「I(アイ)メッセージ」は本当の気持ちを伝える魔法

「私はうれしいよ」、「助かったよ」など、主語が「私は~」となる言い方を「Iメッセージ」といい、主語が「あなたは~」となる言い方を「Youメッセージ」という。Iメッセージには、Youメッセージで言われるよりも、受けとりやすい効果がある。リンク

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高校時代、「Iメッセージ」について調べたことがあります。
きっかけは両親との不仲で、もし自分が親だとしたらどんな言葉がけをしたら子どもと良好な関係を築けるかと考える事で現実逃避していました。
その時に見つけ、心を救われたのが「Iメッセージ」です。

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「も~(あなたは)なんで危ないことをするの!?」
 「(あなたは)何回言ったらわかるのよ!!」

 子供がしてはいけないことを繰り返す時などは、イライラがつのりやすいもの。どんなママも一回はこのセリフを言ったことがあるのではないでしょうか。つい口に出てしまいがちだからこそ、ちょっと立ち止まって考えてみたいこの声掛け。これによって子供に伝わるのは何だと思いますか? 答えは「自分は責められている」という感覚だけです。この言い方は”ユーメッセージ”と言われ、主語が「あなた(=子供)」になっています。目の前のことに対して、「あなたのせいで私は不快だ!」と感情的に伝えているにすぎません。その結果、子供は自分は責められていると感じ、怒る、反抗的な態度をとる、すねる、いじける等、自分を守るための行動を取るようになります。結果として問題がこじれ、解決が遅くなる上、お互いに嫌な思いをすることになります。

このセリフを言っている時、本当にあなたが子供に伝えたかったことは何でしょうか? 子供のことを心配する気持ち、同じことを何度も言っても伝わらない悲しさだったりしますよね。これを「私」を主語にした“アイメッセージ”で伝えると下記のようになります。

 「危ないことをすると(ママは)とっても心配だわ」
 「何度伝えても伝わらないと(ママは)悲しい気持ちがする」

アイメッセージは、あなたが感じていることを、「私」を主語にして伝える手法です。主語を「私」にすることで、子供も自分が責められたとは感じにくく、ママの気持ちに焦点が当たり受け取りやすくなります。

「どうしても子供と向き合えない……」そんな気持ちになった時は、イライラが爆発する前に、あなたの状態を伝えてみましょう。

 「ママは今疲れてしまったから、ちょっと休憩。
あなたが悪いわけではないのよ。でもそっとしておいて」

もしこんな風に声をかけられたとしたらどうでしょうか? 子供としては、突然理由もわからずに無視されたり、イライラ爆発をぶつけられたりするより何倍も良いですし、ママの状態を理解するきっかけにもなります。そしてママとしてのあなたも、無理やり笑顔で過ごしてツライ思いをしたり、感情をぶつけて後で後悔したりするよりも、気持ちが楽なはずです。
リンク

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私は「Iメッセージ」を見つけた時、こんなに素敵な気持ちの伝え方があるのだということを知り、嬉しい半分、悲しい気持ちでした。
今でも忘れられないし言葉に起こすのも辛くなるような言葉の数々…その裏にちゃんと意味があったなら、伝え方が少しでも違ったなら、もう少し家族が良好な関係を築けたかもしれないし、自分の心の鉛もなかったかもしれないと感じました。

身体的な暴力よりも、精神的な暴力は子どもに大きなダメージを与えています。虐待が原因で人と関わる事が苦手な子ども、それを分かってもらえない辛さを抱える子どもは沢山います。

愛情を知らずに育った子どもは、その関わり方しか知らないため、いざ親になると暴力を躾だと思い、結果的に虐待を繰り返してしまうという負の連鎖が現実にあります。

この負の連鎖を断ち切るには、たくさんの人が「Iメッセージ」を知ることがひとつの方法なのではないかと思っています。
言われる子どもはもちろん深く傷つきますが、言ってしまう親も後悔していたり辛い気持ちだろうと思います。

私は、悪気はまったくないのに、ふとした発言で人を傷つけてしまうことがあります。過去の影響かどうか定かではありませんが、あの頃の心の闇は少なからず関係していると思っています。何故今の発言がだめだったのだろう…と分からないこともあり、その度に自分の心が怖くなります。
この心の傷は癒えることはありませんが、向き合うことはできます。

