母乳は赤ちゃんの脳を育てる

牛乳から作られる粉ミルクと違い、母乳に中には赤ちゃんの脳を育てる成分がふんだんに含まれているようです。

以下、(リンク)より転載。
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特に問題がなければ、赤ちゃんはぜひお母さんのお乳で育ててください。それは、粉ミルクの原料である牛乳と母乳は、決して同じものではないからです。なぜ違うのか。それは、人間と牛は、全く異なる生き物だからです。特に大きく異なる点として、成長の仕方が挙げられます。それが、母乳と牛乳との大きな違いを生み出しているのです。

牛と人間とでは、成長のスピードがまるで違います。牛は、生まれて2年もすれば、体重がおよそ10倍に増えます。一方人間は、2年たっても4倍くらいにしか大きくなりません。
一般的に、成長のスピードが速い動物のお乳には、たんぱく質やミネラル類など、成長に欠かせない栄養素が多く含まれています。早く成長するためには、骨や筋肉の成長スピードも速くならなければならないからです。現に、牛乳には母乳の4倍以上のカルシウム、3倍程度のたんぱく質が含まれています。牛の乳は、成長の早い牛に最適な成分でできているというわけです。

一方母乳には、牛乳よりもたくさんのリノール酸やリノレン酸が含まれています。これらの必須脂肪酸は、脳細胞を作るうえで欠かせない成分です。ご存知の通り、人間は知能の高い生き物です。人間の赤ちゃんは、身体を成長させながらも、それをしのぐ素晴らしいスピードで脳細胞を成長させているのです。そんな人間の赤ちゃんに最適になるように、母乳の成分が構成されているというわけなのです。

牛や人間に限らず、全ての動物の乳が、その動物の生態にぴったり合うようになっています。ですから、何か問題がない限りは、人間の赤ちゃんには人間の母乳を与えるのが最適なのです。

 

 

 

若林勇夫

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先取り勉強と大量暗記、スピード計算が、「考えない脳」を作る

「視考力」を育む必要性を解く糸山泰造氏は、幼少期の先取り勉強と大量暗記、スピード計算は、「考えない脳」を作る諸悪の3大根源である、と指摘して、公文式や百マス計算、フラッシュカードなどの勉強法に疑問を投げかけている。

実際、12歳以前、特に9歳以前に、徹底反復とスピードを重視した「読み・書き・計算」の高速多量学習をさせると、そのような「考えない脳」が作られ、その後に伸び悩むことが少なくないようだ。

以下は、糸山氏の著書を読んだ読者によるブログ記事(リンク)より。

(引用開始)
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糸山氏は進学塾で長年教えてきた塾講師である。
 塾講師の間には、長い間教えてきた人ならたいていの人が気づいている公然の秘密があるという。

それは、早くから塾通いを始めた子どもは、後に伸び悩む傾向があるということだ。
 小学校5・6年頃になって受験に参入したような子の方が後によく伸びるのだという。

 私も高校教諭の経験があり、○文式などで先取り勉強をしてきた子が高校になって伸びなくなる例をいくつか見てきた。
その理由について、私は「塾の力で押し上げられ、もともとの能力以上の学校に入ったからかな?」と思っていた。
あるいは小さい頃から塾通いしてきたことの息切れ現象かな?とか。

しかし糸山氏はそうではないと考える。
先取り勉強と大量暗記、スピード計算という、考えない脳を作る諸悪の3大根源による学習法が原因だというのだ。

 糸山氏はかの有名な○マス計算とか○田式のフラッシュカードとかに批判的である。
こういう訓練をされてきた子は、非常に頭が固いのだそうだ。

 反射は考えることを必要としない。したがってそういうことばかりやっていると反射の回路ばかりが発達して、じっくり考える脳の思考回路を形成することはできない。
そういう訓練をしてきた子どもは、低学年のうちは成績がいいが、高学年になって考える問題が出てきたとき、太刀打ちできなくなるという。

============
(引用終わり)

※参考「九歳の壁の正体」(リンク

 

