心を育てる赤ちゃん絵本など、赤ちゃんのときからできる教育はたくさんあります。教育ママは色々試しては、試行錯誤します。しばらく教育を続けて、子供が自分の思い描いた風に発育しないと、教育ママはイライラし始めます。
イライラした教育ママは徐々にスパルタ化していき、子供が教育についてこれなくなってしまいます。

◆正しいと思い込む
教育ママの中には独自の教育論を持っている人がいます。また、その教育論が絶対に正しいと思い込んでいる人もいます。自分が正しいと思い込んでいるので、周囲に教育について相談をしません。
なので、もし、その教育論が間違っていたとすると、教育ママは間違った教育方法を続けることになります。どこかのタイミングで教育方法の間違いに気が付いても、すでに手遅れのような状態になってしまいます。

◆教育ママの心理
心配性な人や、親が教育ママだった、放任主義な親だったので子供には質の良い教育を受けさせたいと思う人が、教育ママになる可能性が高いです。
特に親が放任主義で、兄妹と比べられて育った人は、自分の子供にだけは質の良い教育を受けさせて、礼儀がきちんとできる子供に育ってほしいと思う傾向が強いです。これらが原因となって教育ママにはいろいろな心理が働くようになります。

◆干渉しすぎる
教育ママに働く心理はいくつかありますが、代表的なのは子供のことを心配しすぎることによって起こす行動です。教育ママは子供のことを心配しすぎるがあまり、子供に干渉しすぎることがあります。ちゃんと言ったことができているか?、勉強をサボらずにしているか?、どこで誰と何をしているのか?など、子供の行動に口出ししすぎたりします。
子供のことが心配なのはわかりますが、ある程度は子供のことを信用してあげないと、自主性が育ちません。子供といえど、1人の人間なので、距離感は大事にしましょう。

◆子供に起こる弊害
子供が意図しない事は無理にさせると逆効果となってしまいます。大人でも嫌々することはストレスを感じてしまいます。子供であればそのストレスに耐えきれないこともあります。子供が親から教育によるストレスを受け続けると、常に大人の顔色を伺うようになってしまったり、自分の意見が言えなくなってしまったり、決められたことしかできなくなってしまったり、親がいないと何もできないなどの弊害が出てしまうこともあります。
子供に習い事をさせるときには、親が押し付けるのではなく、子供自身の考えで習い事を始めることが重要です。
(以下略)
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匿名希望

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「自分はバカだ」と言う子に親ができること 子どもの自己肯定感を上げる「10の言葉」

■相談内容
小学5年の男児の母親です。共働きのため、小学校入学前に十分読み書きの勉強などさせてあげられませんでした。最初から、勉強が遅れぎみで現在まで来ています。そのため、子どもは自分で「バカだから」と言います。親からみると、バカなのではなくやる気がでないのだと思っています。自分から、勉強に取り組む気持ちになるには、どうしたらいいのでしょうか。今は、自信を持たせるためになるべくプラスの声かけができるようにと考えています。

■「自己肯定感が低い」日本の子どもたち
ご相談内容を拝読しましたが、まず小学校入学前の状態が今の結果を招いているということは、おそらくありません。小学校に入ってから読み書きを学んでいって、その後しっかりと勉強ができるようになっている子は無数にいます。それよりも、「子どもは自分でバカだからと言う」ということに問題の核心部分がある気がします。

お子さんは、簡単に言ってしまうと「自己肯定感が低い」状態にあります。自己肯定感とは、自分のことを否定的にとらえずに、大切な存在であると考えている状態のことです。お子さんは今、勉強に関しては自己否定の状態になっています。

世界的な統計データでも日本の子どもの自己肯定感の低さはよく知られていますが、筆者も、日本の子どもたちに対して、この「自己肯定感が低い」ということを常々実感しています。全国で、中学生や高校生に講演をする機会が多く、その度に感じるのです。自分に対して自信を持っておらず、自信を持つ勇気もなく、ただ漫然と過ごす子が多くいるのです。

なぜこのようになってしまっているのか考え続け、そしてわかったことが、「過去の勉強で自己肯定感が潰されている」ということでした。特に中高生に多いのですが、中学では定期テストがあり、それによって点数化され、成績によって無意識に序列化が行われます。さらに高校受験の段階で、偏差値が登場し、さらに学校の序列化が始まります(筆者は決して偏差値という言葉に対して完全否定の感情は持っていませんが、あくまでも序列化する第一歩であるという事実を言っています)。