私が前向きに生きていく上で、同じように悩む人に希望を与えられるように、これからも人間関係を考えていきたいと思います。

匿名希望

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家庭内の会話で、国語力を上げる2つの方法-国語ができない子に試してほしい-

(以下引用)―――――――――――――――――――――――――――
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〈読解力の前に、日常会話で国語力を高める基盤を〉
国語ができない子、そういう子はたくさんいます。そのため、これまでも私は国語の読解力を高めるための方法についても記事を書いてきました。読解力を伸ばしたいということであれば、こちらの過去記事(一生モノになる、「本質をとらえる頭」の作り方)をご覧いただければいいかもしれませんが、大竹さんの息子さんは、活字に関してかなりの抵抗感を持っているようなので、読解力の前に、日常の会話を使って、国語力を高める基盤をつくることをお勧めします。
日常がただの脈絡のないおしゃべりだけであると、国語への応用はそれほど利かないでしょう。それよりも、日常会話で、自然と、この2つの話し方を習慣化してしまい、国語の問題に対しても抵抗なく読めるようにするというステップをとっていきます。

1.ストーリー展開型の話し方
ストーリー展開とは、ちょうど昔話のような感じで展開するものです。基本的に物語や小説は次のような流れの繰り返しになっています。
「状況 → 出来事 → 心情の変化」の繰り返し
たとえば、桃太郎の最初の場面であれば、次のようになります。
「状況」→ 昔々、おじいさんとおばあさんがいて、おじいさんは山にしば刈りに、おばあさんは川に洗濯にいきました
「出来事」→ 川上から桃が流れてきました
「心情」→ 不思議に思って、拾い上げて家に持ち帰りたいと思いました
この3つの流れが時系列に沿って何度も繰り返されていくのです(ちなみに国語の問題では、心情の部分とそのきっかけが問われることが多い)。
さて、これを子どもとの会話で進めていくには、次のようにしていきます。するとストーリー展開のある話ができるようになります。
■状況:「始めはどういう状況なのか(4W)」
※4W=いつ(when)、どこで(where)、誰が(who)、何を(what)
■出来事:「どういう出来事があったのか(1W)」
※1W=時間(when)の流れに沿って
■心情:「なぜなのか?(1w)、どのように思ったのか?(1H)」
※1w=why、1H=how
ここでは、俗にいう5W1Hが含まれています。この5W1Hが、「状況(どんな状況か?)→ 出来事(何が起こった?)→ 心情(そのときどう思った?)」に配分されています。すると、非常にわかりやすいものになるのです。話が上手な人は、おおかたこのような感じで話を展開しています。

子どもの話を聞いていて、この5W1Hが欠けているという場合が少なくありません。そのため、何を言っているかわからないという事態が起こります。
そこで、親御さんは、不足している部分があれば、質問して聞いてあげるのです。そして、そのような問いかけによって、だんだんと子どもは、不足なく話をするようになります。実は、このような簡単で当たり前と思われることが、現実の場面ではまったくできていないということがあります。それが原因となり、会話がちぐはぐになったり、誤解が生まれたりするのですね。

2.論理展開型の話し方
2つ目の話し方は、論理展開型の話し方です。ストーリー展開型の時系列や心情という視点が入った話し方とは異なり、言いたいことをわかりやすく伝えることに力点を置く話し方です。国語や英語でいえば論説文、説明文の構造であり、一般社会では、プレゼンテーションでよく使われる形式です。

「序論→本論→結論」
序論は、「だいたいこんな感じの話をしますね」という概要説明の部分
本論は、「もう少し詳しくお話するとですね、こうなります」という部分
結論は、「私が言いたいことはこれなんですよ」という部分 

これが論文構成でも使われます。はじめに全体像を言ってもらうとわかりやすいですよね。しかし、それだけだと詳しくわからないので、次にわかりやすく例を出しながら述べます。そして、具体例など詳しく伝えているうちに、何が結局言いたいのか、聞き手が、わからなくなってくるので、最後に、言いたいことをまとめるのです。この形式であると非常にわかりやすいですね。
そこで、これを親子の日常会話でやってしまいます。すると次のような流れになります。

■ 言いたいことをまとめて先に言ってしまう
■ もう少し説明してもらう(たとえば3つぐらい)
■「どうすればいいと思う?(How)」または「結局何を言いたいのか、言いたいことのまとめ(要するに)」を話してもらう