 

Michelle
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小さい頃からイメージ力を育む

大人になっても、“答えに飛びつく”癖がある人は、学童期の勉強法を間違ってきてしまったのかもしれません。
現代に求められる思考力は、状況を捉えて予測できる力、即ちイメージ力です。大人の教え方の工夫で、学校の勉強でもイメージ力は育める。今から、早速実践してみましょう。

リンクより引用です。

○文章を言葉にしてイメージ化させる
文章題が苦手な子どもほど、すぐに足すとか、引くとか式を書きたがって、文章をよく読んでいません。そこで私は、文章題を読んだら教科書を閉じて「今のお話にはだれが出てきた?」と聞いています。「だれ? 先生、名前なんて書いてあった?」と、”算数なのにこんなことを聞くの?”と、子どもはみんな驚きます。算数は数字の答えを出すだけだと思っている子どもに、問題文の場面をイメージさせるのです。場面のイメージができれば、問題を解く手がかりになるんです。特に、低学年の問題文では”足す”か”引く”しかありません。ですから、イメージ化しなくても解けた気になっているので、イメージをしない子どもが多いんですね。

私は必ず、文章題のお話を読んだらイメージ化をさせるために、「まず絵にしてみよう。」と指導しています。計算式ばかりを考えている子は、はじめ絵は描けません。ですから「どんなお話だった? えみさんって女の子がいたよね?」と聞き、子どもが「買い物に行ったような気がする。」といえば、「買い物に行ったんだ。よく覚えてたね。」と、文章題のお話のイメージを巻き起こしてあげます。

家庭学習でも、文章を子どもに読ませたら教科書を閉じさせて「どんなお話だったか聞かせて。」と言って、子どもにお話の内容を説明させてください。子どもは最初、問題を丸暗記して答えようとするでしょう。そうではなく「どんなお話だった? だれが出てきたの?」と、やさしく聞いてください。子どもが答えられなくても「なんで見てないの?」とすぐ怒ってはいけませんよ(笑)。

そして、もう一度教科書を開いて読んでみる。すると今度はお話を理解しようと思うので、問題をよく読むようになります。特に文章題は声に出して読むことが大事なんです。算数の授業だと先生と一緒に問題を一度読むくらいでしょう。ですから、算数特有の文章表記になかなか慣れません。算数の文章題も国語の音読のように、何度も声に出して読んでみることをおすすめします。音読をすると、”あわせていくつでしょう”"ちがいはいくつでしょう”"残りはいくつでしょう”という算数の表現に慣れてくるので、文章題のひっかけや思いこみにつまずかなくなります。

 

 

 

小林健太

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脳は「否定形」を理解できない

人間の脳は「否定形」を理解できないそうです。確かに、「青い人参を想像しないでください」と言われても、脳は勝手に反応して「青い人参」を想像してしまいます。

左脳は顕在意識(意識)を、右脳は潜在意識(無意識)を司っており、「タバコをやめよう(顕在意識)と思ってもやめられない(潜在意識)」というように、人間の行動はその90%を潜在意識によって支配されているそうです。

子供の教育をするのに否定形で注意するのではなく、肯定形で注意するのは良さそうですが、肯定形を使うということは、具体的な改善方法を自然と考えることになるので、大人が自分で決め事をする時にも、より前進感があって良いと思います。

以下リンクより引用
>私たちの脳は、「否定形」を理解できません。イメージできませんという表現のほうが適切かもしれません。
「○○しちゃだめ」「△△はよくない」という表現で強く脳に刻まれるのは、○○や△△の部分なのです。

特に、子どもなどは素直ですから、否定形の表現が逆効果になります。騒いでいる子に「騒がないで!」は逆効果です。
「騒ぐってどういうことかな?こういうことかな?」という無意識が働き、ついつい騒ぎたくなってしまいます。