すると、この「学力」の序列が、「自分という人間の価値」の序列と同じであるという“錯覚”に陥るようなのです。実は、このような錯覚は、私たち大人もかつて経験していることですから、よくわかるのではないでしょうか。学力は大切な指標ではありますが、社会に出れば、学力とは別の尺度、たとえば人を大切にする、思いやりがあるなどといったことによって、幸せに自分の人生を歩んでいる人、自分のやりたいことで成功する人はたくさんいます。

これらのことを考えると、ある重大なことに気づくのです。それは、次のようなことです。

「親は、子どもの学力を引き上げることに焦点を当てるのではなく、子どもの『自己肯定感』を高めるということに焦点を当てる」

すると、結果として学ぶ力が高まり、学校の成績といった学力につながっていくのです。

※具体的な10の言葉は、(リンク)へ。

 

 

 

 
A.i

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今一度自分の叱り方を見直してみる。心を繋ぐ叱り方へ変えていく。

叱られ続けると萎縮していく。
けど、何でそうしたの?どう思ったの??と聞かれたときは、あれ?なんでだっけ?と振り返り、わかってほしい!や共有したい!という自分の想いに気づかせてもらえる。
そんな叱り方ができるようになりたい。

「あなたは、こんなひどい叱り方をしていませんか?」(リンク)より引用

***

●親のひどい叱り方を分類してみると……

親のひどい叱り方や暴言を分類すると、いくつかの型に分けられます。
あなたの言葉は、次のどれかに当てはまっていませんか?

●否定型

「また○○してないじゃない! ちゃんとやらなきゃダメでしょ」のように、「ない」や「ダメなどの否定語をつかう言い方です。

例えば、「また宿題やってない! どんどんやらなきゃダメでしょ!」「今日のうちに明日の仕度をしなきゃダメでしょ! 何度言ってもできないね」「食べたら歯を磨かなきゃダメでしょ!」などです。

親の中には、こういう言い方が口癖になっていて、朝から晩までこういう言い方しかできなくなっている人もいます。

こういう言い方をされ続けていると、「どうせぼくはダメな子だ」と感じて、自分に自信がなくなります。
すると、何事においても「がんばってみよう」という気持ちになれなくなります。

また、叱ってくる相手は自分を嫌っているのではないかと感じるようになり、素直にやってみようという気がなくなります。
言われ続けると、反発心が高まって「やってやるものか!」という気持ちすら出てくることもあります。

●詰問型

例えば、「なんで○○しないの?」「なんで○○するの?」「何回同じことを言わせるの?」「こんなことでどうするつもり?」「いつになったらやる気が出るの?」などです。

これは一応質問する形になっていますが、子どもからの回答を期待しているわけではありません。

その証拠に、「なんで〇〇しないの?」と言われた子どもが、「だって、○○だもん」と答えれば、親の多くは「言い訳するんじゃありません」「なんで言い訳するの!?」とさらにキレてしまいます。

子どもが仕方なく黙っていると、親は「なんで黙ってるの!?」とキレます。

「何回同じことを言わせるの?」に子どもが「5回」と答えたり、「いつになったらやる気が出るの?」に「あと2週間」と答えたりしても、親はキレます。
詰問型には、詰問することで相手を困らせて溜飲を下げようという意図が無意識のうちにあります。

その分、単純な否定型より陰湿と言えるかもしれません。

●罰則型

「○○しないと□□だ」と罰で脅す言い方です。

例えば、「片づけないと捨てちゃうぞ」とか「勉強がんばらないと旅行に連れて行かないよ」などです。

罰で脅すと一時的な効果があるように見えるので、つい言ってしまう人がたくさんいます。

でも、罰がイヤでやっているだけなので、本人の成長につながることはありません。

さらに、罰則型の言葉は子どもに真似されやすいという副作用があります。

つまり、子どもも同じような言葉を身につけてしまい、きょうだいや友だちに「○○しないと遊んでやらないよ」などの言い方をするようになる可能性が高いのです。

●比較型

例えば、「お姉ちゃんはちゃんとできたのに、なんであんたはできないの?」「○○君はいつも気持ちのいい挨拶をしてくれるよ。あんたも近所の人にしっかり挨拶しなきゃダメだよ」など、きょうだいや他の子と比べる言い方です。

