中小企業で広がる「子連れ出勤」 人手不足解消、新ビジネスも登場

人手不足の中で労働力を確保したい企業が、働き手の要請を満たす解決策として中小企業の間で「子連れ出勤」を認める機運が高まりつつあるようです。

リンク
以下転載(ヤフーニュース)
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中小企業の間で「子連れ出勤」を認める機運が高まりつつある。人手不足の中で労働力を確保したい企業が、働き手の要請を満たす解決策として導入するケースが出てきた。子連れOKのオフィスを用意して企業から業務を受託し「子連れ出勤」をサポートする新たなビジネスモデルも登場。子供の面倒をみながら働くことの難しさもある一方、少子高齢化や待機児童問題がさらに深刻化する中、勤務スタイルの新たな選択肢となり、普及していくだろうか。 
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 体験型ギフト企画販売のソウ・エクスペリエンス(東京都目黒区)は2013年から子連れ出勤を認めた。当時は10人ほどだった従業員の中の女性1人が妊娠したことがきっかけだった。「貴重な戦力が欠けるのは会社にとっても大きな損失」と考え、同社の西村琢社長がこの女性社員に「子連れで来てみたらどうかな」と声をかけた。 
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 同僚社員の反応が気がかりだったが「オフィスの雰囲気が明るくなった」「一緒に働きたいと思う仲間とずっと仕事ができる」など好意的な声が目立つ。いまでは社員30人中、9人が子連れ出勤をしている。 
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 環(たまき)ちゃん(3)とともに出勤する望月町子さん(32)は「子育てが理由でもブランクが長いと、仕事に戻るのが難しい。こういう職場ならずっと働ける」。燈(ともり)君(3)を連れて出勤する辻莉瑛子さん(30)も、「ずっと私にべったりだったのが、ここに来てからは私以外の大人や子供とも接することで、自立心や社会性が身についたと思う」と、子連れ出勤の思わぬメリットも出ている。 
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 同社は15年4月から、「『子連れ出勤』100社プロジェクト」を始めた。子連れ出勤の良さを同社のブログで発信、このブログを読んだ企業から会社見学希望の問い合わせが相次いでいるという。ブログを通じて他社と課題の共有なども可能となった。 
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 子連れ出勤を支える新たなビジネスも登場している。京王電鉄は9月16日、東京都多摩市にある京王線聖蹟桜ケ丘駅前の商業施設に、子育て中の母親向けにキッズスペース付きのオフィス「京王ママスクエア」を開設した。施設の運営はママスクエア(東京都港区)に委託している。 

同施設へは、1歳以上、小学校3年生以下の子供を連れていくことができる。例えば、小学校での授業が終わった子供にママスクエアへ来てもらうことも可能だ。こうした点が評価され、300人以上の応募があった。4歳と1歳の子を持つ川崎市多摩区の高岡絵美さん(31)は以前、結婚式場で働いていたが、「書き入れ時の土曜、日曜日は保育園は休みのところが多く、子供を預けられる場所がなかった」。 
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 ママスクエアの藤代聡代表は土日へのニーズに対応するため「週3、4日とか短時間でも働きたいと考える人は多い」と考え、保育を担当する人の勤務シフトをうまく調整し、「ワークシェアリング」も取り入れて子連れ出勤のサポート体制を築いている。京王電鉄沿線価値創造部の平松渉課長補佐も「子育て世代の家族に選んでもらえるまちづくりを進めていけば、沿線価値の向上にもつながる」と、期待を寄せる。 
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 一方で20年近くも前から子連れ出勤を認めている中小企業もある。授乳服製造のモーハウス(茨城県つくば市)は1997年の会社設立時からで、現在は2歳未満の子供を連れて出勤できる。東京都渋谷区の直営店では、子供を抱いたまま女性従業員が接客する。 
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 といっても創業初期には、子供同士で騒いだり、通信販売用に用意した箱に玩具を入れたりといったいたずらもあった。それでも光畑由佳代表は「問題が起これば一つずつ原因を探り、全従業員で話し合って解決策を見つけた」と話す。 
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 首都圏でクリーニング店を展開する喜久屋(東京都足立区)も、草加工場(埼玉県草加市)の2階事務所の一部を、従業員の子供のためのスペースとして用意している。午後、近くの幼稚園から園児バスが工場前に来ると、園児たちはそのスペースで母親を待つ。事務所で働く従業員数人が仕事をしながら、子供の様子に気を配る。 
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 子供の急病や幼稚園・保育園の保護者会といった行事など、シフト制を取る職場では休みを取りづらい。喜久屋は、引き取り日など客先の希望を踏まえた上で操業計画を立てる。このため、事前に休みの希望を出せば、操業計画に影響することなくシフトの調整で対応できる。従業員約220人のうち、女性が約180人を占める。子育てが一段落してからも喜久屋で働き続ける女性も多いという。 