〈簡単な促し言葉を発するだけで〉
この会話は実際にあった会話ですが、親が質問していることは「どういうところが?(具体的には?)」「ほかには?」「今後どうしたらいいの?(HOW?)」だけです。このように親御さんが上手に、簡単な促し言葉を発するだけで、子どもは、それにしたがって会話が進んでいき、結果として、「序論 → 本論 → 結論」の流れができていってしまうのです。
もし具体的に話をするよう促すときは、「3つぐらいある?」と数字を入れるとわかりやすくなることがあります。「3つ」と言われると、人は3つ探して考えますから思考をトレーニングすることにもなります。ビジネスの世界では、3つにまとめるといいという場面に出くわすことが少なくありません。3つは据わりが良いためか、記憶しやすいためか、わかりませんが、3つというのは本当によく使われますね。
以上のように、息子さんとの日常会話で、ストーリー展開型、論理展開型の2つの話の型の習慣をつけていってあげるといいでしょう。場合によっては国語はただの文字の羅列ではないということから説明してあげなくてはなりませんが、型がわかってくると、頭もそのような構造を当たり前に受け入れるので、これまでとは違った認識ができるようになることでしょう。

穴瀬博一

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「褒める」ことの盲点、「勇気づける」利点

子どもにとって本当に必要なのは、褒め言葉という甘いご褒美でも、怒りを向けられる恐怖でもなく、親が自分のことを本当に見ていて、認めてくれると感じさせる言葉がけです。
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■「褒める」ことの盲点、「勇気づける」利点
私は熱心に褒めることから始めました。例えば、ごみを拾った子に対して「えらいね、いい子ね、またやってね」と褒めます。するとその子は喜んで次もごみを拾います。褒めれば褒めるほど、クラスはピカピカになりました。褒めた効果が出たと思って、私もうれしかったんですよ。

しかしあるとき、私が出張で授業ができなかったことがありました。子ども達が帰った後の教室に行ってみると、たくさんのごみが落ちているんです。

そのときに私は気づきました。「ああ、子ども達は、褒めてくれる私がいなければごみを拾わないんだ」と。

子ども達がごみを拾っていたのは、褒め言葉というご褒美が欲しいからだったんですね。それは決して自主的なごみ拾いではなく、受け身的な行動です。

私は、褒めることの限界について考え始めました。褒めるとは、言い換えれば「できたときには褒める」「できなければダメ」と子ども達を評価するということ。「できるまで頑張れ」と叱咤激励を続けるということでもあります。これは子どもにとっても大人にとっても、本当は息苦しいことです。

私は「褒める」ことの裏にある評価の概念を捨てなければと思いました。そしてたどり着いたのが「勇気づけ」なのです。

■自分の行為が人の役に立ち、自分の喜びになる
―勇気づけとは具体的にどのようなものなのでしょう?
勇気づけとは、子どもを評価するのではなく、共感し寄り添うことです。ごみを拾った子に対して「えらいね、おりこうさんね」と褒めると、それは評価になります。

そこで、「ありがとう、うれしいわ」と言い換えてみてください。親しい友達に言うように。「ありがとう」は感謝の気持ちです。子どもと同じ目線で立っているからこそ出てくる言葉でもあります。これが「勇気づけの言葉」です。

勇気づけの言葉をかけられると、子どもは積極性を増していきます。「うれしい、ありがとう、助かったわ」といった言葉から、自分の行為が人の役に立ち、自分の喜びにもなっているからです。勇気づけを繰り返すうち、子ども達は人に見られていなくても、褒められなくても、自主的に行動を起こすようになっていきます。

勇気づけの効力は、大人である自分に置き換えてみてもよく分かります。例えば、料理や掃除をしたとき、パートナーから「えらいね~」と言われたらどう感じますか?違和感がありませんか?

これは、「えらいね」という言葉が「上から目線」だからです。「おいしい料理をありがとう。うれしい」とか「掃除をしてくれたんだね。助かるよ。ありがとう」と言われたほうが、よほど気持ちがいいですよね。勇気づけの言葉は、言うほうも言われるほうも、気分が良いものなのです。

―なるほど。確かに褒められるよりも勇気づけられるほうが、気持ちいいです。

そうなんです。大人も子どもも、それは同じなんですよ。子どもにとって本当に必要なのは、褒め言葉という甘いご褒美でも、怒りを向けられる恐怖でもなく、親が自分のことを本当に見ていて、認めてくれると感じさせる言葉がけです。それが勇気づけです。

■親子の関係は「上下関係」ではなく「横の関係」で
―勇気づけの最大のコツは何ですか?