「お母さんが子どものころは、宿題も明日の準備もやってから遊んだよ」などと、自分の子どものころと比べる親もいます。

これは、子どもが一番嫌がる言い方です。

比べて叱られた子は、比べられた相手によい感情を持てなくなり、仲が悪くなる可能性があります。

●人格否定型

例えば、「お兄ちゃんのくせにまた妹を泣かして。あんた、意地悪だね」「本当にずるい子だね」「情けない奴だなあ」「お前はウソつきだ」「卑怯な子だね」「お前はいつも口ばっかりだ」「そんなこと、お前にできるはずがない」などです。

これは、その子の人格、性格、能力などを丸ごと否定する言い方です。

こういう言い方は絶対やめてください。

言われた方は深く傷つき、トラウマになって長く引きずる可能性があります。

●存在否定型

人格否定と並んで、あるいはそれ以上にひどいのが「存在否定型」の言い方です。

例えば、「お前なんかいない方がよかった」「お前さえいなければ楽なのに」「お前なんかいらない」「子どもは欲しくなかったのに、できちゃったから仕方なく生んだ」「あんたなんか、うちの子じゃありません」「私はあなたが嫌いだから、寄らないで」などです。

これはその子の存在そのものを否定する言い方です。

言われた方は非常に深く傷つき、トラウマになって長く引きずる可能性が高いと言えます。

これも絶対やめてください。

特に、反抗期の子どもが生意気なことを言ってきたときは、人格否定や存在否定の言葉を使わないように気をつけてください。

というのも、子どもの言葉に親がキレて、悔しさと苛立ちのあまりに人格否定や存在否定の言葉をぶつけてしまうことがあるからです。

実際、これをやってしまった結果、反抗期が終わって普通なら親子関係がまたよくなるころになっても、子どもの心が離れたままになってしまったというケースがたくさんあります。

***

 

 

 

 

匿名希望

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子どもの前での「夫婦ゲンカ」が及ぼす“3大悪影響”&回避のためにできること

以下リンクより抜粋

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子どもが生まれるまでは公平だった家事分担のバランスが崩れたり、産後にホルモンの影響で不安定になる妻を夫が支えきれなかったりと、さまざまな要因は考えられますが、日常はまったなし。

できることなら、家族で過ごせる幸せを感じ、毎日笑って過ごしたいのに、芽生えてしまう夫への憎悪。

昨年、こんな本が出版されました。タイトルにぎょっとしつつも、激しく共感する女性は多いのではないでしょうか。

子どもが生まれて夫婦仲が悪くなることは日本に限らないようです。この本の著者はアメリカ人ですが、本のなかに出てくるエピソードは私たちにも身に覚えがあることばかりです。

・おしっこのオムツ替えはできても、うんちになると妻にバトンタッチをする夫。
・スマホを片手に子どもの相手をする夫。
・頼んだことをすぐ忘れる夫。

女性が、自分さえガマンすれば、という解決法はいちばん避けたいものです。

本書では、6歳の娘を持つ夫婦が、争いの日々にピリオドを打つべく、ありとあらゆる手段を使って奔走する姿が描かれています。

子どもの前で夫婦ゲンカをすることが厳禁な理由
夫への不満がつのると、自然と、夫婦のあいだで交わされる会話はとげとげしくなることも増えます。
子どもの前でケンカしてしまうことも、時にはあるでしょう。

日本の狭い住宅事情では、子どものいないところでケンカをするには限界もありますよね。

ですが、子どもの前で夫婦ゲンカをすることは、私たちが考える以上に子どもに悪い影響があることをご存じでしょうか。

本書によると、6か月の赤ちゃんでさえ、怒っている声や激しいやり取りに対してネガティブな反応を示すとあります。

さらに、不幸な結婚生活を送る夫婦のもとで育てられた赤ちゃんは、発達過程で多くの問題を抱えることが明らかになっているというのです。

具体的にどんな弊害が考えられるのでしょうか。

1.子どもの混乱を招く

夫婦ゲンカをすると、つい陰で愚痴りたくなってしまいますよね。

そんな時、子どもに向かって「お父さんみたいになっちゃダメよ」は厳禁です。

子どもにとっては、父親も母親も大好きな存在で、二人があって初めて自分が存在するのに、その半分を、もう半分である母親が否定することは、自分の半分を否定されているに等しいことですからね。