都市部を中心に核家族化が進み、子育てについて気軽に相談できる人が身近にいない。子連れ可能な職場なら、子育ての悩みなどもお互いに打ち明けられ、「母親の気持ちも明るくなる」(モーハウスの光畑代表)。 
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 待機児童数は、再就職活動中といった潜在的なものも含めると全国で80万人以上とされる。また2017年までに保育士が7万人不足するとの厚生労働省の試算も公表されている。東レ経営研究所の渥美由喜(なおき)主任研究員は「子連れ出勤は、独身社員にとってもずっと仕事が続けられる環境が整っているという安心感を得られる。子育てをしながら働くということは、必然的に仕事の面でも助け合うことになる」と話す。喜久屋の中畠信一社長も「みんなで支え合うという雰囲気が大切」と、企業も含めた社会全体で子育てに取り組む必要性を訴えた。(松村信仁) 
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綾小路涼太

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考えることって、たいへんだけれど、本当に楽しい

子供には難しいことは無理・・・と決めこまずに、問いかけや環境を整えることが大切なんですね。
リンクより

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小学3年生の作文「言葉がある意味」
 
今日は、私が長いこと「考えること」と英語を教えている小3の女の子が書いた、「言葉がある意味」という作文をご紹介したいと思います。
普段、小学生に作文を書かせることは滅多にしません。この作文は、色々な意味で特別でした。
どう特別だったかと言いますと…それは、この女の子が一時期見せていた、日頃の態度に遡ります。

この女の子は一時期、自分が「してほしいこと」はどんどん口に出すけれど、他のお友だちや私が「○○してね」と言うと返事すらしない、無視する(スルーする?)ということが続いていました。そろそろプレ思春期なのかなぁ、と思いつつ、自分の要求だけ一方的に言うその姿に、なんとも悲しい気持ちがしたものでした。

そこで私は彼女と一対一で話をして、「最近、他の人の言うことに返事しないことが多いよね。聞こえているみたいなのに返事をしないのはどうして?」と尋ねましたが、無言。

そこで「無視されちゃった人はどんな気持ちだったかなぁ。ねえ、そもそも言葉ってなんのためにあるの?」と問いかけると「自分の気持ちを伝えるため」と即答。

「自分の気持ちを伝えるだけ?それだけ?」ともう一度聞くと「うん」。

日頃から「相手の立場に立って考えよう」としつこく言っているのに、自分の気持ちを伝える「相手」が尊重されていないことに愕然としました。そして、「本当にそう思っているのなら、あなたに英語をこれ以上教えていいのかどうか、私にはわからなくなっちゃうよ。英語も言葉でしょう。自分の気持ちを伝えるためにだけ言葉があるって思ってる人に、英語を教えてもあまり意味がない気がする」とけっこう厳しい口調で言いました。

すると、女の子が泣き出し…「私、英語勉強したいです」と言ってきます。私が「なんで?」と聞くと「英語の歌とか、もっと歌えるようになりたい」との答え。

でもね、言葉は一方的に何かを伝えるためのものだって思っているのなら、英語は勉強してもあんまり意味がないと思うの。もしも英語を本当に勉強したいのなら、「言葉はなんのためにあるのか」っていうことを考えてもらいたいな。作文にでも書いてみてくれる?

…と(鬼教師の)私が言うと、「書く!」と目の前ですぐ紙を取り出しました。ところが、勢いよく紙の前に座ったものの、私が側で別のことをしながら眺めていると、「うーん、ダメだ!」「あーーー!!わからない!」「どうすればいいの!!!」ともがいている様子。

「すごく難しいことを書く時は、書く前にメモを作ってみるといいよ」と言うと、「そっかー」と嬉しそうにメモ(アウトライン)を作り始めました。

その「メモ」はどんなものだったかと言うと(紙の中央部分にあります。画像をクリックするともっと大きく見ることができます)…

このようなアウトラインを作るやり方は教えたことはないのですが、以前「構成」についてはレッスンでやったことがあり、その時の「きねづか」でしょうか、かなりしっかりとした構成がメモの段階ででき上がっていたようです。

しばらくすると、「『反応』ってどんな字を書くの?」と聞いてきたので、二人で漢和辞典やら国語辞典やらを引いて、「辞書って楽しいねー」とおしゃべり。でも楽しそうだったのもつかの間、また悩みに悩んだ様子で執筆に戻り、結局、計2時間かかって作文を一人で書き上げました。

