充足可能性の発掘は、“女共認”が基盤☆+゜

るいネットサロンで、お産の勉強をして数ヶ月・・。
みんなで、妊婦さながらにあれこれ想像しつつ、“充足するお産とは?”を追求してきました。

★お産を本気で追求したいシリーズ
リンクリンクリンクリンクリンクリンク、まだ続く…)

すると、まだ数ヶ月なのですが、たっくさんの気付き☆があり、もし妊娠して何かあった時にも“どう捉えたらいいのか?”がわかってきて、充足するお産ができそう♪なイメージがムクムク湧いています(*^m^*) 
(内容については、200512199534や上記ブログリンク参照☆)

これって、すごい成果ーっ♪♪
なんで?って考えてみると、みんなで追求したからだ!と気付きました。
★みんなで考えることのイイコトは…
①みんなと一緒なので、抱え込んで不安になることなく、充足できそうな可能性発で考えられる☆
(みんながいるって、心強いですよねッ)
②誰かの意見も、自分のものにできる☆
(みんなで共有できると、思考やアイディアの幅が広がりますよねッ)
③自分がどうか?じゃなく、みんなにとってどうか?という真っ当な判断ができる☆
(みんなで共認できると、充足度も大きいですよねッ)

ハイッ!上記をまとめて・・
やっぱり、充足可能性の発掘は、みんな=“女共認”が基盤☆+゜なんだな~と、再確認しました。

これからのお産の充足度は、女たち次第なんです♪
女共認が広がり、みんなが当事者として考えていけば、もっとお産は充足課題になる!!

そう確信することができました(*^▽^*)/

 

 

ぴのこ

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お産(や、子育て)をもっと、女たちの日課(課題)にしていきたいんです♪

最近、るいネットサロンで、お産のお勉強をみんなでしています。

みんな妊婦さんではありません。。
今すぐ「逆子の直し方」や「流産したらどうする?」「陣痛ってどんなかんじ?」を知らなくてはいけない!
という状態ではないです・・・・<(; ^ ー^)

「なんで、妊婦さんじゃないのに、今勉強しているの?」

って思う人もいるかもしれません。

でもね、毎週みんなで勉強することで、お産が「日常」になってくるんです。。

核家族で育った私たちにとって、お産って「非日常」なんです。

だから、
”お産”って聞いただけで、緊張してしまっているっていうか・・・・
イマイチ他人事っていうか・・・・

いざ自分が「お産する」ってなったらね、その非日常にあわててしまったり、誰か(医者や書籍)だけに頼ろうとしたり・・・ 

それでは、お産が上手くいかないのは当たり前。。(゜ーÅ)

だって、どんなコトだって
「もっと良くしたい!」「楽しんでやりたい!」「成功したい!」
って思ったら、自ら”いつも”考えているし、勉強したりして、日々努力しているでしょ♪

それと同じで、お産(や、子育て)をもっと、女たちの日課(課題)にしていきたいんです♪
みんなの課題だったら、みんなで評価しあって、向上&充足できるでしょ☆

 

 

西田美和

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変化には充足が隠れている!!

今日は、お産の「早産」や「逆子」について勉強しました。

「早産」や「逆子」(「骨盤位」とも言います♪)と診断されたら、妊婦さんは「難産になるかも」「健康な赤ちゃんが生まれないかも」などと、あらぬ不安に苛まれているのが現代のお産。

でも実は、そこには大事な充足が隠れていたんです!