脳の素直な反応を効果的に利用するためには、肯定文を使って表現するようにしましょう。
たとえば、
○失敗しないようにしよう→上手くいくように行動しよう
○上司に怒られないように仕事をしなくては→お客様に喜ばれるように仕事をしよう
○緊張しないようにしよう→リラックスしよう
○遅刻しないようにしよう→時間通りに出社しよう
このような表現に変えると、すべき行動が明確になります。

肯定的なイメージがわきますので、能動的に行動をしやすくなり、実際の行動も変わるのだと思います。
同じ内容の話でも、肯定文に変えるだけで脳の働きは全く違ってきます。<

 

 

 

仙人掌

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「学ぶ」から「考える」へ~東大卒に勝てる人

「学ぶ」事に徹するかが、これまでの「頭のいい人」の条件だった。しかし、ここ数年で急激に「物事を考え抜くことが出来る人」へとシフトした。

もはや社会の共通認識なのではないだろうか。

書評「あの人はなぜ、東大卒に勝てるのか―――論理思考のシンプルな本質」リンクより転載。
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優れた発想をする方法

これからの「頭のいい人の条件」は、既存の物事を学び、知識が豊富なことではなく、他者が見落としているアイデアを考えられる人である。優れた発想をするにはどうすれば良いのかが紹介されています。

■「学ぶ」から「考える」へ
何らかの公式やフレームワークなどに当てはめる事と、その公式そのものを生み出す事は全く別物であり、前者は「考える」とは言わない。枠組みに当てはめるために必要なのは、その枠組みを知っている事である。つまり、その知識を「学ぶ」事が条件になっている。

・学ぶ=既存のフレームワークに当てはめて答えを導く
・考える=自分でつくったフレームワークから答えを導く

「当てはめる」だけでは競合に勝てない。いかに「考える」事をやめ、「学ぶ」事に徹するかが、これまでの「頭のいい人」の条件だった。しかし、今はたくさんの知識を蓄えているかではなく、物事を考え抜く力があるかどうかに価値がシフトしている。

■発想においてライバルに負ける時の3パターン
①自分も発想していたが、競合の方が実行が早かった
②自分も発想し得たが、競合の方が発想が早かった(しまった)
③自分にはまず発想し得ないくらい、競合の発想が優れていた(まいった)

①③とは対照的に②の敗北はそもそも「回避できたはずのもの」である。そして、9割以上の敗北はこの「しまった」によるものである。まずは「しまった」を減らす事こそが、勝率を高める上で最も効率がいい。

■バカの壁
発想がある一定のところから広がっていない時、2つの事に気づいていない。

①限られた範囲の「内」を考えている事に気づいていない
②その範囲の「外」があるという事に気づいていない

どんな思考にも、この「無意識の空白」がある。こうした自体を引き起こす元凶が「バカの壁」(思考の対象になっている範囲を隔てる壁が見えていない)である。発想がうまく広がらず、競合に先を越されて「しまった」を味わう時、必ずそこには思考のモレを引き起こす「バカの壁」が存在している。つまり、アイデアの数を増やし、発想の質を高めるためには、この「バカの壁」を意識化する事が欠かせない。

「自分が考えている範囲をはっきりさせる」という事は、その「外」に別の範囲が存在する事を認める事だ。これがフレームワーク思考である。フレームワークをつくるという事は、自分の思考を一定の範囲に限定しながら、その「外部」も同時に意識化する事に等しい。

まずやるべき事は、思考の境界線(フレームワーク)を設定する事だ。重要なのは、境界線が曖昧にならないようにすること。発想には必ず「バカの壁」が入る。だから、境界線を入れながら考えていくしかない。

■発想の質の3要素
発想の質 ≒ 発想の広さ = ①情報量 × ②加工率 × ③発想率

①アイデアの素材がどれくらい頭の中にあるか
②素材をどれくらい潜在的アイデアに加工できているか
③潜在的なアイデアをどれくらい顕在化できているか

9割以上の「しまった」は、発想の顕在化に失敗する事から起きている。そのため、発想率を高める事が、発想の質を高める最短ルートである。

■発想のモレを減らす
言葉は対象を「あるもの」と「そうでないもの」に分ける機能を持っている。「バカの壁」に対抗する唯一の方法は、自分が考えている範囲の内と外を、言葉という境界線によってはっきりさせる事である。つまり、論理思考の本質とは、言葉が本来持っている境界線としての機能を最大限に発揮させて発想を広げ、競合が見落としているアイデアを先に引き出す事である。

