スマホ育児に代わる、グループ追求

むずかったり、ご機嫌斜めの幼児。
そこで、ママがスマホを渡す場面に、でくわします。

すると、泣いたり、不機嫌だったりした幼児が一瞬にしてスマホに
夢中になります。いわゆる、スマホ育児です。

本来、赤ん坊は天才。
なんで?どうして?のかたまり。
だから、何でも手でさわり、口に入れ、言葉を覚えなさいと
いわなくても自ら質問し、確かめて吸収します。

幼児期は、急激な言語能力伸張時期です。
その黄金期には、誰もが
内発的な欠乏に基づき、外部に関心のベクトルを伸ばします。

この重要な時期に受身型の刺激ばかりを与えると、
本来伸びるはずの言語能力が伸びなくなるのではないか?

要旨は産経新聞 2017/7/14(金) の記事から、まとめてご紹介します。

『ゲーム・スマホと関わり→言葉の獲得遅れ 
1歳半児対象の出雲市アンケート 島根』

 産経新聞記事によりますと、「テレビやゲーム機、スマートフォンなどとの接触時間が長い子ほど言葉の発達が遅い傾向にあることを、島根県出雲市が1歳半児を対象にした調査で突き止めた」そうです。

 記事によりますと、「同市健康増進課のグループでは平成28年度、1歳半児を対象とした健康診査の際、テレビの視聴時間やゲーム機、スマホを触っている時間などについて保護者からアンケートを実施。1522人から回答を得た」とのこと。

 「この結果、有意語を3語以上話す子は、テレビを2時間以上見る比率が9・1%にとどまり、ゲーム機やスマホで遊ばない比率が77・2%だった。これに対し、3語未満の子はそれぞれ21・1%、68・2%と、メディアとの接触が多いほど、言葉の獲得が遅い傾向にあったことが分かった」としています。

 この傾向に対し、同グループは「言葉の獲得が増える1歳半ごろにメディアなどからの一方的な刺激が多い生活環境が、有意語の表出に悪い影響を及ぼしている」と推測しているようで、今後、何らかの対策が必要となりそうです。

これは、一方的に受身型で行われる認識能力が、
五感をフル動員して獲得する認識能力に劣ることを
示していると思います。

そこから敷衍すると、幼児期のみならず、
あらゆる年代層においても
受身型で行われる認識能力が、
五感をフル動員して獲得する認識能力に劣ることを
示しているのではないでしょうか。
また、なんで?どうして?という内発欠乏をともなわない
受身型の強制圧力が、能力伸張には
不向きなことを示唆しているように思います。

しかし、現代社会では、時と場合によって、
スマホ育児が必要なこともあるでしょう。

また、子供たちが直感的に操作でき、外部世界を探索できるスマホが
かつての「読み書きそろばん」に匹敵することも
否定できないトレンドです。

スマホ育児を単に「だめ」と言うだけではなく、
このほかに親子で触れ合える遊びの提案、
絵本の読み聞かせ、
仲間同士で関心事を追求するグループ追求など、
有効な代案を提案することも必要になりますね。

 

 

 

 

栗本敬浩

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子どもが勉強したくなる方法

リンクより引用。

お母さんなら誰しもが「もう少し子どもが勉強してくれたら」と願っていますが現実は簡単ではありません。お母さんが子どもの頃のことは棚に上げて・・・などと言ってはいけません。お母さんの愛というのはそう言うものだからです。

子どもが勉強したくなる、もしくはしたくなくなるというのを心理学的に考えるとどういうことだろうか? もちろん万能薬は無いけれど、いろいろ研究はされています。子どもの性質も千差万別で年齢によっても違うので、もちろん一概には言えませんが、子どもの心理を理解しておくことはムダでは無いと思います。

・・・・・・・・・

余り勉強が好きでは無かった子どもが、何かの時に勉強をし始めたとします。読書でもスポーツでも何でも同じですが、子どもは何かのキッカケで興味を持つものです。

親から見ればそれはうれしいことですから、つい褒めたり、何か好きな物を買って上げたい気持ちになります。この気持ちは親の自然なことですから、そのこと自体は問題ないのですが、子どもにとっては意欲をそぐことになります。