そして、見事完成。「読まれるの緊張するなぁ」と言いながら私に手渡してくれたのが、こちらの作文です(画像をクリックするともっと大きく見ることができます)。

「言葉とはそもそも何なのか、自分の気持ちを伝えるだけではどうしてだめなのか」という問題提起に始まり、「私は、他の人の『言葉』をむしして、自分の言葉だけを通す。これは『言葉』を使っている人たちに一番悲しい思いをさせると思った」とあります。そして、「言葉」を「反応」という言葉と結びつけて、「やっぱり『言葉』って生きていく中で、とっても大事なんだなと思いました」と結んでいます。

私はこの作文を読みながら、涙が止まりませんでした。よくがんばったね、よく考えたね、よくここまで書けたね、と何度も言いました(今これを書きながら、また涙ぐんでいます)。

と同時に、考える力を伸ばしてやれば小学3年生でもここまで考えることができるし、また、それを説得力のある形で文章にできるんだ、ということをこの女の子には教えてもらいました。この作文で私がこの子を「助けた」のは、辞書の引き方と、メモを作った方がいいんじゃないか、という提案の部分だけです。あとは(信じられないかもしれませんが)彼女が全て私の目の前で一人で書き上げたものです。

子どもに難しいことを考えさせるなんて無理でしょう、という大人の方は多いです。でも、難しいことは「大切なこと」であることも多く、フランスの映画「ちいさな哲学者たち」で幼稚園生が「生きる意味とは」「自由って何」という難問に取り組んですばらしい考えを出してきたように、子どもたちは「考える」環境さえ整えてやれば、とてつもなく深いことを考えたり言ってきたりします。

先ほどの女の子、書き上がった時には「あー、終わったー!たいへんだったけど、すごい達成感!」と目をキラキラと輝かせていました。

そうなんです。考えることって、たいへんだけれど、本当に楽しいんです。

先日開催した「子どものためのクリティカル・シンキング」の単発イベントでもそうでしたが、大人でも難しいかな…と思うような難問でも、子どもにわかるような形で問いかけてやると皆、目を輝かせて取り組んでくれます。道なき道を開拓する冒険のような感じでしょうか。イベントが終わった時に何人もの子どもが「あー、おもしろかった!」と言っているのを聞いて、とても励まされました。

小学生に「考えること」を教えていていつも感じるのは、小学低学年ぐらいの子どもにとって「論理」は頭の奥からうんうんひねり出してくるものではなく、皮膚のすぐ下ぐらいに当たり前のように芽が出るのを待っているのではないか、ということです。子どもって、ものすごく論理的なんですよ。

後略

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原てふ子
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子どもの脳は肌にある

親と子どもは「触れ・触れられる」という相互のやりとりによって、子への愛情が深まり、触れられる心地よさを味わうのです。

「皮膚は露出した脳である」といわれるのは、体性感覚(触覚と温痛覚)は視覚や嗅覚と異なり直接脳を刺激しているからなのです。子どもの脳を育むためには、皮膚に直接触れることがよいようです。

以下、『子どもの脳は肌にある』を執筆された山口創先生のセミナー報告記事があったので紹介します。(リンク)より転載。
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山口創先生が研究されている分野は、身体心理学といって、 心と体の関係、体の中でも皮膚と心の関係がメインとか。この身体は日本の伝統的な心身一如のとらえ方に近いものと言えるそう。
子育てに大切なのは、発達の順番にそって育てていくということ

体→感覚→感情→頭

さまざまな体験を豊かに感じられる体をまず育み、しなやかな感性をもった心から頭が発達する。

赤ちゃんは中心から外側にむけて発達していくわけで

脳の中でも、  脳幹   生存   赤ちゃん
        旧皮質  感情   3、4才
         新皮質  思考   小学校
  
五感の発達の順序をみても

触覚、皮膚感覚→味覚→嗅覚→聴覚→視覚

老化の場合、この順番を逆にたどって衰えていくらしい。触覚、皮膚感覚は、一生衰えないものだとか。

皮膚というのは、「露出した脳」とも言われるくらいで、最近の研究で皮膚にも脳と同じ物質が含まれているのだそう。

だからこそ、皮膚にふれるスキンシップが大事なんですね。
スキンシップの必要量というの年代でみていくと、赤ちゃんの頃は大きく、思春期から成年期は少し低下するものの、老年期には再び増加するらしい。