発想の質を高めるためには、発想率を高める(発想のモレを減らす)事が必要である。これには、チェックリストが最も確実なツールとなる。

 ==================================================以上

 

 

 

匿名希望

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皮膚の驚くようなメカニズム①

東洋医学では、マッサージ、指圧、鍼灸治療など、皮膚を対象に施術する治療法が、確かに多くありますが、そのメカニズムに対してあまり研究されていなかったようです。これまで解明されていなかったような皮膚の驚くようなメカニズムが近年、どんどんわかってきているようです。

 以下、「皮膚のメカニズムの解明(黒岩裕勇起健康医学社社長講演会より)」のブログ記事をを紹介します。(リンク)より転載。
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●皮膚の機能性に科学者達が注目

皮膚科学研究の第一人者、傳田光洋博士の著書「賢い皮膚」(ちくま新書)には、次のようなことが書かれています。

「この数年の間に急に、表皮が様々な情報受容機能、情報処理機能、そして情報発信機能を持っていることがわかりました。さらに、それらが神経系で認められているような電気的な因子が関与していることも明らかになってきました。
 機構やマッサージが正当な評価を受けてこなかった理由には、表皮の仕組みがわかっていなかったことが挙げられると思います。しかし今、我々は皮膚には中枢神経と同じ情報処理のための分子機械がある事を知っています。外部電場や温度、圧力といった物質的要因を表皮が受け取り、それを身体全体に伝達できることもわかって来ました。そうなると、表皮への施術が全身の健康につながるという仮説も、現代科学で解明する対象になった、と言えます。」

手術で胃を全摘出したり、肝臓を半分切り取ったりしても、命に別状はありません。しかし、皮膚の1/3を火傷などで失うと、命を落とすとされています。近年、皮膚機能のメカニズムについても急速に解明されてきました。皮膚は、単に外界と生体との境目をつくる体の包装紙の役目だけではなく、環境の変化に応じて多くの信号を発信しています。その信号は、免疫系や中枢神経などと密接な関係を持ち、皮膚バリアの再生機構についても、自立的に原子や分子のイオンの流れによる電気現象である事が、解明されてきたのです。

●皮膚の防御装置センサー

皮膚には3つの防御機能があります。簡単にそれをご説明しておきます。
1.異物の侵入を防ぐ角質層の「バリア機能」
2.異物を識別し、攻撃する「免疫機能」
3.殺菌作用のある「抗菌ペプチドをつくる機能」
この3つの機能は連鎖反応で補いながら体を守っています。例えば、バリア機能の角質層を壊したとすると、ランゲルハンス細胞や抗菌ペプチドが増え、体内の細胞を守ろうとします。しかし、水を通さない膜で壊れた角層を覆うと、ランゲルハンス細胞も抗菌ペプチドも増殖せず、角質層のバリアも回復しません。一方、水蒸気のみを通すゴアテックスで覆うと、バリア機能が回復します。このことから、皮膚表面の湿度を感知することで角層の状態が伝わり、皮膚の防御機能が調整されているのではないかとされています。

●皮膚細胞自身で温度感知 

皮膚細胞そのものが温かさを感知していると言うことが、自然科学研究機構・生理学研究所によって解明されました。それによると、温かみを感じる30℃を超えると、表皮細胞がATP(アデノシン三リン酸)を放出し、近くに神経を刺激する事を発見しました。そして40℃を超える温度では、感覚神経が直接反応し始めたことから、温度によって表皮細胞と感覚神経が役割を分担していることがわかりました。
ATPとは、エネルギーをため込むことが出来る体内の乾電池のような役割を果たすものです。そのATPを作るために、 人間の細胞は内呼吸をしていますが、表皮細胞で温度を感知し、ATPを放出し、温度の情報伝達物質の役割を担っているということです。

