子どもたちに自信をもたせる学校

『子どもたちに自信をもたせる学校』リンクより引用
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長野県伊那市立伊那小学校の子どもたちは自信のある顔をしている。 

伊那小の授業を参観し、一緒になった参観者に感想を聞いてみたら、「子どもたちが自信をもって教師と接している」という答が戻ってきた。「まさしく」と、わたしはおもった。 

ある学習塾の関係者が、「子どもたちに自信を失わせるようなことを、わざわざやっている」と批判的に言ったのを聞いたことがある。学校で行われているテストのことだ。テストの成績が悪いと、「どうして間違えたの?」「次は、もっと、がんばりましょう」といったたぐいのことしか教員はいわない。これでは、「あなたはダメだ」といっているにすぎない。間違えたことで、いちばんがっかりしている子どもである。その子に向かって、ダメ押ししているケースが学校では多すぎるというのだ。 

これでは、子どもたちは自信をもてない。ダメ押しばかりされて、心のどこかでビクビクしている。これでは育てるどころか、潰してしまっているのと同じことだ。 

しかし、伊那小の子どもたちは自信をもっている。強がっていたり、反抗的だったりするような自信ではない。それは、内からにじみ出てくる自信である。 

参観したのは、6年生の「連凧づくり」がテーマの「総合活動」の授業だった。1本の糸で空に舞う凧を次から次につなげていくのが連凧だ。 

そうした授業だと、凧のキットを子どもに与えるとか、材料を与えて教員が設計図のようなものを示して子どもたちにつくらせる、といったかたちになりがちだ。しかし伊那小の場合、子どもたちは一から考えていく。どうやれば、ひとつでも多くがつながって上がる凧になるのか、それこそ手探りで考えて、実践していくのだ。 

参観したときは、このテーマに取り組んでから1年以上が過ぎていた。だから、子どもたちは黙々と作業をしていた。「慣れている」というのではなく、一人ひとりが自分自身の作業に確信をもって取り組んでいるというか、ただ作業しているというのとは違うものを、わたしは感じていた。それをどう表現したらいいのか、わたしは参観しながら考えつづけていた。それで同じ参観者に質問してみたら、「自信」という答が戻ってきたのだ。 

伊那小の子どもたちの自信は、自分で考え、そして結果を導き出してきたことから生まれている。与えられた知識ではない、自分自身で取得した知識なのだ。そこにたどりつくまでに、教員は「ああしろ」とか「それはダメだ」という上から目線のこと、いっさい言わない。子どもたちの視線にあわせて、子どもたちが自らの力で学ぶ手助けだけを心がける。 

自ら学ぶ力を育てているのだ。それを日本全国の学校でやろうとしたことがある。「総合的な学習の時間」である。しかし、その現状は惨憺たるものだ。 

伊那小と同じように総合的な学習の時間が全国の学校で実践されていれば、日本中の学校に自信に満ちた子どもたちの姿があふれていたことだろう。教育の大きな目的は、子どもたちに自信をもたせることのはずだ。けっして、自信を潰すようなことではない。
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根木貴大

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子どもと皮膚と感情

肌と肌の触れ合いがいかに大切か。

《以下引用》リンク

人間が感情を生み出すのは、実は脳ではなく、むしろ皮膚や、(腸などの)内臓であるともいわれています。

ニューギニアの部族を研究した文化人類学者であるマーガレット・ミード博士は、赤ん坊と肌を密着させた部族と、バスケットに入れて肌を密着させていない部族の研究調査をしました。結果、前者の肌を密着させるアラベッシュ族は、非常に穏やかで、争いごとがないことがわかり、一方の肌を密着させない放任的なムンドグモール族は、攻撃的で争い事が好きであることがわかりました。

1910年代のアメリカのある養護施設では、一年間に9割もの乳児の死亡率があったため、栄養状態の改善や高度な医療を施したにもかかわらず、やはり3分の1は死亡してしまいました。これは、当時の流行の「触れない育児」が原因であり、スキンシップがないことのストレスで、成長ホルモンの分泌が止まってしまっただといわれています。

