シャッター街に保育園移転、商売の場から地域の交流拠点へ~佐賀基山町宮浦「ちびはる保育園」

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 シャッターが目立っていた基山町宮浦の基山モール商店街に、小さな子どもたちが元気よく遊ぶ声が響く。商店街の一角に昨年4月に移転した「ちびはる保育園」の園児たちだ。商売の場から地域の交流拠点へ。全国のモデル例として、経済産業省がまとめた冊子にも取り上げられ、注目が高まっている。

 取り組みが掲載されたのは中小企業庁が今年2月に発行した「地域商業自立促進事業モデル事例集」。「少子・高齢化対応」の一つとして紹介されている。

 同園は小規模保育施設で、町内外から0~5歳児まで約35人が通う。「もともと商店街の近くにあったが、手狭で、移転先を探していたところに町から『商店街の空き店舗を活用しては』と話をいただいた」と振り返るのは同園の杉原伸介園長(48)。

 JR基山駅に近く、商店街の通路は終日歩行者専用で危険も少ない▽せり出した屋根があり多少の雨でも屋外で遊ぶことができる▽近くには遊具が設置された神社もある、など多数の利点を感じ移転を決めた。

商店街も温かく受け入れ
 移転後に分かったメリットもある。杉原さんは他にも2園を運営しているが、「他の園とは違い民家に隣接していないため、周辺からの苦情のリスクも抑えられている。なにより、商店街の皆さんが温かく受け入れてくださっている」と目を細める。

 園児と商店街との交流も進められている。昨年7月にあった「きのくに祭り」では、園児たちが商店街の一員として山車を引いた。11月には町の事業の一環で通路の植栽が撤去され、園児たちが遊具で遊んだり、緑色のカラー舗装を黒板に見立ててチョークでお絵かきするなど、商店街全体が格好の遊び場となっている。

 商店街の松尾滋理事長(58)は「子どもの笑い声が響く商店街は、お客様にも安全・安心なイメージを持ってもらえる。園の先生だけでなく商店主の目も届くし、ウィンウィンでは」と話す。

 同商店街は基山駅近くにあり、1982年に開業。遊歩道や広場を備えた「モール型」商店街の先駆けとして全国的に注目された。近年は店主の高齢化や後継者不足、大型量販店の進出などで廃業が相次いだ。14年2月には「トライアル基山店」がモール内から撤退し、「シャッター商店街」の様相がより濃くなっていた。

 しかし、14年から空き店舗の1つを交流広場として開放する「まちなか公民館」を設置したり、中高生にシャッターに地域を代表するエミューなどの名物の絵を描いてもらったりするなど、独自の取り組みを展開。活性化を図ってきた。

 現在テナントには保育園のほか、デイサービス事業所や学習塾が入り、今後はダンス教室や発達支援施設も入居する話があるという。「小売りの商店街から、街中の交流拠点になりつつある。意図したわけではないが、これからの商店街の形を先取りしているのかな」と松尾理事長。

 保育園の保護者全員に商店街内で特典を受けられるカードを配布しており、新たな顧客として呼び込む取り組みも徐々に進めている。時代のニーズに応えることで、再生を果たすべく歩を進める。

大森久蔵

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大人のダメ行為が教育を邪魔する  1/2

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●大人の低レベル行為が世の中で数多く見れる
現在の教育制度では、狭い意味の学問を中心に、多くの教科を生徒に教える。また、かなりの時間を学校で過ごす。しかし、学校で教える以外の情報も、生徒に入ってくる。テレビのニュースや雑誌の記事だけでなく、近くにいる大人の会話、友達から聞いた話なども情報源だ。また最近では、インターネットを通して様々な情報が得られる。

こうした情報の中には、きちんとした教育を邪魔するものも含まれる。その代表が、大人の低レベルな行動だ。数え切れないほど多くあるが、主なものを挙げてみよう。

政治家が悪い点を追求されたとき、取って付けたような理由を述べて済ませようとする。しかも、ほとんどの人が信じていない状況でも、政治家を辞めずに続けられてしまう。また、薬害などの重大な問題が起こった場合、官僚は白々しい答弁で反省しないし、組織改革などもまったくやらない。産業廃棄物の不法投棄が世の中で大問題になっても、有効な手を打てないどころか、腰が引けたような動きしかせず、迅速に対処しようとしている姿勢すら見えない。他の問題に関しても、似たような低レベル行為が数多く見受けられる。