それぞれの時期に必要なスキンシップの量と質があり、それに適した方法でふれることが大切。

とはいえ、文化的な違いなのか?
アメリカと日本のスキンシップを比較すると、日本では、親子でも赤ちゃんの頃は多いのに、思春期以降はどんと減り、夫婦関係でも結婚前はそれなりあるのに、夫婦、老年期にはどんと減るという状態のよう。どうも社会的にみても、全然スキンシップが足りてないみたい。

スキンシップについては誤解も多いようで抱き癖がつく、甘やかす素、子どもを依存的にする、男の子をマザコンにするなど、いろいろあるようです。

スキンシップは子どもを甘えさせることであって、甘やかす(先回りして親がやってしまう)こととは別。

それについてはさまざまな研究がされていて、母親がスキンシップをとっている、抱っこしている子ほど、情緒が安定している傾向があり、自立心も育まれやすいのだとか。

さらに、大学生対象に調べてみても、スキンシップ不足は、自分は愛されてなかったといった心の不全感が残りやすく、それ以降の対人関係をつくるうえでも影響がでてくるようです。

男の子が小さい頃、ママべったりになりやすいのは、女の子に比べ、オキシトシンというホルモンがでにくいからなんですって。
  
オキシトシンというホルモンは、産後のママの子宮収縮や、おっぱいの奥の筋肉を収縮させて母乳を乳首のほうに押し出させる役割をもっている母乳育児のほうでなじみのあるホルモンですね。
  
それだけでなく、子どもの記憶力やストレス耐性を高める作用もあるんだとか。幼少期にスキンシップやマッサージをすることで、脳に神経回路が作られ、体から分泌されるそうです。

スキンシップが大事とはいえ、なかなかできないわって方にはちょい抱きがおすすめ。

お子さんのそばにいる時に、1時間のうち10分抱っこしながら、子どもの目を見て心をこめて話しかける。子どもにふれていると、10分くらいでオキシトシンはピークに達し、子どもが遊んでいる間も、高い状態を維持しやすいのだとか。

スキンシップはママだけでなく、パパの肩車など遊びをとおしたスキンシップは、お子さんの社会性を培うのに一役かっているそうです。

 

 

 

若林勇夫

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保育や家事代行業界でシニアが豊富な経験で大活躍☆役割が活力を生む

「シニアの豊富な経験が好評、保育や家事代行業界で活躍 新たな生きがいにも」(リンク)という記事を見つけた。

 核家族化で子供が独立した後、近くに住むといった事が減った現代、元気なおじいさん、おばあさんに子供(孫)の面倒を見てもらえる。というラッキーな人はなかなかいない。
だからこそ、保育園が必要で、共働きのお母さんは仕事に家事に育児にと大忙しな毎日に疲れている。そんな女性に大好評なのが、家事代行業界と聞く。

 海外の共働きが普通の家庭では、家で食事をしなかったり、家事代行が一般的であったりするとは聞いてはいても、長らく日本では、家事育児は女性がするものとなっていて、働き続ける事が困難になっていた。

 そうした状況が、昨今の共働き夫婦の増加で、女性側も、男性側も意識が変わってきているようだ。

 「自分の子供や自分の家の事を他人に頼むなんて!!無責任」という昭和な価値観で怒られそうだが、子供はおっぱいを卒業したら、色々な世代の人に見てもらったり仲間がいるほうが、安定する。また、家事も誰がやっても気配りをもってやってくれれば「助かる」以外の何者でもない。自分の家の事を代行に頼むなんてと、区切るのは現実が見えていない。

 なにより、今までの経験が豊富で、頼りになる元気なシニアの方が、「生きがいになっている」「60歳以降も働きたい」という人が6割、という記事は可能性だと感じた。
いままで、お金にならない仕事として、主婦の仕事は軽んじられてきた節があるが、これからの時代経験値40年のベテランが引っ張りだこの大活躍になると感じた。

 「シニアの豊富な経験が好評、保育や家事代行業界で活躍 新たな生きがいにも」(産経新聞)(リンク)より
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保育園児に絵本を読み聞かせする前田玉三さん。「うまく読めるよう練習した」という=東京都渋谷区(写真:産経新聞) 

 保育園や家事代行サービス業界で、子育てが一段落したシニア世代の労働力が注目されている。人手不足が指摘される業界の「救世主」と期待されるとともに、育児や家事の豊富な経験を生かした丁寧な仕事ぶりが評価されている。働く母親らを支援する一方、シニア世代にとっても、新たな生きがいを生み出す場になっているようだ。(中井なつみ)

  
 ◆自分と重ねる
 「先生、この本読んで!」。東京都渋谷区の認可保育園で保育士補助のアルバイトとして働く前田玉三(たまみ)さん(66)が絵本を開くと、子供たちが一斉に駆け寄ってきた。