特に、赤ちゃんや子どもの頃に親からのスキンシップが足りず、甘えられなかった子どもの多くは「愛されてなかった」という愛され感の不足が問題行動につながってしまったり、乳児に至っては死に至ることもあります。
戦前まで主流だった日本の伝統的な育児方法は、母子密着のべったり育児です。昼間は家事においても紐を使って赤ちゃんを背中におんぶをし、夜は川の字になって赤ちゃんと添い寝をしていました。母親が忙しい時には、代わりに祖母や娘にも赤ちゃんを抱っこさせることも日常でした。

江戸時代には「小児あんま」といって赤ちゃんを全身マッサージしていた育児方法もありました。これは、循環器系、泌尿器、免疫系、神経系、呼吸器官、胃や腸の消化器官をすべて刺激します。動物においては、特に哺乳類などが赤ん坊の前身をきれいになめる行為がそれにあたるといわれています。
しかし、明治時代から戦後に入ってきた欧米式の育児方法により日本も今では変わってしまいました。赤ちゃんが泣いてもすぐには抱っこしてはいけない、ある程度放置しておくことで自立的な人間をつくっていくという考えです。

赤ちゃんはどうしても泣くものというイメージが特に先進国の中ではありますが、実は古来からの伝統的な生活をしているイヌイット(エスキモー)やアフリカの先住民系部族の赤ちゃんは無駄に泣くことはありません。伝統的な生活を維持しているイヌイットやアフリカ部族では、もし赤ちゃんが泣き始めたら、何か特別な問題や原因があるのだとされています。

イヌイットの育児方法では、赤ちゃんが生まれると、トナカイの毛皮で出来たおむつをし、その上からさらに毛布で固くラッピングするように巻き、背中におんぶをします。このラッピングは赤ちゃんにとって子宮のような感覚に似ているとされています。また、添い寝やスキンシップが日常的です。これにより赤ちゃんの心理的安定をうみます。戦前の日本の育児方法でも似たような方法をしていますね。

赤ちゃんは産まれる前には、羊水の中で成長します。羊水が体温と同じ温かさであることと、ほとんどが水分から成る人間の体が羊水のような水中にいることから、赤ちゃんの皮膚の感覚は羊水の中ではほとんど刺激されません。私たちが体温と同じお風呂に入った時に感じる膨張したような心地よさと同じ感覚が赤ちゃんにもあるわけです。

赤ちゃんは、この極楽のような羊水と、お母さんの子宮の壁にとてもべったりになります。その居心地のよい母胎の液体からいよいよ産み出されると、体温よりずっと低い温度の気体に包まれます。そうなると、赤ちゃんは皮膚感覚が刺激され、敏感になっていきます。ここから、赤ちゃんの子宮回帰が始まります。つまり、子宮のような空間や温かい人肌を求めていきます。
人は温かいスキンシップをすると脳内でオキシトシンが作られ、これが増えてきます。オキシトシンは、心がやすらぎ、幸福感や愛情も深まって、人とのきずなを強める働きがあります。また、オキシトシンが幸せホルモンと呼ばれるセロトニンを活性化させ、ノルアドレナリン(不安・恐れ)の働きをコントロールして、心のバランスを安定的に保ちます。子どもが幼いうちにオキシトシンの影響をたくさん受けるとこのセロトニンが出やすい脳になり、一生つづくことになるようです。

そうはいっても、現代社会では、共働きも増え、子どもと触れあう時間や心の余裕がなかなかとれない方も多いと思います。しかし子どもは案外賢いもので、両親がいないときには、保育園での先生との接し方、祖父母との接し方など、子どもなりに良い関係を築いているものです。そして、お母さんやお父さんにはいっぱい甘えたいわけですから、接する時間がどんなに短くても、スキンシップで甘えさせることで親子の愛着関係を大切にしていけばいいのです。