重大な問題だと、マスメディアや市民運動家が状況の改善を求める。しかし、指摘された側では、その対応すら低レベルなことが多く、白々しい答弁で済ませようとする。この種の行為を追求したときに共通するのは、悪いことをしても謝らないとか、開き直ってしまう発言だ。さらに、報道番組が追求したときなど、やばいと感じた組織は取材拒否を通す。民間の企業だけでなく、省庁やその外郭団体も数多い。省庁の場合は税金で運営されているのに、なぜ逃げられるのか不思議に思うだろう。

問題を解決できなかったり、追求されたときの低レベルな対処を見たら、生徒がどう感じるだろうか。こんな人が要職に付けることに驚くし、そのままで居続けられるのを知って、さらに驚くだろう。

もっとも影響の大きいのが、官僚のダメ行為だ。官僚になっているのは、現在の教育システムでトップを走っていた人たちである。そんな人が、無駄な施設を作り続けるとか、重大な問題に対処できないとか、情けなく答弁している現実を見たら、現在の教育システムに疑問を持つのも当然であろう。今の学校の勉強を頑張っても、こんなレベルの人にしかなれないのかと。

余談だが、この現象こそ、既存の教育システムの大問題を表している。教育の効果は何なのか、本当に役立つ内容を教えているのか、といった疑問につながる。これは別なテーマなので、本コーナーの他のページを参照してほしい。

●大人のせこい行為が、生徒の周囲に目白押し
大人の小さなダメ行為も、教育に影響を及ぼす。たとえば、道路などにゴミを捨てるなと教育しても、世間の大人が道路を汚しているのを見たら、教師の注意に従おうとは思わない。実際、日本中の多くの道路では、タバコの吸い殻が捨ててある。これは明らかに人間が捨てたもので、道路を汚す主役となっている。人の多い都会では、吸い殻を捨てる現場を簡単に見れるほど、日常化している。ゴミ捨てを注意された生徒は、吸い殻を捨てている大人は何も言われなくて、なぜ自分だけが言われるのか、納得できないはずだ。

生徒が普通に生活していると、両親以外も含めて、大人の会話を聞いてしまう。その中には、せこく立ち回るような発言も含まれる。何かを猫ババするとか、誰かをだまして一儲けするとか、正直に生きるのとは正反対の内容だ。知らない人の話も偶然に聞いてしまうため、一人の生徒が多くの大人と接し、たいていの生徒がせこい発言に出会う。

生徒の年齢が上がると、世の中の仕組みも見えてくる。とくにダメなのが、表向きだけの発言と、実際の行動や本音が大きく違う組織や人だ。建て前では良いことを言いながら、裏で反対の行為を続けている人の存在を知ってしまう。

ダメ行為を何度も見ると、それが現実の社会だと信じて当然である。いくら学校できれい事を言っても、建て前で言ってるだけだと疑ってしまう。実際、ダメ行為は現実に存在しているし、今後も続くし、なくなる見込みはゼロに等しい。こんな世の中で、きれい事を生徒に言わなければならない教師は、相当に大変である。

加藤俊治

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大人のダメ行為が教育を邪魔する  2/2

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●学校や教師のダメ行為も目にする
大人のダメ行為は、一般の社会人だけでなく、学校や教師からも見ることがある。通常は機会がないものの、何かのきっかけで見てしまう。

代表例は、学校で起こる不祥事だ。校長や教師が必死で隠そうとする様子は、テレビや雑誌に紹介され、いろいろな経路で生徒に伝わる。普段から正直を訴えなければならない教師の行動だけに、ダメ行為の影響は非常に大きい。あまり触れほしくない内容であるし、他の学校の事件なので、できるだけ取り上げない教師が多いだろう。

日の丸や君が代の問題で、校長と教師が対立したり、教育委員会が強制する様子も、生徒が目撃する。納得できる理由を示さず強制するので、教育的にはダメな行為である。同様に、生徒が自由に卒業式をしようとすると、教育委員会や校長から反対される。これも納得できない理由で反対され、最終的には生徒があきらめるしかない場合が多い。この種の事件は、マスメディアが報道するため、他の学校の生徒も知ってしまう。生徒の側では、学校は何を教育する場所なのか疑問に思うはずだ。