よく、お腹の張りを感じて病院に行く(たまごクラブとかで「お腹の張りは早産の予兆!?」と書かれていることもあるみたいです。。。)と「切迫早産」と診断されることがありますが、この「切迫早産」とは、早産の危険性が高いと考えられる状態です。
何で判断するかと言うと、子宮口が開いていたり、赤ちゃんが下がってきていることが確認されると「切迫早産」と診断されます。

出血や周期的な痛みを伴う場合は別ですが、赤ちゃんの成長に合わせて、お母さんの体も変化していきます。子宮口が開いて、赤ちゃんが下がってこないと、出産は始まりません。なので、この「子宮口が開いていて、赤ちゃんが下がってきている」というのは、実は『安産』の予兆なのです。

また、「逆子」についても同様です。赤ちゃんは、お腹の中で自由に回転しており、お腹が大きくなって広がった骨盤にお尻がスポットはまってしまうことで逆子になってしまうのです。これを直す方法はいくらでもあります。(体操や逆立ちをすすめるお医者さんもいます。)
重要なことは、骨盤が広がっているという事実です。これも『安産』に向けた体の変化です♪

お産には時間がたつにつれ、いろいろな変化を伴います。その変化は異常なものではなくて、「当たり前」なのです。むしろ、その変化とは、ちゃんと赤ちゃんが成長して、ちゃんと「お産」の時間を過ごしているという証♪

こういったことを女達で共有していくことで、もっともっと多くの充足が得られるんだな~ということに気付きました☆

 

 

スガイク

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3■家族・共同体とは、生産も消費も性も養育も担う安心・充足機能実現態。だから、潜在的な「帰農」を促す?!

「農村(ムラ)の幸せ、都会(マチ)の幸せ――家族・職・暮らし――」
(徳野貞雄 著/NHK出版)より

——————引用開始———————-

 家族と村は選べない。これが共同体の原則です。共同体の原型は家族であり、その延長上に親族があり、近隣社会があって、ムラができているのです。

 家族はまた、学校、会社、警察や病院、サークル、NPOと違って目的がよく分かりません。目的が明快でない代わり、やっていることや役割が無限にあります。逆に言うと、役割がたくさんあることから目的が限定できないと言うことです。

(中略)

 日本の社会で、現在職業や仕事と言われているものは、実は家族がやっていた役割を専門分業化したものです。これは意外と皆さんが気付いていないことです。

(中略・以下抜粋要約)

家族の持つ機能

1.生産共同の機能(役割)
2.消費共同機能
  *家族の中では「私有制」が作動しない事がある。
3.性的欲求充足機能
4.子どもの生殖と養育機能
5.生活拡充機能
6.精神的安定機能

*1~5機能を相互補完しあうとメンバー間に強い絆と安心感をもたらす。別名を「家族の愛情」とか「家族の絆」と呼び、皆さんが大好きなこと。しかし、これは独立しては成立し得ず他の無数の家族機能が働いている所にしか成立できない。

 家族機能の一部を外部化しようとしている近大社会・産業社会で、家族の愛を維持していくのは非常に困難です。だからこそ、今、人々は古い家族のにおいが残っている故郷や農村にあこがれているのです。

(中略)

 ではなぜ、人々は家を捨て、農業を捨てて、マチに出たのでしょうか。
 家族や田舎は愛もあり、安定もしていましたが、悲しいかな、貧しかったのです。

(中略)

 学校の役割

 産業社会では家族単位で農業をしているよりも、家族やムラから若者をバラバラにして学校に集め直し、(工業製品を)作らせます。そのほうが生産性が高くなるからです。そして、その訓練をする場所が学校です。

 社会の近代化と言うのは、家庭の持っていた生産共同機能と生活拡充機能を、製造業やサービス業として専門分化したものとい言えます。そして、この仲介をするのが学校教育だと思ってください。

——————引用終了———————-

本源的な集団の原単位を「家族」とみなす所には、若干の違和感を感じますが、日本の近代に至るまでのムラには、文中の1~6で展開する諸機能があり、本源的な集団の単位として成立しえた事には異論がないと思います。

参考:
実現論9_2_03 闘争過程と生殖過程の分断 実現論 
1449 役割の場の分断=精神の分断→子供への悪影響 
18331834 農業・百姓を通して見た現代人 
772 夜這い婚
1166116711681169 夜這い「オコモリ」

市場社会が進むに連れて、単位集団を出れば何をするにもお金がかかる社会(30710)になり、幻想価値のない農業生産(30709)では太刀打ちできなくなって、農村から都会へと大移動しました。

しかし、市場原理に翻弄されて、経済も環境も精神もズタズタ(実現論9_2_01)となってみれば、農業回帰の流れが一気に顕在化するのは、潜在思念が農的暮らし(=ムラ共同体)に本源的な可能性を感じているからなのではないでしょうか?