いつからか「抱きぐせ」というネガティブな言葉がありますが、抱っこされたいという欲求は本能的なものですし、実際に抱きぐせがつくことよりも、むしろ幼いころに抱かれたりなかったことによる、将来的な心の不安の方がずっと深刻です。

育脳が注目されたり優先される今日ですが、哺乳類はすべて肌を触れ合わせるスキンシップ育児です。肌と肌が触れあうことによって愛着が生まれ、親子のきずなが深まり、安心感の中で子どもがスクスクと育っていきます。
子どもの幸せの根っこはスキンシップからつくられているのです。それは大人である私たちにも言えることかもしれませんね。

《引用以上》

 

 

洞口海人

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「鳶職の父」

平日早く帰り子供と一緒に遊ぶより、平日しっかり働きその背中を見せるほうが本当のイクメンなのだと思います。

——————–以下引用——————–

「鳶職の父」

公用でM高校へ出かけたある日のことだった。

校長先生が、私達を呼び止められて、

「時間がありましたら、お見せしたいものがありますので、校長室までお越しください」

と言われ、校長室に案内された。

「実はある生徒の作文ですが・・」

とA少年の経歴を話しながら、作文を朗読された。

「僕の父親の職業は鳶職である・・・」という書き出しから始まり、内容はおよそ次の様なことが書かれている。

「父親の休日は定まっていなかった。

雨の日以外は日曜日も祭日もなく、お定まりの作業服に汚れた古いオンボロ車を運転して仕事に出かける。

仕事が終わると頭から足の先まで、泥や埃で真っ黒くなって帰り、

庭先で衣服を脱ぎ捨てて、褌ひとつになって風呂に飛び込むのが日課である。

僕の友達がいても平気で、そんな父の姿が恥ずかしく、嫌いだった。

小学校の頃、近所の友達は日曜日になると決まって両親に連れられて買い物や、
食事に出かけて行き、僕は羨ましく思いながら見送ったものだ。

(みんな立派な父さんがいていいなぁ)と涙が流れたこともあった。

たまの休みは、朝から焼酎を飲みながらテレビの前に座っていた。

母は『掃除の邪魔だからどいてよ』と掃除機で追っ払う。

『そんな邪魔にすんなよ』父は逆らうでもなく焼酎瓶片手にウロウロしている。

『濡れ落ち葉という言葉は、あんたにピッタリね・・この粗大ゴミ!』

『なるほど俺にそっくりかハハハ・・うまいことをいうなハハハ・・』と、

父は受け流して怒ろうともせずゲラゲラ笑っている。

小学校の頃から、小遣いをくれるのも母だったし、買い物も母が連れて行ってくれた。

運動会も発表会も父が来たことなど一度もない。

こんな父親などいてもいなくってもかまわないと思ったりした。

ある日、名古屋へ遊びに出かけた。

ふと気づくと高層ビルの建築現場に『○○建設会社』と父親の会社の文字が目に入った。

僕は足を止めてしばらく眺めるともなく見ていて驚いた。

8階の最高層に近いあたりに、命綱を体に縛り、懸命に働いている父親の姿を発見したのです。

僕は金縛りにあったようにその場に立ちすくんでしまった。

(あの飲み助の親父が、あんな危険なところで仕事をしている。

一つ違えば下は地獄だ。

女房や子供に粗大ゴミとか、濡れ落ち葉と馬鹿にされながらも、怒りもせず、ヘラヘラ笑って返すあの父が・・・)