まず、評価という概念を取り払うことです。通知表をはじめ、順位を付ける様々な物差しによって子ども達を評価することも大切ですが、結果だけではなく、過程や姿勢に対する勇気づけも重要です。

子どもは一人ひとりが一番星。何かが特別にできたときだけ褒めるのではなく、「毎日元気に学校へ行っていて、お母さんうれしいわ」「おいしそうに食べてくれてありがとう」などと当たり前のような行動に注目し、勇気づけることが大切です。そのとき、ポジティブな視点を持つこともコツです。

どうしても短所ばかりが目についてしまう、ということもあると思います。そうしたら見方を変えましょう。

「片付けが苦手でだらしない」と考えるのではなく「細かいことは気にしないおおらかな子」

「なかなか物事が決められなくて、優柔不断」と捉えずに「じっくり考えられる力の持ち主」

「わがまま」ではなく「自己主張のできる子」

そんなふうに短所を長所に置き換えていくのです。

また、子どもに対する「上から目線」を捨てましょう。子どもと上下関係ではなく横の関係をつくりましょう。上下関係の中で怒られたり評価されたりして抑圧されている子どもは、大人の顔色をうかがうことに長けてはきますが、安心して大人を信頼することが難しくなります。

相手が子どもであっても、一人の人間として尊敬すれば、子どもとの信頼関係は深まっていきます。

■原因の追求ではなく、未来のために現在を変えていく
アドラー心理学では「何のためにその人は今その行為をしたのか(あるいは症状が出たのか、状況が起きたのか)」と、現在を起点に未来に向かって考えます。原因を追究する犯人捜しとは逆に、アドラー心理学は「何のために」と目的に重点を置いて分析するのです。過去よりも、未来を重視した考え方です。

アドラー心理学では、よりよい未来に向かって現在を変えていくために、「勇気づけ」を行うのです。

心理学では、人は注目された行動の頻度を増やすと考えられており、これを「強化」と言いますが、勇気づけを繰り返すことで子ども達のやる気と自信が引き出され、それぞれの持ち味もどんどん生かされるようになってきます。

―アドラー心理学は前向きなものなのですね。

問題行動も含め、子ども達を突き動かす動機は「両親や教師など、周りの大人達に注目されたい、大人に認められたい」というものに尽きます。困った行動を取るのも、周囲の気を引きたいがため。しかしそのときに感情的に怒ったり、ご褒美という交換条件で彼らの気持ちを抑え込んだりするのは良くありません。

そんなときこそ、勇気づけが必要なのです。

文太

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スウェーデンの幼児教育はどのように進んでいるか

スウェーデンの幼児教育はどのように進んでいるか

以下、引用です。
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先の公立プレスクールのレポートでも触れたように、スウェーデンでは、1998年に幼児教育における大きな改革があり、幼稚園と保育園をプレスクールとして一体化した流れがある。この背景には、専業主婦の減少と、働く母親の増加がある。今では、スウェーデンのほとんどの母親は働いているため、保育時間の短い幼稚園のニーズはほとんどなくなり、保育園の需要が増えた。そこで、幼稚園の教育的役割を持たせた保育園として、プレスクールが誕生した。プレスクールは、幼児教育と子どもをケアする役割の両方を担うということで「Educare」(Education + Care)というテーマを掲げる。
スウェーデンのプレスクールの特徴は、指針となる大まかなカリキュラムは定められているが、基本的な運営や教育内容、保育内容は、各自治体と園にゆだねられている点だ。そのため、園(プレスクール)によって、方針や内容がすべて違う。1クラス36人の大人数クラスで運営する園もあれば、6人の少人数クラスの園もあり、イタリアの教育方レッジョ・エミリアを導入する園があれば、スウェーデンの自然教育ムッレを導入する園もある。スウェーデンが目指すのは、すべての園で、質の高い幼児教育と保育を実現することだ。
しかし現状では、多くの親は、家や会社から近いとか、通勤の途中にあるといった利便性で園を選ぶ。一方、園の教育方針や保育体制を見極めて選ぶ親もいる。ここに、幼児教育の二極化が起こるのである。つまり、「選ぶ目を持つ親」と「持たない親」によって、子どもが受ける教育や保育の質に差がでてしまうのである。これについては、エングダール教授も問題視していた。すべての園の質が上がれば、この二極化は解消でき、スウェーデンの教育レベルを底上げすることが出来る。そのためには、質の高いティーチャー(保育士の先生)を育成する必要があると結論付ける。
ここからは私見であるが、スウェーデンのようにカリキュラムに自由度が高い国では、親が園を選ぶ基準が利便性である限り、園の質は上がりにくいのではないだろうか?園の教育・保育の質を常に上げる努力をしない園は、園児が集まらない状況にならなければ、質の低い園は、質を上げる努力や試みをする必要はないのである。つまり、変化は起きないのである。では、どうすればよいか?そのひとつの答えが、私は「親教育」だと考える。
子どもにとって、どんな教育、どんな保育が良いかは、子どもの個性によって違う。だからこそ、親がそれを見極めることが出来るだけの目を持つ必要がある。そして、親たちの園を選ぶ基準が、利便性から教育と保育の質に変われば、園もそれに答えざるを得ない。そうすることで、園の質も向上するし、ティーチャーもスキルアップを要求され、質が向上する。そんな好循環を生むことが出来るのではないだろうか。

