心底からの「ごめんなさい」は明るい~子ども達からの学び~

一昨年の秋から、会社で共同保育をさせてもらっています。
 子どもと一緒に出勤して、会社の和室を共同保育室として使用して、子どもを見ながら仕事をしています。

 そんな中、小学生も夏休みに入りました。未就学児だけでなく、会社に子ども達が来てくれる人数が多くなる日もあり、0歳~小学生の子ども達を通じて、すごく大切な人としてのあり方を学ばせてもらっています。

 人数が増えれば、充足ももめ事も増えます(笑)。例えば、1~2歳児では、誰かが楽しそうに遊んでいるおもちゃを、他の子が急に取って泣かせてしまうことがあります。そういう時に私たちが気をつけていることが、決して観念発での子育てをしないようにしようということです。
  「○○ちゃんはどういう気持ちだったかな?」「どんな顔している?」「楽しそうだったから△△ちゃんもやりたかったんだね?」etc…表情と一緒に相手の気持ちに寄り添って、受け止めていくようにしています。「ごめんなさいは?」と、謝罪を強要するような子育てはしないようにしようと、他のお母さん達と日々子育てのあり方も話をしています。

 そして、これは、幼児だけでなく、小学生にも有効でした。小学2年生のRくんがMちゃんに八つ当たりして泣かせてしまったときも、日常、お母さん同士ですり合わせていたような基盤があったので、一緒に二人の想いに寄り添って話をすることができました。私たちがいたら話しづらいだろうから、最後は二人で話もさせました。しかし、なかなか本題に行けず、照れ隠しにホワイトボードで筆談したり、手遊びしたりで向き合えなかったのですが、じっくり話しをすることで、最後の最後でRくん自ら「ごめんなさい」とMちゃんの顔を見て嬉しそうに言ってくれました。謝罪なのに嬉しそうなのが印象的でした。相手の地平に立った本当のごめんなさいは、申し訳なくて悲しいものではなく、明るく嬉しいものなのだと思いました。もちろんMちゃんも嬉しそうでした。そして、その後はケロッと仲良く遊ぶので子ども達は本当に共認機能一本で生きているのだなと実感します。

 また、直接の親ではなく、こうやって親以外の大人がこういう場面に立ち会えることは、すごくいいことではないかと思います。きっと、一昔前の村落共同体が存在していたときであれば、当たり前のような日常風景も、こうやって他の大人に諭される場面は現代でいえば皆無なのではないでしょうか?そして、とりあえずその場を取り繕う親同士の謝罪が先行して、心からごめんなさいを言う場面も減っているのかもしれません。

 世間では、相手の表情を読み取る力がない子どもが増えているといいます。それは、やはり家庭での子育てにあると確信します。
「ああしなさい、これしちゃダメ」と子どもを抑圧する子育て同様に、感謝と謝罪を伝える機能も最早、無圧力の家庭にはないのではないでしょうか?

 私たち大人も頭や言葉で「する」感謝や謝罪ではなく、「湧き起こる」ような感謝と謝罪を日常でどれだけ感じ、そして伝えることができているでしょうか?
 観念先行ではなく、子ども達の姿勢に学んで、相手や周りの想いを汲み取っていきたいです。

久保田彰子

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posted by staff at : 11:08 |コメントする    Print This Post