僕は体が震えてきた。

8階で働いている米粒ほどにしか見えない父親の姿が、仁王さんのような巨像に見えてきた」

校長は少し涙声で読み続けた。

「僕はなんという不潔な心で自分の父を見ていたのか。

母は父の仕事振りを見たことがあるのだろうか。

一度でも見ていれば、濡れ落ち葉なんて言えるはずがない。

僕は不覚にも涙がポロポロ頬を伝わった。

体を張って、命をかけて僕らを育ててくれる。

何一つ文句らしいことも言わず、焼酎だけをたのしみに黙々働く父の偉大さ。

どこの誰よりも男らしい父の子供であったことを誇りに思う」

そして彼は最後にこう書き結んでいる。

「一生懸命勉強して、一流の学校に入学し、一流の企業に就職して、

日曜祭日には女房子供を連れて、一流レストランで食事をするのが夢だったが、

今日限りこんな夢は捨てる。

これからは、親父のように、汗と泥にまみれて、自分の腕で、自分の体でぶつかって行ける、

そして黙して語らぬ父親の生き様こそ本当の男の生き方であり、僕も親父の跡を継ぐんだ」と。

読み終わった校長は、

「この学校にこんな素晴らしい生徒がいたことをとても嬉しく思います。

こういう考え方を自分で判断することが教育の根本だと思います。

そして子の親としてつくづく考えさせられました」としみじみ言った。

差し出されたお茶はとっくに冷えていたが、とっても温かくおいしかった。

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[心に残るとっておきの話]第5集

潮文社より

——————–引用終了——————–

 

 

 

松下晃典

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非合理としての育児―本源性を充足させる日本の育児方法②

続きです

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 「合理的・科学的」育児法は、酷いものだとしか思えない。
 ワトソンの「育児法」も、酷いものだ。
 どうして、ワトソンが「合理的」で、毛づくろいをしたり、添い寝をして、スキンシップをするのが、「非合理的」なのか、ちっともわからない。
 見た目の「姿」が、動物に近いからだろうか?
 でも、人間は、ハッキリと、動物ではないか。
 僕も、三人の子供を育てているが、「育児」が「合理的」なものだとは思わない。
 「非合理」も「不合理」も、矛盾や無駄なものも、内包して行っていくものが、「育児」なのではないのか(!)。
 ところで、西欧型の育児法が入ってくる以前の日本の育児は、とてもいいものだ。
 驚異的なのは、(初めて知ったのだが)江戸時代には、赤ん坊へのマッサージも行われていたと書かれている。
 これは現代でも、相当、先進的なことなのではないだろうか。
 個人的には、障害児教育でも、「マッサージ」や「スキンシップ」などは、まだまだ取りいれる余地のある分野だと思う。
 渡辺京二の『逝きし世の面影』から、江戸時代の「育児」について、引用しておく。
           ○
 カッテンディーケは長崎での安政年間の見聞から、日本人の幼児教育はルソーが『エミール』で主張するところとよく似ていると感じた。「一般に親たちはその幼児を非常に愛撫し、その愛情は身分の高下を問わず、どの家庭生活にもみなぎっている」。親は子どもの面倒をよく見るが、自由に遊ばせ、ほとんど素裸で路上をかけ回らせる。子どもがどんなにヤンチャでも、叱ったり懲らしたりしている有様を見たことがない。その程度はほとんど「溺愛」に達していて、「彼らほど愉快で楽しそうな子供たちは他所では見られない」。
  フレイザー夫人は日本の子どもは、「怒鳴られたり、罰を受けたり、くどくど小言を聞かされたりせずとも、好ましい態度を身につけてゆく」と言っている。「彼らにそそがれる愛情は、ただただ温かさと平和で彼らを包みこみ、その性格の悪いところを抑え、あらゆる良いところを伸ばすように思われます。日本の子供はけっしておびえから嘘を言ったり、誤ちを隠したりはしません。青天白日のごとく、嬉しいことも悲しいことも隠さず父や母に話し、一緒に喜んだり癒してもらったりするのです」。