愚痴るなら、子どものいないところでにしましょう。

また、夫婦ゲンカの声を聞きながら眠りについた子どもは、両親の顔色をうかがいながら翌朝を迎えます。なのに両親がまるで昨夜のことなどなかったかのようにふるまったら、子どもは混乱を覚えるでしょう。

お互いを罵り合うようなケンカをしてしまったら、すぐには難しくても、仲直りまでちゃんと見せることが大事です。

2.自己肯定感の低下

夫婦ゲンカを自分のせいだと思う子どもは多いのです。

子どもは、自分が悪い子だから両親がケンカをするのだ、と思い、無力感に襲われるのだそうです。

実際に、筆者も14歳の息子に言われたことがあります。

筆者とパートナーがケンカをして、室内に険悪なムードが流れた際、彼はこう言ったのです。

「あ~、そういう空気作り出されると、何もやりたくなくなるんだけど、やめてくれない?」

息子がもう14歳で自分の気持ちを言語化できたため、私たちも自分たちのしたことを反省できたのですが、これが赤ちゃんや未就学児だったら、どうでしょう。

両親のケンカを止めることができない自分は無力で無能だ、という思いは、その後の成長過程でマイナスに作用することは目に見えています。

ただでさえ、日本の若者の自己肯定感は低いと言われています。その背景には、両親の仲も関係するのではないでしょうか。

 

 

 

 

水沢奈々

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子どもへの「パワハラ」に気づかない親の甘え

失敗に対して大人にはひどく叱責したりせず、次につながるようにアドバイスしたりフォローしたりしていることが多いのに、子どもに対しては理不尽な怒り方をしている。子どもを一人の人として見ず、無意識のうちに自分の所有物としてしまっている親に多いのではないかと思います。

リンクより抜粋します。
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■親のひどい言葉や理不尽な振る舞い

多くの親たちが、わが子に対してこの上司のような理不尽なことをしています。たとえば、私はこういう光景を見たことがあります。

ある駅ビルのエレベーターに乗ったとき、小学校の低学年らしき男の子とお母さんが、エレベーターに向かって走ってきました。お母さんが男の子の背中を押して、「急いで、急いで」と言いながら、2人はエレベーターの近くまで来ました。ところが、エレベーターが閉まり始め、お母さんがさらに男の子の背中を強く押したので、子どもがドアに肩をぶつけてしまいました。すると、すかさずお母さんが「何やってるの? ダメじゃないの」と言いました。

私は「お母さん、あなたのせいでしょ」と言いたいくらいでした。本来なら「ごめんね。だいじょうぶ?」と言うべきところです。このお母さんは、自分が子どもをエレベーターに無理に乗せようとしておきながら、ドアにぶつかったといって叱っているのです。自分が原因でそうなったのに叱っているのです。でも、もし相手が大人だったら、このお母さんもそこまでのことはしなかったはずです。

また、こういう光景を見たこともあります。あるイベント会場で食事の配膳をしているとき、子どもが豚汁のお椀を落として床を汚してしまいました。すると、お母さんが「何やってるの! 気をつけなきゃダメでしょ」と叱りつけました。でも、もしこの相手が大人だったら、そんな言い方はしなかったはずです。「○○さん、大丈夫ですか? 服、汚れなかったですか?」などと言いながら、甲斐甲斐しく片づけを手伝ったりするのではないでしょうか?

夏休みのイベントに参加した子が筆記用具を忘れて、お父さんに叱られているのを見たこともあります。お父さんは、「家を出るときに言っただろ。なんでそんなにだらしがないんだ!」などとぐちぐち叱っていました。でも、そのお父さんも、職場の会議中に同僚が「あ、資料を忘れた」と言えば見せてあげるはずです。「筆記用具を忘れた」と言えば、にこにこしながら「どうぞ、これ使ってください」と言いながら貸してあげたりするのではないでしょうか?