  前田さん自身、キャリアカウンセラーなどとして働きながら、共働きで長男を育てた。「働きながら子育てをする母親の大変さが分かるからこそ応援したい」と退職後に同区の保育士補助のアルバイトに応募し、7月に採用された。

  園児と遊んだり、着替えたりするときの補助を担当。年齢的に疲れを感じることもあるが、「子供の笑顔で疲れも吹き飛ぶ。友人からも、『いきいきしてるね』と驚かれる」と笑顔を見せる。園児を喜ばせようと、休日にあやとりの練習をしたり、絵を習い始めたりと、新たな趣味も広がり、充実した日々を送っているという。

  ◆任せて安心
  前田さんのように、自身の子育て経験を生かして、保育現場で働きたいというシニア世代が増えている。

  一般社団法人、日本ワークライフバランスサポート協会(千代田区)は5月から保育現場での勤務を希望するシニアを対象にした講座を開設した。保育士の資格を持つ講師らから子供の発育などについて学び、修了者を「グランドシッター」として認定する。これまでに約30人が受講し、すでに保育園で働いている人もいるという。

  同協会の武市海里(みどり)理事長は「長い間社会で働いてきたシニア世代は、責任感の強い人が多い。きつい仕事でも投げ出さずに任せられる」と強調する。

  
 ◆多忙な夕方にも
 家事代行サービス業界もシニアが活躍できる業界の一つだ。東京や大阪など大都市圏を中心に展開するパソナライフケア(千代田区)では、60歳以上の登録者が3年前に比べ倍増した。

  小角(こすみ)まゆみさん(68)は、趣味の料理を生かしたいと、この春から勤務を始めた。3家庭で週5日、食事の準備や買い物、掃除などをする。

  依頼者の了解を得た上で、自身が育てた花を飾ったり、好評だった料理を作り置きしたり。きめ細やかな対応が評判を呼び、当初は週3日の勤務予定が今では週5日の売れっ子になった。同社ライフサポート部の児玉拡司さんは「家事歴が長いシニア層は気遣いができる人が多い」と話す。

  また、ベビーシッター業界でもシニア世代の登録者が増えている。子育てが一段落しているシニア世代は、利用者が集中する夕方以降の時間帯にも対応できる人が多く、ニーズが高まっているという。

  ベビーシッター会社、サンフラワー・A(板橋区)のマネジャー、浅野里夏さんは、「どの家庭も忙しくなる夕方以降は、利用者とシッターをマッチングするのが大変。シニア世代にどんどん活躍してほしい」と話している。

  
■「60歳以降も働きたい」6割
多くの企業が定年に設定している60歳以降も働きたいと考えている人が6割を超えることが、食品メーカー、味の素(東京都中央区)が9月、40~70代の男女2000人を対象に実施した調査で分かった。

  調査によると、40~50代の現役世代で「60歳以降も働き続けたい」と回答した人は61.3%。特に男性は7割近くに上った。

  厚生労働省が10月に発表した「平成27年高年齢者の雇用状況」(全国約15万社対象)でも、65歳以降も働ける企業が約10万8000社で前年に比べ4500社増えた。70歳以降でも働ける企業は約3万社で、同2211社増加している。

 

 

 

池田みさき

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皮膚は脳と同じような「考える臓器」

「皮膚感覚」が鍛えられているかどうかで、相手の気持ちを察しきめ細やかな心遣いが出来るか、相手との距離感をうまくつかめない、空気が読めずに場違いな事ばかりしてしまう・・・という違いが出てくるようです。
リンクより

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◆皮膚感覚とは?

皮膚には触感や温度、痛みといった「五感」を感じる神経があるのは、よく知られています。そのような「五感」だけでなく、「心地よさ」「気持ちの悪さ」「怖さ」などの感覚も肌で感じているといわれています。

例えば「マッサージされると気持ちいい」「お風呂に入ると、のんびりする」「触るとゾッとして鳥肌がたった」こんな風に「肌がそう感じた」としかいいようのない感覚ってありますよね。

これらは「皮膚が感じた感情」の表れ。実は、肌は脳と同じような「考える臓器」なのです。

ちょっと科学的なお話になりますが・・・。人間の肌には微弱な電流が常に流れていて、その電流は「気分や感情」によって変化しています。

また、肌には脳内物質の受容体があり「セロトニン」「ドーパミン」「アドレナリン」などを受け取って、色々な事を感じています。ちなみに「セロトニン」は癒しや幸せ感「ドーパミン」は快感や意欲「アドレリン」は興奮させ活動的にしてくれる脳内物質です。

肌はまさに「自分で感じて、感情を作りだす」事ができる、「第2の脳」なのです!これらの感覚は男性よりも、女性や子供の方が敏感。女性独特の「細やかさ」や「女の勘」は、このような皮膚感覚のするどさからきています。

女の脳は肌にあると言っても、過言ではないでしょう!