  …ベーコンはいう。「下層階級の赤ん坊は生れて二、三週もたつと、家族の誰か、多くは姉とか兄の背にくくりつけて運ばれる。その姉や兄はときにはわずか五、六歳ということもある。家庭が貧しいほど、幼な児が誰かにおんぶされる時期が早く来る。生後ひと月になるかならないくらいの赤児が、頭をぐらぐらさせたり、まばたきをしたりしながら、兄か姉の背に長い布のバンドでくくりつけられ、どんな天候の下でも街中で過しているのをよく見かける。寒いときは姉さんの羽織が特別の覆いの役目をするし、日差しが烈しいときは姉さんの日傘が、ぐらついている髪の生えぬ頭を日差しから守ってくれる。こんな風に世間の中で過しているので、彼らはすぐ賢そうで生き生きした顔つきになるし、年上の子どもたちのやっている遊びを、おんぶしている者の背中から、遊んでいるものとおなじくらい楽しむのである」。
 アーノルドによれば、日本の赤ん坊はおんぶされながら、「あらゆる事柄を目にし、ともにし、農作業、凧あげ、買物、料理、井戸端会議、洗曜など、まわりで起るあらゆることに参加する。彼らが四つか五つまで成長するや否や、歓びと混りあった格別の重々しさと世間智を身につけるのは、たぶんそのせいなのだ」。
  しかしネットーによれば、子どもが母親の背から降りるようになって第一にする仕事は、弟や妹の子守りだった。そこで、街中に「子供に背負われた子供や、子供を背負った子供が見られる」ことになる。「背負っている方の子供が、背負われている子供に比べてあまり大きくないこともある」。ブスケによると「日本の子供は歩けるようになるとすぐに、弟や妹を背負うことをおぼえる。……彼らはこういういでたちで遊び、走り、散歩し、お使いにゆく」。もちろんこれは庶民のならわしだった。
(『逝きし世の面影』 渡辺京二)
          ○
 日本の育児に共通しているのは、肌と肌で感じ合う距離の近さだ。
 親子では、父親も母親も、とても距離が近い。夜には、「川」の字になって寝ている。
 また、兄弟姉妹でも、母親が忙しい時には、自分の弟や妹は、背負って面倒を見る。弟や妹は、背中から、世間の人間関係を見ながら、知恵を身につけてゆく。
 やがて、大きくなれば、自分が、下の子供の面倒を見るようになる。
 この育て方からは、兄弟姉妹の距離も、とても近く、強く、感じるようになることだろう。

参照先( リンク )

 

 

 

青糸

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非合理としての育児―本源性を充足させる日本の育児方法①

日本の昔からの育児方法について興味深い記事を引用します。
合理的か―西洋の観念から生まれた育児方法と人の本源性を充足させる日本の育児方法。
今、どちらが必要とされているのかを考えさせられます。