子どもに向かって「片づけしなきゃダメだろ! 片づけてないものは捨てるぞ」と脅しているお父さんも、会社ではそんなことは言いません。会社の同僚が「オレ、片づけ下手だから」などと言えば、「でも、アイデア力は抜群ですよ」などとお世辞を言うかもしれません。

親子の間では、このような理不尽なことが毎日起こっています。そして、親たちはそれを理不尽と思わないのです。冒頭で挙げた小林さんの上司の5つの特徴「1.感情的ですぐキレる 2.自分の都合や気分で言うことがころころ変わる 3.うまくいかないことは部下のせいにする 4.叱ってばかりで褒めることができない 5.上司にはへつらい、部下には威張る」がすべて当てはまる親がいかに多いことか……。

■権力的な立場に甘えている

なぜこういうことになるかというと、親という権力的な立場に甘えているからです。子どもは弱い存在であり、親は圧倒的な権力者です。喩えていえば、鵜飼いの鵜匠のように、親たちは子どもたちの細い首をわしづかみにしています。締めるも弛めるも気分次第です。

親には「子どものため。しつけのため」という錦の御旗があるから平気なのです。でも、それはただの言い訳です。本当は相手が弱いからです。親は圧倒的な権力者であり、子どもは無力です。弱い相手を一方的に攻撃する……。これは親によるいじめです。親による子どもへの人権侵害であり、ハラスメントといっても過言ではありません。子どもをいちばんいじめているのはほかの誰でもない親です。親にいじめられている子は、弟や妹、あるいはクラスの弱い子をいじめます。親がいじめを教えているのです。

学校や職場など、社会のあちらこちらでいじめ、ハラスメント、人権侵害が起こっています。ところが、今から数十年前までは、それが大きな問題であるとは認識されていませんでした。「人間関係があるところではあって当然のこと」くらいの認識しかなかったのです。最近になってようやく、それは許されないことだと認識されるようになりました。

ところが、いまだに親子の間では「あって当然のこと」くらいの認識しかないのです。子どもにひどい言葉をぶつける親たち、理不尽な振る舞いをし続ける親たち、彼らは誰1人として自分が子どもをいじめているとは思っていません。

もう次の段階に進んでいい時期です。「親のひどい言葉や理不尽な振る舞いもいじめなのだ。親であってもいじめはゆるされない」という認識に至るべきです。

本当に、子どもが叱られている姿を見ると悲しくなります。実につまらないことで親たちはよく子どもを叱ります。家で叱るだけでは足りなくて、楽しい旅行の最中にも叱ります。新幹線の改札口で叱られている子どもを見たことがあります。ついさっきまで、子どもはニコニコ笑顔いっぱいで幸せでした。そこへ親の冷たいひと言……。子どもから笑顔が消え、悲しみが広がります。満開の花が急にしおれるように、子どもはうなだれます。せっかくの楽しいひとときも台なしです。

あなたは、大人同士では言えないようなことでも子どもには言ってしまう、そういう人ではありませんか? もしそうだとしたら、それは何を意味するのでしょうか? それは、あなたはその程度の人間に過ぎないということを意味しているのです。あなたは強い者にはへつらい弱いものには威張る、その程度の人間に過ぎないのです。そういう意味で、子どもは親の真の姿を映す鏡なのです。

 

 

 

 

秀凜

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「中途半端な二ヵ国語使用者」という家族との会話や意思疎通もままならなくなるお子さんもたくさん見てきました。