そして、本来、家庭や共同体の持っていた生産共同機能や生活拡充機能(=育児や教育、福祉、果ては食までも・・・)を外部化してしまったのを、再度取り戻し共同体の中で『仕事化』することで供給者を増やし、自治体の担うべき諸機能については支援金を投入する(198293)などの制度化がなされれば、可能性が拡がっていくように思えます。

何らかの形で各人が農業生産に酌みしながら、先ずは共同体内での自給基盤を作り出し、同時に『農』的活動に集団統合課題としての生活拡充機能を担う労働を組み込むことが考えられます。

家庭内労働の外化といえども、それが氏素性の知れた仲間内でなされるというのがミソ。期待・応合の関係が手に取るように分かるからこそ活力源となる、というのが実感。しかし、これもイントラネットでその規模を大きくできる、という体験からすると、現代はムラの規模を超えていけるかも知れません。

その活動成果に応じた支援金制度なら、座して補助金を貰うより活力が湧くし、皆の共認も得られるというもの。

 

小圷敏文

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幼老統合ケアの事例~ウェルネスグループ~

●幼老統合ケアとは
幼老統合ケアとは、子どもの施設と高齢者施設を合築するなど、「高齢者ケアと次世代育成を融合・連携させることにより、費用対効果やケアの質の向上、高齢者の生きがいづくり、教育的効果など一石四鳥を狙う取り組み」です。子どもが減り、施設整備の財政事情も厳しいなか、幼老複合施設が増えていますが、その結果、ケアの一方的な受け手であった高齢者や子どもが、ケアの与え手にもなり、子ども・高齢者双方の福祉向上につながることが注目されています。( リンクより引用 )

●事例:グループホーム・宅幼老所「ひかりの里」「くわなの宿」

 三重県でグループホームを経営するウエルネスグループの代表、多湖光宗さん(49歳)は、11年前、それまで勤めていた東京の大学病院を辞め、故郷で整形外科の開業医となりました。

 病院のそばには、多湖さんが経営するグループホーム「ひかりの里」があります。グループホームとは、痴ほうの人が小規模で暮らす施設。それぞれが個室を持っています。痴ほうの人にとって、環境が急激に変わることは病気の進行を早める危険性があると言われています。しかしここでは料理を手伝ったり、趣味に打ち込んだりしながら、自宅と同じような落ち着いた環境で暮らすことができます。

 このグループホームのユニークなところは、同じ建物の中に放課後の小学生を預かる学童保育所があることです。もともと多湖さんは学童保育所を先に運営していました。ところが子どもたちややんちゃで、保育士の言うことはなかなか聞かず、いじめも起きるありさま。そこで思いついたのが、子どもたちのしつけに痴ほうのお年寄りの力を借りることでした。

 お年寄りと日常的に触れ合ううちに、子どもたちに変化が見られました。保育士が注意しても聞かない子どもたちが、お年寄りがしかると従うのです。お年寄りが本気でしかり、本気で褒めることで、子どもたちが素直になるのではないかと多湖さんは考えています。

 さらに、食事などをいっしょに作るうちに、子どもたちがお年寄りに尊敬の気持を抱くようになりました。お年寄りの料理の知恵に、子どもたちも関心しきりです。
お年寄り:「ご飯にも酢が入っとるから、酢水でこうやると、このおはしもきれいに取れるようになるの。」
子どもたち:「うわー、本当だ。」