濱田健

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勉強の仕方もアイディア次第。子ども心をくすぐる勉強方法

勉強の仕方も工夫次第。こういうアイディアで教育をしていくことが大人にとっても子どもにとってもいい方向に繋がると思います。

これなら、子どもがすぐに「ひらがな」を覚えられそうです。
Yonechan
米谷真人
TABI LABO ライター
HOT
2017/03/07

僕自身も痛感していることなのだけれど、いくら座学したところで、“生きた英語”の習得には結びつきづらい。日常で使い続けてはじめて、本物の英語力が手に入るというものでしょう。
でも、よく考えると、大の大人がそうなのだから子どもだって同じですよね。普通の「あいうえお表」だけでなく、日々のくらしに落とし込んだこんな学び方なら、ひらがなの理解が早くなるかも?
くらしの中で
ひらがなを覚えよう!
Medium c1e20753a2f35c29d59c026d900e577db0f5deaa
これまでの「あいうえお表」を、家の中の空間や現象に展開した「くらしのひらがな」。窓から差し込む光や影、風呂、鏡など、日常生活の中にひらがなを配置して、楽しみながら自然と覚えてもらう「空間あいうえお表」です。
たとえば、朝起きると最初に目に入る「おはよう」の文字。
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「でんき」を引っ張ると灯りがつきます。
Medium 43ab7f13e1538d3e9b79a4cecfccad8565a699e6
窓をふさいで作る光る文字。
Medium 9d1bec9ccb64aa1a26be660cff5302ebade6d5f8
晴れると部屋に「かげ」が出現。
Medium fe754f245c3bd829ed2d7c5aba910b1b24f1e9d0
頭のうえの風船には「ゆ」「め」。
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りんごを置けば文字の完成。
Medium e6db70dd2838ba5ec3b5cae5760603fabad1e418
楽しみながら自然に文字を学べるこの「くらしのひらがな」は、Blue Puddle Inc.が発表したインスタレーション。新しい教育となるとデジタルの方向に進みがちですが、いやいやアナログの可能性はやっぱり侮れません。

大川剛史

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不登校から再び学校へ 「11歳の哲学者・中島芭旺くん」に母が贈った言葉

不登校から再び学校へ 「11歳の哲学者・中島芭旺くん」に母が贈った言葉
プレジデントオンライン
リンク
より、引用・紹介させていただきます。
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●不登校になった直後、母が息子にかけた言葉

『プレジデントFamily2017春号』より(市来朋久=写真)。文章はすべてパソコンやiPadで書いている。パソコンを使い始めたのは3歳。疑問が湧いてきたときも、まずはインターネットで検索。「グーグル先生にいろいろ教えてもらっています」(弥生さん)

どのような子育てをすれば、芭旺くんのように才能の芽を伸ばしてやれるのか。母の弥生さんに聞いてみた。

「常に言ってきたのは、感情を言葉にする大切さです。『私たちは超能力者じゃないんだから、わかってもらえると思わないで伝え合おうね』って。日常のささいなことでも、お互いに『ありがとう』と言い合っています」
その言葉のやりとりで、弥生さんが心がけたのは、「生まれてきてくれありがとう」という気持ちを怠らずに伝えることだ。