心理学の慎重な研究を見ると、子どもを含めた人間が「やる気」になるのは「プレゼント」では無く、その人の心の中の「自己実現」であるとされていて、その結果はかなりくり返し証明されています。

「人間はやる気満々で生まれてくる」と言われますが、まさにその通りで、赤ちゃんは「やる気満々」なのです。ところが少しずつ物心がついてくると、大人が「これをやれ、あれをやれ」と指示してきます。

「指示をする」と言うだけなら、自己実現の意欲をそぐことにはならないのですが、親が「これをやりなさい」と言ったことをすると、困ることに「褒めてくれる」のです。でも子どもは「褒められるためにやっている」のではありません。あくまで人間としての自分の自己実現のためにやっただけのことです。

子どもが難しい問題に取り組んだとき、子どもの意欲をかき立てるのは次のうち、どれでしょうか?

1)「素晴らしい!」と褒めて、欲しがっていた物を買ってあげた。
2)「素晴らしい!」と褒めて、頭をなでた。
3)「へー、できたの?」と言ってにこっと笑う。
4)何にも言わない。
5)「そんなのできないの?」と皮肉を言う。
6)「ダメじゃ無いの!」と怒る。

心理学では3)(「へー、できたの?」とニコッと笑う)ぐらいが最も良いと考えられます。 1)では子どもは「せっかく自己実現しようとしているのに、それが物に変わってしまった」と思いますし、もちろん6)では「自分の自己実現のためにやっているのに、できないことが誰かに関係するの?」という事になるからです。

人間は「やる気満々で生まれる」ということは、「やる気はプレゼントと関係なく存在し、プレゼントをもらうより強い」ということであり、「プレゼントをもらうと、自己実現の意欲より物欲というより低い意欲に転換する」からです。

自己実現は物をもらうためでも無く、他人から褒められるためでもなく、自分自身のために自分がやるという人間の最も大切な心に根ざしているからです。 そしてどうしても褒めたかったり、ものを買ってやったりしたければ、「時々、ランダムに褒める」、「勉強したり努力したことと関係なく好きな物を買ってあげる」という事です。

「ランダム」とは「3回に一回」というように規則的では無く、あるときには毎回、あるときには5回に一回という具合に「不意に」褒めるのです。また「あなたの努力は物では替えられない」ということを示すためにも、物は努力と切り離すことです。

子どもは親の心理は直感的に良く理解できます.だから、ニコッと笑うだけで子どもはすべて(自分が自己実現したことを親が喜んでいる)と言うことを知るからです。

子どもの自己実現を何気なく手助けする・・・それが「孟母三遷の教え」であり、「教育環境」であり、「何気なく手の届くところにやりたいことがある」ということを考える親の知恵でもあります。

 

 

 

 

匿名希望

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赤ちゃんの何も制限されない追求心は万物対象化ゆえ!

最近2歳半になる息子が喋るようになってきた。
そこで赤ちゃんのヒトだろうがモノだろうが、全ての相手を対象化するという事実を目の当たりにしている。

彼はとにかくずっと喋っている。
例えばレールに電車を走らせているときも、
「あ、おちた」「こーしてー、○○してー」「できたー!」などなど。
とにかく私が聞いていようがいなかろうが、相手が喋る対象だろうが否かに関わらず、ずっと喋り続けている。

彼=赤ちゃんには線引きがないのだろう。

私たち大人は、人同士でさえ線引きをしており、この人にはこの話、この人はこういう対応、と自分の中の観念によって態度や言動を変えている。
でもそれは謂わば自分の持つ固定観念に過ぎないのだろう。
と、2歳の彼を見ていて思う。

よく赤ちゃんは万物を対象化していると聞くが、まさにそのとおり!

何のリアクションもない電車に喋り続けているあたり、どんなオモチャにもゴミにも興味を持ち追求しだすあたり、初めて会う人にも心を開いて笑顔を向けるあたり、本当に何の線引きも持っていない。
ただ単純に、世界の全てが未知であり楽しいものであり、そこに何の制限も持たずに心のままに行動しているだけなのだろう。

天才の追求心はそうした制限を持たない対象化から出来上がるのだと感じている。

 

 

 

 

はる爛漫

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