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霊長としてのヒトは、その先祖であるサルと同じように、触れ合うことで他者との関係を築いてきた。そして、サルの毛づくろいであるグルーミングにその姿の原形を見ることができるように、人と人が肌を触れ合うことは、良くも悪くも強い情動を伴うものであり、人類はそれを本能的ともいえるやり方で用いてきた。
ところが、文明が急激に発達した十九世紀ごろからは、人と人との触れ合いばかりでなく、親子の触れ合いまでもが薄らいでいった。それは近代化、すなわち合理化を目指す現代文明のしわ寄せが、育児にも訪れたからに他ならない。これまで重視されてきた、温かい愛情をたっぷりとかけることや、いつもそばにいて触れることは、非合理的なやり方だとして否定されるようになった。
 二十世紀に入るとさらにこの傾向は強まった。アメリカの行動主義の先駆者である心理学者のワトソン(一八七八-一九五八)も、子どもに触れない育児法を推奨した。行動主義というのは、子どもを把握する上で手がかりになるのは行動のみであるという考え方をする。だから子どもの欲求や感情といった内面的なものは、まるで存在しないかのように切り捨てたのである。彼が一九二八年に出版した本には、「子どもに抱っこやキスをしないこと。あなたの膝の上に座らせないこと。もしどうしてもキスする必要があるなら、おやすみ前に一度だけキスしてもよいでしょう。でも朝になって、おはようと言うときは握手にしなさい」と書かれている。子どもを機械やロボットのように扱い、両親は子どもに対して、愛や慈しみなど、情緒的なものは与えるべきではなく、理性的判断に基づいて接するべきである、と主張したのである。
           ○
 さて、このような触れない育児法で育った子どもは、その後どうなっただろうか。五年から十年ほど経つと、次第にその影響が現われはじめた。子どもを巡るさまざまな問題が、社会問題として浮かびあがってきたのである。
たとえば、アメリカの心理学者プレスコットは、不安や抑うつが非常に強く、また他人と良好な人間関係を築けない子や、感受性に乏しく、周囲のことに関心をもてないような子どもが増え、成長してからも多くの問題を次々に起こすようになってしまったと指摘している。
もちろん、これらのすべての原因が行動主義に基づく育児法にあるといっているわけではない。しかし、心が最も成長するこの時期に触れられなかったことが、その後の心の問題に深く関わっていたであろうことは、これから示すデータでさらに明らかになるはずである。
          ○
 それでは日本ではどうだったのだろうかといえば、伝統的に「べったり育児」が行われていた。母子密着型の育児法だ。家事をするときもほとんどおんぶひもで背中に密着させていて、自分が抱けないときは必ずといってよいほど祖母が抱っこして世話をしていた。また夜はひとつの部屋に両親と子どもが「川」の字になって添い寝をしていた。当然母乳を、それも子どもの求めるままに与え、片時も離れることはなかった。
  もっと昔の育児法をみてみると、さらに積極的なスキンシップをとっていたようだ。江戸時代までは「小児按摩」といって、赤ん坊へのマッサージも日常的に行なわれていたようである。
  そんな日本の伝統的な育児法も、明治から戦後にかけて欧米から入ってきた科学的育児法によって、非科学的であるとして否定されていった。赤ん坊が泣いても簡単に抱いてはいけない、放置しておくことで人間的な自立を促す、という前述したあの育児法に取って代わられたのである。
(『子供の「脳」は肌にある』 山口創)

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続く

 

 

 

匿名希望

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ハグの多い赤ちゃんは病気に強い

赤ちゃんとのスキンシップ。

これは心を通わす以上に、物理的な意味がありました。

以下引用(リンク

■1:ハグの多い赤ちゃんは病気に強い!

愛おしい赤ちゃんをギュッと抱きしめてハグをするとき、思わず顔と顔をすり寄せたり、おでこやぽっぺにキスをしたりしますよね。

実はこのような赤ちゃんとの触れ合いによって、ママは赤ちゃんが感染したウイルスや細菌を知らないうちにたくさんもらっていて、ママの体の中ではそれらのウイルスや細菌に対する免疫がつくられます。

その免疫は、母乳を通して赤ちゃんにあげられて赤ちゃんを守ることに。だから“ハグされるのが多い”赤ちゃんは病気に強い!

ハグの他にも、赤ちゃんのおしりや排泄物などに直接手で触れる機会の多い“オムツ替え”も同じ理由から、赤ちゃんの免疫力を高める効果が期待できます。そう考えると、ちょっと面倒なオムツ替えもがんばれそうですね。

■2:ハグは子どもをストレスから強くする!

お腹の中で長い間、羊水の中に浮かんで過ごしていた赤ちゃんにとって、生まれてきた後の外的環境とのギャップは、想像以上に大きいもの。赤ちゃんはそんな不安でも泣いているのかもしれません。たくさんハグをして、ママの温もりや匂いをダイレクトに伝えて、安心感で満たしてあげましょう。

ハグをすると“幸せホルモン”と呼ばれる『オキシトシン』が脳内に分泌され、ストレスを軽減させ、愛情や信頼などの感情を呼び起こすことがわかっています。

子どもが保育園や幼稚園などに通うようになってもハグの効果は絶大! 心と体が急成長していく幼児期には、新しい経験や失敗をするたびに少なからず子どもは不安や恐れを抱きます。そんなとき、ママの胸の中にいつでも戻ることができるという「安全基地」があるということが重要に。