株式日記と経済展望リンクより転載します。
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「日本に生まれ育ちながらバイリンガルに育てたいのなら、絶対にインターナショナルスクールには入れないほうがいい」と。
母国語で考えることが最重要
日本人が算数が良くできる理由の一つを紹介しましょう。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10を3秒以内に、数字をきちんと耳で誰もが認識できる速さでだーーーーっといえることです。
では、英語で同じように、1~10まで言ってみてください。
One, two, three, four, ……日本語に比べてなんと時間がかかることでしょう。
これは、英語の教育ではone, two, three, … をスぺリングから数字に入ってしまうからなのです。
この速さが、算数の四則計算に始まり、基礎力から応用力への発展への理解力スピードにも関係していきます。日本語での教育に素晴らしいところが十分あると理解していただけたらと思います。
では、言語習得能力についてのことを説明していきましょう。
一番大切なのは「絵本の読み聞かせ」
日本では、7歳から基本的に読み書きの習得、識字教育が始まります。この7歳までに子どもにたくさんの本を読ませるということがとても大切だと私は思っています(理想的には10000冊という説もありますが、繰り返し読むことも含めてできる限りでいいと思います)。
0歳からスタートして、お母さんやお父さん、周りの人たちが毎日子どもに読み聞かせをすることで、耳から、目から、自然に子どもが言葉に触れるので、言葉に対する感性が身につきます。
そうして生まれたころから「文字」に目と耳で触れてきた子どもは、おそらく、文字を書く道具が周りにあれば3歳くらいから、ひらがなをしっかり目で追い、自分でも書きたがるようになります。それまで耳と目だけで入ってきた言葉が、文字で立体的に繋がっていきます。
就学年齢になる7歳から学校に入り、ひらがなの正しい書き方を学び、国語を体系的に学ぶことで、一気に子どもの知的好奇心は深まります。それまで受け身だった読み聞かせから、文字と言葉に対する理解が深まることで、その先にある楽しさに能動的に取り組むようになります。
本を読むこと、文字を書くこと、そして起承転結を捉えること、日本語の文章に「はじめ・中・終わり」というまとまりがあることを理解し、自分の思いを正確かつ適切に伝える行動を段階的にできるようになっていきます。文章のまとまりを読み取ることができると、国語のみならず算数、社会、理科などの他の科目も、また具体物に対する理解もどんどん深まります。
このようなやり方を7歳から10歳までに深めておくと、10歳くらいで手に触れることのできない抽象物への理解ができるようになるのです。ちなみに、目に見えないもの、人の感情や目の前で起きていない事象を深く理解でき始めるのは10歳以降と言われています。
言語獲得で特に大切なのはこの幼少期から思春期までの限られた時期であり、「言語習得の臨界期」に言語に触れることが一番の近道とする仮説は、1967年に研究者レネバーグが打ち出しました。その後も様々な研究が続けられています。
無理なインターは「セミリンガル」になる
近年「英語獲得は早い方がいい」という学校現場での取り組みも熱を帯び、また「だから小学校からインターナショナルスクールに入れれば、英語のネイティブになるでしょう」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。
でも日本に住み、日本の家族と暮らしている場合、最初に母国語(L1言語と言います)ができなければ、第二カ国語(L2言語)をマスターし、両方の言語を自由に操作出来る「バイリンガル」にはなりません。英語をある程度話せるようにはなりますが、日本人として使えるべき日本語が不自由になってしまいます。
また、近年外国人が日本にも増えてきたとはいえ、日本で学ぶ英語はどうしても「外国語」であり、「第二ヵ国語」ではないことにも注意をしたいものです。
1 本を通して就学年齢に到達する7歳までにできるだけ多くの母国語に親しませる
2 就学年齢である7歳から10歳までに正しい母国語を学び、具体物の理解を進める
3 10歳から抽象物の理解を深めていくことができるように、日本語の文章構造の理解を深める
この3つを受けて初めて、母国語を駆使して物事を理解し、他の言語システムを理解し、他文化、多様性の理解をでき、グローバルに活躍できる人材になる一歩を踏み出せるのです。
「これからの時代は英語が出来たほうがいい」とか「大人になった時に困らないように」という理由だけで、日本で生まれ育ったお子さんをインターナショナルスクールに入れている場合ではありません。
私の尊敬する同時通訳者の諸先輩方も、インターナショナルスクールにいきなり通わせる前に大切なのは、母国語である日本語の習得、と口を揃えておっしゃっていました。それくらい本末転倒なことなのです。
例えば、両親共に海外育ちであるとか、赴任帯同によりお子さんが海外の英語環境で育った等のバックグラウンドがある等の場合には、英語がそのお子さんの核となる言語になっているのでその方がお子さんにとっても幸せだと思います。ただそのような場合にもご家庭で日本語力の維持、特に漢字を読ませることにはみなさん努力していらっしゃるはずです。
バックグラウンドなしでインターナショナルスクールに入れるのであれば、セミリンガル/ダブル・リミテッドまっしぐらです。家族との会話や意思疎通もままならなくなるお子さんもたくさん見てきました。ちなみにセミリンガル/ダブル・リミテッドは「両方の言語において年齢に応じた言語習得度に満たない中途半端な二ヵ国語使用者」という意味です。
もちろん中には、2つの言語を同時期に習得し、二か国語を母語とする話者や「バイリンガル脳」を持つ方もいて、その研究も行われています。しかし一般的に日本で日本人の家庭に生まれたお子さんについては、母国語を習得し、母国語で論理的に考える力があるからこそ、バイリンガル、トライリンガルになる下地が出来ると考えます。
(後略)
——————————————
以上です。

 

 

 

 

 
新聞会

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