最近では、修学旅行や制服などが市価より高く、教師と業者の談合が問題になっている。これもダメ行為で、学校や教師に対して、生徒が不信感を持つ原因となる。教師が普段から言ってるのは、建て前だけの内容なのだと思うだろう。

世の中の大人に加え、学校や教師のダメ行為を多く見ると、学校や教師に対して疑問を持つ。そんな意見が生徒の間で流れ、疑問はさらに大きくなる。一度でも疑問を持つと、ダメ行為に敏感になるので、信用してもらうのは難しい。

実際には、以上の全情報が生徒全員に入るわけではなく、個人差がかなりある。また、受け取った生徒の知的感度によって、受け取り方も異なる。個人差はあるものの全体としては、世間には真面目でない要素が多い点を、多くの生徒が気付いてしまう。学校では真面目な行動を求めるが、それが世間と違うと知ったら、素直に従う生徒は少なくて当然だ。ただし、自分に点数を付ける教師がいるので、建て前だけは従ったように振る舞う。これも大人から学んだ行動の1つで、自分のためにしっかりと利用する。

●教育内容に説得力がないので、教える側の教師も大変
現在の教育内容は、大人のダメ行為に影響を受けやすい特徴を持つ。小学校の低学年を除くと、誉められた中身ではない。後で使うか分からない知識を暗記するのが中心で、物事を論理的に考えたり、きちんと議論したり評価したりする方法を教えていない。そんな内容なので、やって何の得があるのが疑問に思ってしまう。

おまけに、生徒が得る情報には、学校で習ったことが大人になってあまり役に立たないという意見も含まれる。こんな勉強が役に立つのか疑問に思っている生徒に対しては、真面目に勉強する気を低下させる。ハッキリ言ってしまうなら、現在の教育内容には、生徒に勉強させる説得力があまりないのだ。

しかし、こうした教育内容にも関わらず、教師は勉強を強制しなければならない。おまけに、生徒に様々な情報が入って、勉強する気が低下しやすい時代である。教師にとっては、非常に大変な環境だ。

厳しい時代であっても、教師としては決められた教育内容を教えなければならない。教育内容を改善する権限はないし、決められた内容を教えるのが仕事だからだ。教育内容の有用度に関しては疑問を持たせず、とにかく勉強するように説得する。そんな教え方になるので、教師の信用度は低下しやすい。

●教育内容まで含めた根本的な改革が必要
以上のような状況を改善するためには、どのような教育を実施すればよいのだろうか。まず、大人のダメ行為だが、直すことは不可能だ。そんな情報が生徒に入ってくる前提で、教育を行わなければならない。絶対に直せない以上、どうしようもないのだ。こんな大人もいるが、そうならないようにと説くしかないだろう。

その代わり、教育内容のほうは大幅に改善する。世の中に出ても役立つ、有用な能力が身に付く教科を数多く取り入れる。自分の意見を述べたり、きちんと議論したり、改善内容を提案したり、適切に評価するといった内容だ。これらは世の中に出て役立つので、将来のために習得したほうがよいと、教師は本気で説得できる。

教育では、大人のダメ行為も積極的に利用する。悪い例として紹介し、こんなことしていてはダメだと分からせるために。たとえば、現在の国会中継はダメな議論の典型的な例なので、ビデオで見せながら、ダメな箇所を生徒に指摘させる。この方法は、教育上の効果が非常に大きい。実際のダメ行為を全員に知らせることで、同じような行為をやらなくなる。全員がダメ行為だと学校で教えられるため、普通なら恥ずかしくてできないからだ。

このような教育に変えて何十年か経過すれば、大っぴらにダメ行為を行う人が極端に減る。また、議論などの能力を身に付けた人が増えるので、国会もきちんと議論できる姿に変わる。時間はかかるものの、教育の根本的な改革しか、有用な対処方法は思い付かない。それを実施するまでは、大人のダメ行為が、現在の教育を邪魔し続けるだろう。

さて、ここまでの内容を読んで、賢明な人なら、1つの矛盾を発見しただろう。ダメ行為を行っている大人の中に、文部省の官僚も含まれる。それを悪い例として指摘したり取り上げるような改革を、積極的に進めるであろうか。普通に考えれば、やるはずがない。また、やろうとする人々を邪魔するだろう。教育の改革を阻止する勢力として働くわけだ。つまり、教育改革が進まない大きな原因の1つである。これを取り除くのは、非常に難しい。

加藤俊治

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