●神経より先に皮膚が感じる

これまで、「痛み」というと、体にある痛点の神経が感じ取り、認識するとされてきましたが、最近の研究から、表皮を形成するケラチノサイトにも、その機能があることがわかりました。
ケラチノサイトには、痛みだけでなく温度の刺激、圧力の刺激なども、神経より先に感じ取る機能があることがわかっています。
 皆さんも、バンキーをかけていて、痛いと感じることがあると思いますが、点在する痛点が感じ取っているのではなくて、表皮がそれを感じ取っているということが考えられています。
また、この表皮のセンサーであるケラチノサイトには、酸を感知する機能もあるとされています。ということは、黒酢の足湯や黒酢の全身浴をしている時も、人間自身は黒酢が酸性であることを感じていなくとも、皮膚細胞は酸性であることを感知しているのです。

 

 

 

若林勇夫

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弱音を吐く子供に自信を持たせる言葉がけとは

「弱音を吐く子供に自信を持たせる言葉がけとは」(リンクパピマミ
を読んで、「私は絵が下手なの」といっている子供に対して、「そんなことないよ」という言葉は否定でしかない事がわかった。そして、じゃあどういう言葉をかけたらいいの?と疑問に思って読み進めると

>『同意したり異議をはさんだりするより、理解していることを示す具体的な言葉をかけた方が好ましいことが多い』

と書かれていて、例えば、「お絵かきは簡単じゃないよね」などの共感の言葉をかけることだと書かれていた。なるほど、と感じたのは、それって女同士の会話と一緒ということ。

女同士のおしゃべりの大半は共感しあう会話から始まることがほとんど。
用は答えを求めているのではなくって「まず理解しようとしてますよ~」という共感を示す事から会話が始まっている。会話の成立、深度は、この最初の一言ができるかどうかで、そこから心を開いてくれるかに掛かっているともいえる。

ネガティブな心情になっている子供をやる気にさせる会話ってなんだか難しそ><;)と思うけど、女同士の会話と同じなんだ!!と思うと意外とたやすく感じられた。

知らず知らず、大人だから、導かなきゃと思っての会話って、上から目線の横柄な人との会話のように子供たちは感じているのかもしれない。

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【ママからのご相談】
 年長さんの娘がいます。幼稚園でちょっと上手くできないことがあると、すぐに弱音を吐きます。いろいろなことに自信がないようです。例えば、「〇〇(自分の名前)はお絵かきが下手なの」「ダンスがうまくできない」といった感じです。親から見ると、とりたてて下手なわけでもなく、普通レベルだと思います。「そんなことないよ。上手に描けているよ」「上手に踊れているよ」などと返事をしても、むきになって、「ヘタなの。うまくできないの」と言い返してきます。

どういう言葉をかければいいのか途方に暮れてしまいます。

a “気持ちを理解しようとしている”ということを示す言葉がけを!
ご相談ありがとうございます、フリーライターのパピルスです。

お子さんから、「〇〇ができない」「〇〇が苦手」こんな発言を聞くと、親としては心配になってしまいますよね。本当に全くできないならともかく、普通にできているのにと思うと、自分に自信を持ってもらいたくて、「そんなことないよ」「〇〇ちゃんは絵が上手だよ」と励ましてしまうのが親心。

ところが、親がいくら、「そんなことないよ。上手だよ」と言っても子ども自身が聞き入れないということがよくあるようです。

では、どのように返事をしたらいいのでしょうか?