 子どもたちの変化以上に多湖さんを驚かせたのが、痴ほうのお年寄りたちの変化でした。子どもといると生き生きとして、はいかいの癖がなくなる人もいました。失禁を繰り返していたお年寄りが、子どもたちの前ではきちんとトイレに行く光景も見られました。

【引用元】NHK教育テレビ「心の相談室」放送記録
2004年11月30日~こんなケアを受けてみたい~より
リンク

【参考:ウェルネスグループ】
○次世代育成に貢献するグループホーム
リンク
→施設概要、事業内容とその効果を写真等で詳細に紹介しています。
○ウェルネスグループHP
リンク
→医療クリニック以外に、児童館や共生住宅(老人と子供の統合ケア、認知症対応型共同生活介護)などの共生型コミュニティの創造を経営理念としている点が特徴です。

 

橋口健一

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お産をみんな課題に☆

>これまでの【安心】して出産できていた自宅での【自然】分娩を、【安全】に出産できる施設での【強制】分娩(薬による誘発や帝王切開等)へと変質させたことが、女性の出産に対する意識をも変質させてきたようにも思います。

「お産」といわれても、ピンとこない。
どうやって産むの?とかどんな感じ?とか想像がつかない。
現代の女性は、こんな感覚なのではないでしょうか?

・産むか産まないか?
・どんな産み方をするか?
・どうやって、育てるか?
現代は、これら全てが「個人」にまかされている。

だからこそ、必要以上にお産への不安も、
子供や自分など“個”の命への絶対視も、大きくなってしまう。。

アメリカGHQの政策により、みんな(集団と女、女と女)を繋いでいたお産婆さんが居なくなって、女たちにとって「みんなの課題」だったお産が、ことごとく「個人の課題」となってしまった。

みんなが安心してお産・子育てできる社会を作るには、過去の積み重ねられてきた歴史から学び、お産・子育てをみんなの課題と位置づけられる『集団の再生』が必要となるのだと思う。

 

 

山田純子

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母親がなぜ生産活動を担う必要があるのか?

私はもうすぐ母親になるのですが、小さい子どもを預けて働くことを想像すると、少なからず抵抗を感じていました。
子どもにとって母親との親和充足はとても重要だと言うし…。そもそも子どもは期待の塊のような存在で、その期待に応えてあげたいし、応えていくことで充足できそうなイメージもあるし…。そう思うと預けてまで働く必要ってあるの?とモンモンとしていました。

が、最近気付いたことがあります。
そこ(密室家庭での子育て)には「評価」がない(できない)。。

なぜ、生産活動を担う必要があるのか?
そこには「課題」があり「役割」があり「評価」があり、それが人の活力源だから。
子育てだけでも、子育てという課題があり、母親(+妻)という役割もある。が、そこには「評価」がないことがもっとも大きな違い。

母親も「評価がほしい」「期待され、それに応えていくことによって充足する」というのは当然みんなと一緒☆
母親=女が充足性を発揮してこそ、子育てもまっとうにできるんじゃないかなと思いました。

 

 

匿名希望

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全ての母親が、生産活動を担うこと。

>保育担当と生産活動担当を分け、役割をローテンションして、どの母親も子育てと生産活動を担うことが出来るのではないでしょうか。(180015

全ての母親が、生産活動を担う。まずは、これが必要なのでは?と感じます。日常的に生産活動を担っていれば、必然的に全ての子供を保育するシステムが必要になります。

現時点では、働く母親にとっては、その殆どが外注に(もしくは親に)「預ける」という選択肢しかない状況です。

一方で、小さい子供を預ける事に対し、抵抗感がある母親も多いと思います。そこが狙い目では…。

気心の知れた母親同士で、何らか生産を担いながら保育も分担する。それであれば、安心感もある。全ての母親が生産を担う、という状況になれば、自然にそうなっていくのでは?とも感じます。

 

 

石橋創 

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