「親が子供にしてやれるのは、そのままの存在を認めて、そのままでいいと伝えることしかないと思うんです。それがきちんと伝われば、子供は自信を持ち、自分という存在を認められるようになる。その後は子供の判断に任せればいいと思っています。むしろ、子供の邪魔をしないのが親の役割だと思いますね」

もし、子供が世の中の常識や親の価値観から外れた選択をしても、子供を信じてそっくりそのまま受け入れる。人と違うことを恐れるのでなく、人と違うことを楽しみ、尊重する。それは誰に教えられたわけでもなく、弥生さん自身が当たり前に身につけていた感覚なのだという。
そもそもこの本を書いたとき、芭旺くんはいわゆる不登校児だった。

両親の離婚によって、福岡から東京の小学校に転校。前の学校と違い、そこは居心地のいい場所ではなかった。芭旺くん曰く、「自分が空気を読めないせいで」友達からいじめを受け、子供は大人の言うことをきいて当たり前と強制する先生への不信感も募った。そして、小3の2学期を前に「学校に行きたくない」と弥生さんに伝えたのである。
子供が学校を拒絶したら、大抵の親はうろたえて、学校に行かせる方策を考えるだろう。しかし、弥生さんの行動は違った。

「まず、伝えたのは、『よく言えたね』という言葉でした。我慢して学校に行っていることはわかっていたので、自分の思いを言えたことを褒めてあげたいと思ったんです。そして、その気持ちを受け入れて、すぐに自宅学習にできないかと学校へ相談に行きました。不登校というとマイナスイメージがありますが、学校に行かないのは選択肢のひとつ。学校では学べないことはたくさんあると思います」

自宅学習に切り替えてから、芭旺くんは「好きな人から学ぶ」という方式をとるようになった。先生になったのは、無数の本。幼児期から辞書を持ってきて「読んで」とせがむ子だった彼は、科学漫画のサバイバルシリーズやコロコロコミックに熱中する一方で、『嫌われる勇気』『神さまとのおしゃべり』『夢をかなえるゾウ』といった大人向けの本も読みこなすまでになっていた。

取材時に、今、一番のお気に入りの本として持ってきたのは、『藤原先生、これからの働き方について教えてください』だった。この本にある著者の藤原和博さん(教育改革実践家・杉並区立和田中学校元校長)の「レアカードになれ」(自分の「希少性」を高めて、世の中で「レアな存在」になること)という言葉が、自分の考えていたことそのものだったのだとか。

(中略)

●昨年末、不登校解消!「僕が学校へ戻った理由」

冒頭でも書いた通り、その本は多くの人に感動と勇気を与えた。しかし、一方で、学校できちんと勉強をさせるべきではないかといった批判があるのも事実だ。
そこで、芭旺くんに聞いてみた。「勉強ってなんだと思う?」。すると、彼はこともなげに即答した。

「勉強はやりたくてするもの。やりたいことをするためにするもの。やりたいことをするための勉強ならその勉強は楽しくなる」

学校で習うような正解のある勉強は、やる気になればいつでもできる。学校は行っても行かなくてもいい場所。芭旺くんはそう考えている。
その「行っても行かなくてもいい場所」に対して、行かない選択をしてきた芭旺くんだが、昨年末、ある決断をした。選択を「行く」に変えて、幼稚園時代からの友達がいる、かつて通っていた福岡の小学校に戻ろうと決めたのだ。なぜ、学校に通う気持ちになったのだろう。芭旺くんはこう言う。

「僕は今、とても自由だけれど、その自由によって逆に不自由になっている部分がある気がしてきたんです。学校という場所で、それを確かめてみようと思いました」

東京から福岡に戻ったら、お父さんとの2人暮し。それは2度目の経験だ。以前はお母さんに会いたいと泣いていた芭旺くんだが、今回は違う。ブログにはこんな逞しい言葉が綴られていた。

<僕達の「家族」っていう定義は辞書に載ってるのとは違う。僕は、地球に住んでて僕の家はとっても広い家でママの部屋に行くのには飛行機に乗るっていうだけのこと(中略)定義をちょっとだけ変えると世界は広がる>