今回は世界中でロングベストセラーとなっている著作、『子どもの話にどんな返事をしてますか?』を参考にして考えてみたいと思います。

子どもの自己イメージは、親の言葉で直接的に変えられるものではない

『子どもの話にどんな返事をしてますか?』では、親を悩ます様々な子どもの言動に対して、“なぜそういった言動をするのか”“それに対して親はどう対処するのがいいのか”が具体的に示されています。

その中で、今回のご相談のように“自分について否定的なことを言う子どもへの声かけ”のポイントは次のように述べられています。

『同意したり異議をはさんだりするより、理解していることを示す具体的な言葉をかけた方が好ましいことが多い』

例えば先ほどのご相談者様の例で言うと、「絵が上手に描けない」ということに対して、「そうね、上手じゃないね」と返す親はあまりいないでしょうが、「そんなことないよ、上手だよ(意見の否定)」「もっと大きく描いてみたら(アドバイス)」などと言っても、子どもの助けにはならず、「もっとたくさん描けば上手になるよ」という助言は子どもの自尊心を傷つけるおそれすらあるのだそうです。

具体的にはどんな言い方をすればいい?

では、『理解をしていることを示す具体的な言葉』とはどういったものでしょうか? 同書で推奨されている言い方に置き換えてみると、次のようになります。

・「お絵かきは簡単じゃないよね」
・「お絵かきの時間がくると、早く終わらないかなって思うかもしれないね」
・「絵が下手だって誰かに言われるのが嫌なんじゃない?」
・「ママ達をがっかりさせるのが心配なのかな?」
・「〇〇(名前)が一生懸命描いてることはわかってるよ」

つまり、「あなたの気持ちをわかろうとしているよ」というメッセージを伝えることが大切なようですね。

考えてみると、大人同士(特に女性同士)では、頻繁にこういった“共感を示す返事”をしているように思います。“お絵かき”を“料理”に置き換えてみるとわかりやすいですね。しかし、子ども相手となると、同じ視点に立って、「わかるわー!」と言ってあげることを忘れてしまいがちではないでしょうか?

まずは、子どもの気持ちを理解しようとしていることを示す言葉がけを十分にする。もしかしたら、そうしたやり取りの中で、「〇〇ちゃんに絵が下手だって言われたの」「私の絵を見て笑う子がいるの」と打ち明けてくれるかもしれません。その際は、「そうだったの。それは嫌だったね」と受け止めてあげましょう。

それから、次のステップです。

ママ自身がプラスに感じた点を伝えましょう!

・「ママはこの絵の女の子がかわいいと思うけどなぁ」
・「ここのピンク色がすごく丁寧に塗ってあるね!時間がかかったんじゃない?」
・「ママはこの絵が優しくて好きだなぁ」

といったように、“絵のいいと思った部分を具体的に褒める”と、心にスッと入りやすいようです。“娘さん自身を評価する”のではないことがポイントです。

そして、こういった会話の中から、「私の絵にもいい所があるんだな。もしかしたら下手じゃないのかもしれない」「ママが好きと言ってくれるなら、もっと描いてみようかな」といった気持ちが自然と芽生えてくるのをじっと待つ。親にできるのは、娘さんに“自然と”自信が湧きでてくるのを待つことだそうです。

「あなたの気持ちを理解しようとしているよ」というメッセージを送ること。そのことをちょっとだけ意識して対処してみてくださいね。

 

 

 

池田みさき

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スクールカーストの構造

スクールカーストが社会問題になり久しいが、この問題は現代の子供達が「自分発から相手発への転換が出来ていないからではないだろうか。それは、本当の意味で仲間圧力が生起していないからだろう。(昔のガキ大将的な子がいなくなっている。)

以下、リンク
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>2012年に出版された『教室内カースト』はあらゆるところで反響を集めた。とくに強い反応を示したのが現在、あるいは少し前まで学校に通っていた子ども若者。誰もが教室内で感じていた違和感は「スクールカースト」と名づけられ、その構造が明らかにされていった。今回、『教室内カースト』の著者・鈴木翔さんにお話をうかがった。

