幼少から少年期の仲間遊びに、大人が干渉してはならない。

身についた健康や運動機能の源泉を少年期から振り返って考えてみると、年長者について回って外遊びをし始めた5歳ごろからだったと思い返す。年齢差が4~5歳ほどの幅のある集団の中にあって、必死について行く遊びから始まりました。中学に入る頃までの四季の山野や海や川遊び遊びで得たものが、心身を支える健康や運動機能の源泉になっているのは間違いがない。
激しく俊敏に体を動かしながら間合いを取って身を守る術や反射神経は、年長の集団と(時には荒々しい)自然界の遊びで身につけたように思う。みなナイフをポケットに入れて駆け回っていたが、大怪我などするものは誰もいなかった。整備された都市公園や、大人に引率されたシナリオありきの運動では、身を守り仲間を守る肝心の本能機能や共認機能が十分には発育しない。

中学校が標高60m程の山の上にあり、最短ルートは曲がりくねって段差が大きくしかも墓場や崖っぷちを通る通学路だった。夕暮れ時の帰り道は墓地を囲む松の巨木が暗闇で風に軋んでとても薄気味悪かった。足元の不規則な段差をものともせず飛び跳ねるようにして帰ったものだ。闇夜のあの身のこなしは少年期だからこそ身についた所作だ。

そして今、テストまみれの学童期と中学受験から、大人が管理する習い事やスポーツから子供たちを救い出してあげたいと思う。パラダイムの転換が必須となる、四半世紀を覚悟せねばならない役目となるだろう。しかし潜在思念に蓋をしてしまう受験塾、管理された部活と習い事教室も反省と反転の時期に来た。自然回帰や本源回帰の潮流を加速させて具体化させたい、次代を担う子供たちの心身を鍛えあげていきたいと切に思う。

持国天

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