◆皮膚感覚と性格の関係

皮膚感覚が鍛えられている人は、相手の気持ちを察する事がうまく、心地よい距離感を保つことが出来ます。またこのような人は心が安定していて、人間関係を作るのも上手ですね。

それに対して皮膚感覚が鍛えられていないと、相手の気持ちが分からず、距離感も分かりません。このような人はキレたり不安になりやすく、その結果孤立したり人を避けたりする傾向があります。

この違いの原因は、幼少期にあるといわれています。親子間にスキンシップが沢山あり、思い切り甘える事ができた子供は心が安定します。それに対しスキンシップ不足で、甘える事ができなかった子供は、心が不安ですぐにキレる傾向に。

そして、この傾向は大人になっても続きます。

恋愛においても皮膚感覚は大きく影響するといわれています。皮膚感覚が鈍いままだと、相手の気持ちを察する事が苦手なので、つい自分の要求ばかり求めてしまう傾向に。

自分を好きではない相手にいつまでも執着したり、不安感から束縛したりして、うまくいかない結果になりかねません。

肌からの刺激は、その人の人格や行動を左右するくらい大きな影響力があります。ぜひ毎日の肌から受ける刺激の大切さを実感してください。

~中略~

◆皮膚感覚を鍛える

現代人はスマホやパソコンの普及もあり「視覚」からの情報に頼りがち。これでは「皮膚感覚」はますます衰えてしまいます。皮膚からの「感じる」感覚をどんどん使いましょう。

例えば、温度計を見る前に「今は20度くらいかな」と推測してみる。財布の中の小銭を、指先の感覚で当ててみる。そんな事をゲーム感覚でやってみるのもいいトレーニングになりますよ。

また、エステでマッサージやパックをしてもらうのも、良い皮膚刺激になります。他には、アウトドアで自然を肌で感じたり、ヨガをやってみるなど、いつもと違う刺激を与える事も「皮膚感覚」を鍛えられます。

「頭で考える」ばかりでなく「皮膚で感じる」感覚を鍛えて、感性豊かで気配り上手な、憧れの女性を目指しましょう!

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原てふ子

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子どもを「本好き」に変える、ただ1つの方法 いきなり本を読むのはハードルが高すぎる

やはり未知収束は、本能次元での欠乏に対する可能性収束だと感じます。
以下、msnニュース(リンク)より引用します。

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(引用開始)

小学校低学年から高学年、そして中学生へ……。周囲に私学を受験する子も増える中で、わが子の成績や先々の進路がまったく気にならない親はいないだろう。どうすれば少しでもいい点が取れ、より上位の学校に進学できるのか。そもそも子どもにやる気を起こさせるには?

 約25年にわたり学習塾を運営し、3000人以上の子どもを指導、成績向上に導いてきた石田勝紀氏は「心・体・頭のしつけ」をすることが重要と語ります。この連載では石田先生の元に寄せられた親たちのお悩みに答えつつ、ぐんぐん伸びる子への育て方について考えていきます。

(中略)

 実際、私がこれまで行ってきた3000人以上の保護者面談の中で、ご質問の多い順に挙げると、1位「うちの子勉強しないのですが、どうしたらよいでしょうか」、2位「数学(算数)ができない」、3位「本を読まない」で、読書に関しては多くの関心の的となっていました。

 しかし、そもそもなぜ、読書をしてもらいたいと思うのでしょうか。この点についても、今まで多くの保護者面談で親御さんに伺ってきました。するとその理由は、「国語ができないから」「読解力がないから」という2つに集約されています。つまり、国語や読解力を上げるために本を読んでもらいたいとお考えのようです。石山さんも、そうお考えのことだと思います。

 この点についてはっきりと申し上げると、

 「国語の成績を上げるため、読解力をつけるために、あえて読書する必要はない」

 ということです。

 私が指導した生徒に非常に本が好きな生徒がいました。その生徒は小学校の頃から本が大好きで、休み時間も本を読んでいます。当然のことながら、彼女は国語の成績は非常によかったです。特に読解問題はいつも1番で、勉強らしい勉強はしていませんが、教科書の国語の文章自体に興味があるので、内容も一度で理解し、設問にも容易に答えられます。