一方、弥生さんは、芭旺くんの姉である高校生の娘との2人暮らしになった。
「福岡にたった翌朝、芭旺くんがいないことに涙が止まりませんでした。でも、そのときに考えたことをショートメールで伝えたら吹っ切れました。返ってきたのは、『はーい』の一言だけでしたけれど(笑)」
学校には戻っても「好きな人から学ぶ」というスタイルは続けていく。生活のベースは福岡でも、東京にもちょくちょく行く計画だ。どちらも「あり」な、芭旺くんの新しい世界が始まった。

変化のスピードが速い不確実なこれからの時代を生き抜くには、人と違うことを創造できる力や正解のない問いを考え答えをみつけようとする力が必要だと言われている。
そのために行われる教育改革では、従来の知識偏重型から思考力・判断力・表現力を伸ばす教育へとシフトチェンジがされる。日本の教育のあり方が大きく変わろうとしている今、子を持つ親が芭旺くんや彼の家族から学ぶことは少なくないだろう。

時田 弘

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混沌とした将来に対して、親が子供に出来るこ

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 2年ほど前に参加したダボス会議で、世界各国の教育政策に携わったある著名な方とお話しをしていた時に、「40年ギャップ」という概念を教えてもらいました。

 教育現場でカリキュラムを作成している専門家は、20年後の世界がどうなるか考えて作ります。一方で、その教育を受ける子どもの親はとかく、20年前に自分が受けた教育を良しとして子どもの進路を考える。そこに40年の隔たりがある。それが「40年ギャップ」です。特に日本では今もその傾向が強いと思います。

 ISAKの7割の生徒は海外からやってきます。その中には、出身国で有数の財閥の御子女も複数いらっしゃいます。恐らくその気になれば世界中に選択肢が広がっているであろうご両親でも、「子どもが日本の新設校に行きたいと言った時は、本当にびっくりしました。でも環境とカリキュラムをみて、自分が受けた教育とは違うけれど、これからはISAKのような教育が必要と思うから入学させた」とはっきりおっしゃるんです。

 現代は、親が教育を受けた20年前より拍車をかけて、親は子どもが生きる社会を想像できなくなっています。私自身、自分の子どもが20年後にどんな社会を生きるか全くわかりません。

 いまは必要と言われている英語ですら、技術が進んで自動翻訳の精度が高まればいらなくなるかもしれないんです。

 唯一わかるのは、もの凄く混沌とした社会になるだろうということ。その中で、いろいろな人とぶつかり合いながら、そして時代の大きな変化の荒波の中、自ら答えを見つけていかなくてはいけないということです。

 

 親世代は、子どもの将来に対する答えを持っていないし、尋ねるべき問すらもわかっていないということを強烈に自覚する必要があると思います。これからの時代を生きる人たちは、今までのように降りかかってきた問題に対処するだけではなく「何が問なのか」を自分で見出さないといけない。自分がこれだと思ったことを、信念を持って突き進んでいくことでしか、道は切り開かれない時代になっていくんです。

 だからこそ私は、「多様性を活かす力」「問を立てる力」「困難に挑む力」の3つの力が今まで以上に大事になってくると思っています。

 2014年にISAKを開校した時に、私はAI(人工知能)の発達がこれほど早いとは思いませんでしたが、2017年のダボス会議でも第4次産業革命における「人間とは何か」が大きなトピックになっているように、今後はすべての産業で人とAIがどう共存するかに関心が高まっています。

 そんな時代に生きる子どもたちのための、教育のあり方も、根本的に問い直されています。

 ISAKは今年、初めての卒業生を出しますが、私たちは彼らが何名、著名大学に行ったかといったことに一喜一憂するつもりはありません。大切なのは、彼らが本当にやりたいことに即した進路を選べたか。そして真価が問われるのは、10年、20年後に卒業生たちがどんなことをやっているかなんです。様々な分野で変革を起こすチェンジメーカーを輩出できるよう、ISAKのカリキュラムをブラッシュアップすることが中長期的に考える一番の課題です。

 

 2020年に大学入試センター試験が廃止され、新しい大学入試になろうとしています。

 当然のことながら大学入試が変わると、初等中等教育も変わらざるを得ない。画一的だった大学入試が変わることで、偏差値で横並びだった高校や中学にも個性が出て行くと期待しています。逆に急速な少子化の中、個性を出せない学校は生き残れなくなるかもしれません。