子どもはママの胸の中でギュッとハグをしてもらうことで、大丈夫だと安心し、また頑張ろうという意欲が湧いてきます。そして、また元気いっぱいに外の世界に向かって飛び出していくことができるのです。

 

 

す太郎

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教えずに、気づかせる。ひらめきの瞬間を共に喜ぶ。

小3の長女が宿題をしている時、珍しく私に「これわからない」と見せてきました。

問題『1箱8こ入りのおまんじゅうがあります。35人に配るには、何箱必要ですか?式と答えを書きなさい。』

問題を一緒に読んだ後、あえて「この問題の解き方はね…」と説明しようとしてみました。
すると、「ちょっと待って!!いきなり言わんといて!それじゃ自分でやったことにならないやん!」と慌てて私の口をふさぎました。

何がわからないのか聞くと、「5箱あれば8こ×5箱=40こで足りるし4箱では32こで足りないから答えは5箱ってわかるけど、たぶん割り算でしなさいって問題だと思うから…。“おまんじゅうを人に配る”って聞くと、割られる数がおまんじゅうで割る数が人の数のような気がするんだけど、それじゃ何箱必要かわからない…。」とのこと。

「えっなにその“割られる数”“割る数”って。いきなり式を作ろうとするんじゃなく、まず文章をよく読んで、シンプルに考えてごらんよ」という私に、

「でも(担任の)先生は、問題を読んだらまず“割られる数”はどれですか?“割る数”はどれですか?って聞いてから、式を書くから…」と長女。

それじゃ“こういう問題の時は、これが割る数でこれが割られる数でって、パターンで暗記してるみたい!?”とゾッとしたので、
「問題の状況を絵に描いてイメージしてごらん。○○ちゃん(長女)がもし配る人だったら、どうやってみんなに配る?」と尋ねました。

すると、
娘「みんなに1列に並んでもらって、おまんじゅうを1つずつ渡していく(人を○、おまんじゅうを●で表し、1列の○の横に●を描き、●を8こずつの箱に囲んで数える)。そしたら1.2.3.4.5箱いる。」
母「おぉ、何箱必要かわかったねぇ!それじゃ、1人1人に手渡していくよりもっと早く配る方法ってありそう?」

娘「おまんじゅうの箱をずらっと並べて、箱の前に順番に並んでもらう。(●8こを1つの□で囲み、その前に○を8人ずつ1列に並ばせていく)」
母「なるほど。そっちのが早そうだね。じゃこの絵さ、○と●おんなじ数だけ描くのちょっと大変じゃない?もっと楽な方法ないかな」

娘「まず35人を8人の固まりに分けてグループを作ってもらって(ここで35÷8=4余り3とメモしてから⑧を4つと③を1つ描く)、グループに1箱ずつ渡して分けてもらう。5グループできるから5箱必要だと思う。あれっ、式もできた!」

と、何も教えずとも次々と配り方を思いつき、すっきり式と答えが導きだせて、二人で「やったー!」と喜びあいました。

子どもの“わからない”を“わかった!”に変えるのって難しいなぁといつも感じます。
何をどこまで教える、助言するかは、子どもの理解度や欠乏を見極めないと自己満足や押し付け、過保護になってしまう。

さらに、安易に答えや解き方を教えてしまうと、子どもの考える機会を奪ってしまうし、子どもだってつまらない。それが続くと、教えてもらうのが当たり前で自分でものを考えられない大人になってしまいそう。

それよりもまず、子どもがあきらめずに答えを出せるまで思考し続けられるために、一緒に問題を音読したり、日常の場面や絵で例えるなど、具体的にイメージできるようなヒントを提示したりして、子ども自身に気づかせる、そしてひらめいた感動を共に喜びあって次の思考への糧にすることが大事だと感じました。

 

 

 

今村恵

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