 しかし、その後、中学、高校へ進学し、大学受験の国語を勉強するときになって、本をまったく読まない生徒に国語の成績が簡単に抜かれていきました。このような例はたくさんあります(読解力の高め方は第9回の記事「一生ものになる、『本質を捉える頭』の作り方」を参照ください)。

 さらに、これまで私が経験してきた中で、程度の差こそあれ、次のような例もたくさんみてきました。

 たとえば、国語について心配した親御さんが、子どもに本を与え、「これを読みなさい」と言って強制した結果、ますます国語が嫌いになり、その後、活字に対して非常に強い抵抗を示しほかの教科にまで悪影響を与えた、という残念なケースもありました。

 「国語力を高めるために読む」「読解力向上のために読む」「読書感想文を書くために読む」――これらはいずれも必ずしも思った結果が出ると言えないことは、おわかりだと思います。しかし、それでも読書には非常に高い効用があるため、読書習慣のある子どもになってもらいたいという希望を捨てることはできません。そこで、これまで私が保護者の方々へ話し、高い成果が出たと思われるひとつの方法についてお話しましょう。

 それは「読書習慣の前に、まずは『調べ習慣』をつける」ことなのです。

 文章に興味のない子にとって、面倒くさい読書はハードルが高いのです。そこで、「調べ習慣」を先につけさせます。

 わからないことがあったら、調べる癖をつけるのです(小さいときからのほうが効果的ですが、子どもが中学生、高校生でも可能です)。

 決して親が手とり足とりやってはいけません。自分でやらせて、その後に、(軽い感じで)「どういうことなのか、お母さんわからないから、教えてちょうだい」と言って、子どもに説明させる方法です(親が知っていても、あえて知らないふりをするのもいいでしょう。また、子どもが小さくて自分で調べられないときは、一緒に調べていきます)。

 多くの場合、子どもは喜々としてやります。その後、子どもは調べもの好きになり、探究心が芽生え、やがて自分の興味関心以外の対象に対しても、影響の輪を広げていくようになっていきます。

 現代社会では、情報はインターネットで簡単に手に入ります。しかも画像や動画もすぐに調べられますね。ですから一昔前のように紙の辞書や百科事典で調べたり、図書館へ行ったりする必要もなく、その場で瞬間的に調べることができます。それを利用するのです。

 疑問点、知りたいという心理状態はそれほど長くは続きません。ですからすぐに調べられる現代文明の利器を使います。そうすると、子どもは写真や動画、さらに文章で書かれた活字を“読む”ことになります。そこで好奇心がさらに出てくれば、図書館や本屋へ行って興味対象の本を見てみるのです。

 私は、これが読書の入口だと思っています。いきなり読書へ関心が向くという子どもは確かにいますが、そのような子は、レアケースであると考えていいでしょう。ですから一般的には、「調べ習慣」をつけていくことが先決であろうと思っています。

 子どもは小さいときから「なんで?」「どうして?」という質問をします。子ども心にも、疑問が多々あり、それを知りたいという好奇心があります。いつしか大人はそれらにいちいち答えることが面倒になり、そのままにしていまい、やがて子どもは「聞いても仕方がない」と思い、学校でも「覚えればいいんでしょ」と考えるようになってしまいます。

 物事には背景があり、理由があります。それは時に、非常に人の心を動かす内容であったりします。日常生活の中にも、あちらこちらに“好奇心の種”が転がっています。特に子どもの周囲にはたくさんあります。

 それを少しだけ、引き出してあげることができれば、読書や読解力や学力に関する問題は一気に解決していきます。ぜひ、「なぜだろうね。どうしてかな」の次に、「調べてみよう!」という段階まで進めてあげることをお勧めします。

(引用おわり)
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匿名希望

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子どもの育ちに必要なのは「ボーっとする時間」

リンク
最近では、小学校に上がる前から水泳や、英語、ピアノなどのお稽古ごとや、塾などに行き始める子どもも、たくさんいるのではないでしょうか。そう考えると今の子どもたちって、かなり多忙な気がします。
忙しい上に、遊び場がなかったり少子化の影響もあるのでしょうか。
実際、子どもが遊んでいる姿を街ではあまり見ない気がします。
そこで、京都大学教授で臨床心理学の先生でもある河合隼雄さんの著書『「子どもと学校」(1992)岩波新書』に面白いことが書いてありましたので、引用させてもらいます。

<学校を意味するラテン語エコールは、もともと「暇」という意味をもっていた。学問というものは暇なときにするものだ、というよりは、暇こそが真の学問を生み出す、と考えるといいだろう。>