――まず最初に「スクールカースト」の概要を教えてください。
 同級生どうしで、地位・身分差、力の差をみんながなんとなく共有している状態を「スクールカースト」と私は呼んでいます。誰が指名したわけでもなく「上位グループ」「中位グループ」「下位グループ」がクラス内で形成され、みんながそのグループごとに与えられたキャラ、役割を生きていく。たとえば、野球部やギャルグループといった「上位グループ」が教室内で幅を利かせ、一方でおとなしい子たちの「下位グループ」は公然とバカにされたりする雰囲気がある、というようなことです。
 
 まだ研究が進んでいる分野ではないので正確な定義はありませんが、調査では、こうした「力の差を感じたことはない」と言った人は一人もいませんでした。
 
根拠のない序列化

 問題なのは「力の差・身分差」よりも、その序列化が理にかなっていないことにあります。たとえばですが、野球部は体育祭のときだけ仕切っていればいいのに、なぜか文化祭でも修学旅行でも彼らが仕切っている。そもそも、なぜ野球部、サッカー部、バスケ部が中心メンバーに選ばれ、卓球部やバドミントン部だと端っこに追いやられるのかはまったく謎です(笑)。研究資料は『教室内カースト』(光文社新書/12年刊)にまとめましたので興味のある方はお読みください。

>いわゆる「ガキ大将」がいた時代とはなにがちがうのでしょうか?
 各年代ごとにスクールカーストのような「力の差」があったのかを測る資料はほとんど残っていません。特別、問題視されていなかったからです。ただ、「学校が荒れていた」と言われる70年代からは状況が読み取れる資料は散見されます。
 
 70年代は腕っ節の強い、いわば「番長」があきらかに尊敬を集めていました。同級生からも敬語を使われることも多かったようです。しかし、そこには目的や実利がありました。学校間抗争などでは番長がいなければ学校が負けてしまう。「あの学校には〇〇がいるから手が出せない」とか、そういう状況です。なのでみんなが番長を持ちあげるのは、ある程度、理に適っていたのだと思います。
 
 一方、現在ですが、なんのためにギャルグループがクラスを仕切るのかわからない。別に学校間ギャル抗争があるわけでもない(笑)。みんなのためのリーダーじゃない、というのが大きなちがいです。

――「教室内にグループはあったけど序列はなかった」という人もいるかと思いますが。
 たしかに90年代前半ごろまではそうだったと思います。仲良しグループ(サブグループ)の調査研究によると、教室内は「ケバいグループ」「オタッキーグループ」「不良グループ」などに分かれていた、と。ポイントはそれぞれのグループがおたがいをどう見ていたかです。
 
 たとえばお勉強グループに属する女子生徒はケバいグループの女子生徒を「あんなんじゃ、お嫁にいけない」などと言って見下していました。一方、ケバいグループもお勉強グループを「女としてどうなの?」と言って見下していたんです。別にこのグループにかぎっての話じゃありません。不良グループは不良グループ以外を、オタッキーグループはオタッキーグループ以外を、ある種、見下していました。自分のグループにこそ、信じられる価値があり、それ以外の価値観は信じていなかった。つまり価値観は対立していましたが対等ではあったんです。社会学ではこれを「島宇宙」と言います。
 
 ところが90年代半ばぐらいからは明らかにグループ間に上下関係ができ、それをおたがいが認識している、というのがちがいです。
 
仕切るキャラ おとなしいキャラ

――こうした新しい「カースト」は、どこに弊害があるのでしょうか。
 根拠のない雰囲気によって自分のポジションやキャラを演じていくわけですから、やはりモヤモヤとした息苦しさというのが大きいのではないでしょうか。下位グループに属していた子は「『下』には騒ぐとか、楽しくするといった権利がない」と言ってましたし、上位グループの人には、場を盛り上げて「仕切しなきゃいけない義務がある」と言ってた子もいました。それぞれに与えられた役割を演じていかないと、教室内でハジき出され、まるでゴミのように扱われるといったこともあります。ハジき出された生徒に対する極端な例が「いじめ」として、よく問題視されます。しかし、それ以前に、ほとんどの子たちが根拠のない上下関係のなかに身を置いているという構造のほうには目が向けられていません。
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望月宏洋
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