スクールの語源は、そもそも“暇”。
こう考えると、現在の子どもたちには真の学問を生み出す“暇”が、俄然少ない気がします。
うちの子どもも、週4くらいで習い事をしていますので、かなり多忙です。

■現代の大人は指導しすぎてしまう!?
また逆に、現代の大人の問題についてもこう書かれています。

<大人たち(特に教育者と言われる人たち)は、指導したり、言いきかせたりすることが好き過ぎる。自由な遊びのなかに、子どもの創造活動が現われ、それを通じて子どもたちは自ら癒され、自ら育ってゆくのである。>

子どもに”暇”な時間を与えることで、その暇を子どもが自由に使う。
そうした環境の中で自らが勝手に行う遊びを通じて、勝手に育つ、というのが本来の子どもの姿だというのです。
そして、それこそが真の学問を生む、というのです。
確かに、現代は「教えすぎの大人」と、その教えを請う「忙しい子ども」、という構図があるかもしれません。

■遊びこそが、子どもの創造性を生み出す
さらに、暇な時間に行う遊びの重要性についても書かれています。

<遊びによって子ども時代に培われたイマジネーションのはたらきは、成人してからも創造活動をするときに、そのベースとなっている。「お勉強」で固められ、遊びの少ない人間は、成人してから創造的な仕事を達成できないのである。>

海外では、こうしたことが意識されているのか、実際に、子どもの遊びの中から、好きなこと、夢中になることを見つけて、それを自分で探求していくことが、「学びそのもの」という考え方で、かつ学校現場において実践されています。
日本の偏差値重視で、正解を求める学校教育とは根本的に違っている気がしてしまうのは、こういうベースがあるからかもしれません。
かのエジソンは、子どものころは“怠け者”、と言われていたようです。暇な時間を、空想や遊びの時間に使って、楽しんでいた成果が大人になって現れたのかもしれません。
子どもがボーっとしているのを見て、つい“時間がもったいない!なんかしなよ!”と言っていたのですが、子どもにとっては、ボーと暇を過ごすことも必要なのですね。
将来のエジソンになるためには、子どもには積極的に暇を与える必要がありそうです。

と言っても、暇な時間には、1歳の弟と一緒に変顔の練習をしている6歳の長男。
本当に大丈夫なのだろうか…。

~以上~

 

 

匿名希望

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自立とは「依存先を増やすこと」

「自立」という言葉に戸惑っている人は、若者を中心に案外多いと思います。逆説的ですが、自立とは「依存先を増やすこと」という認識は、突破口になりそうです。

以下、「半市場経済」(2015年・角川新書・内山節著)からの引用紹介です。
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>高度成長期以降の企業社会では、「就職=自立」という価値観が支配的であり、そこで得た貨幣の力によって、他者に依存することなく生活できることが「自立」だとされてきた。だがそのような自立観は、本当に妥当なものだったのだろうか。

 そうした既存の考え方に対して、むしろ「自立とは依存先を増やすこと」だというのが、小児科医で脳性まひ障害をもつ熊谷晋一郎氏である。彼は東日本大震災のとき、建物のエレベーターが止まってしまったために、五階の研究室から逃げ遅れたという。
「そのとき、逃げるということを可能にする“依存先”が、自分には少なかったことを知りました。(中略)他の人は階段やはしごで逃げられます。(中略)ところが私にはエレベーターしかなかった。これが障害の本質だと思うんです。つまり、“障害者”というのは、『依存先が限られてしまっている人たち』のこと。健常者は何にも頼らずに自立していて、障害者はいろいろなものに頼らないと生きていけない人だと勘違いされている。けれども真実は逆で、健常者はさまざまなものに依存できていて、障害者は限られたものにしか依存できていない」(インタビュー「自立は、依存先を増やすこと 希望は、絶望を分かち合うこと」『TOKYO人権』第56号)

 熊谷氏によれば、依存先が多様に確保されているとき、人はさも「何にも依存していない」かのように感じられる。つまりその状態こそが「自立」なのであり、それは決して何にも依存していないことではないという。

>熊谷氏の文脈でいえば、資本主義とは「依存先が貨幣に限られてしまっている」という意味での“障害”を生み出す装置として存在しているのではないか。そうして本当の「自立」が困難となった結果、私たちは常に不安を抱えながら、さらに貨幣への依存を強めてゆく。

>「自立を目指すなら、むしろ依存先を増やさないといけない」のだとすれば、私たちのこれからの課題は、貨幣を介することのない、多様な依存先を獲得することだろう。
***********************
(P.130~132)

 

 

竹村誠一
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