 教育再生実行会議のメンバーを拝命していた時に、特別支援学校のことが話題になりました。日本はADHD(注意欠陥・多動性障害)やアスペルガー症候群、ディスレクシア(難読症)などの生徒をみんな特別支援の対象にして1人の先生が見ていることが多いですが、どうアシストすればその子が伸びるかはその子の特長によって全然違います。

 海外では、チャーチルやマドンナやトム・クルーズなど、発達障害と呼ばれる症状があっても抜群の才能を発揮して活躍する人は沢山います。異能異才の宝庫ともいえる集団を活躍させられないのは、大げさな表現をすれば国家の損失とも言えるのではないでしょうか。

 少子高齢化を突き進む日本において、画一的な日本人が集まって問題を解決しようとしても、なかなか解決策は見つけられません。日本は異質なものを排除する力が本当に強い国ですが、親だからこそ、みんなと同じことを強制するのではなく、子供の個性や特長と向き合い、子どもがのびのびと輝ける環境を見つけてあげて欲しいと思います。

 子どもはいきいきとしていることが何より大事です。私自身、子育ては試行錯誤の連続ですが、親は子どもの個性や家庭環境に照らして、ベストな選択肢を考えてあげることしか出来ないと思います。

鎌田華菜

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6歳から受験勉強、壊れるエリートたち…この競争にゴールはあるのか?

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受験シーズンもそろそろ佳境を迎える時期ですね。子役タレントの芦田愛菜(12)が偏差値70オーバーの有名中学に受かったことや、大学入試でもめて母親を殺害してしまった高校3年生の話まで、さまざまなニュースがありました。

いずれにせよ受験が人生を左右する要素になっていることは否定できません。しかし、じゃあ受験競争を勝ち抜き人気企業に就職をして、高い収入を得られたからといって必ず幸せにつながるかといえば、実はそうとも言い切れないのが難しいところ。

◆6歳でもう始まっている、アメリカのエリート競争

それを踏まえたうえで、改めてこの競争について考えてみたいと思います。英・エコノミスト誌が運営するサイト『1843』に「HIGH‐PRESSURE PARENTING」(子供たちにプレッシャーをかける養育について)という記事が掲載されていました。

寄稿者のライアン・エイヴェント(エコノミスト誌・副編集長、米ワシントン州在住)は、小学校低学年の子供2人を持つ親。そのうちの1人、6歳の娘のクラスメートは、すでに有名大学への進学を見据えて準備に追われているのです。

一般に欧米では子供の自主性を重んじる教育が行われていると思いがちですが、実はそうではないのだそう。入学テストのスタイルが異なるので求められる能力が違うにしても、時間とお金をかけて入試の準備をする点では変わりがありません。

朝早くに子供を起こして、まずは読み書きと計算の特訓。そして、学校が終わったらお稽古事や課外活動のスケジュールが詰まっている。学業では失点をせず、それ以外の“社会へ自主的に貢献する”部分でより多くの加点を目指す。

◆親同士の競争心、子供はまるで「投資物件」

親同士の射幸心が受験ビジネスを支えているのですね。ゆえに、親が“子供の将来のため”と熱心になるほどに、いつの間にか投資対象として有力かどうかという視線に変わってしまう。

受験戦争を勝ち抜いた子供が、家や絵画と同じ資産のように扱われてしまうのです。そして最後には、“資産価値”、つまりは学歴や収入の高低によって、人生の勝者と敗者に分けられる―――。

◆狂ったように走り続けて、燃え尽きる

しかし、エイヴェントは学歴によって人生の勝敗が決まることなどあり得ないと考えます。

それはあくまでも大学までの話で、人生そのものには結果を比較したり、勝者と敗者を区別する明確なゴールなどどこにもない。ゆえにエイヴェントは、この終わりなき“キャリア戦争”の行き着く先にあるものは燃え尽きだと見ています。

「親は、誰も勝者となり得ないレースを勝ち抜かせようと、教育にありったけの時間を費やす。そのように育てられた子供は、どれだけ頑張ったところで満たされることのない成果を求めて、狂ったように走り続けるだろう。だが彼らがそのレースから降りるとき、それは、精神的にも肉体的にもエネルギーが尽きたことを意味する」

◆エリートビジネスマンが殴り合う理由

「負けた事実以上に、試合の中で自分が犯したミスについて繰り返し反省しているんだ。あんなに練習したのに、実戦で発揮できなかったじゃないか、とね。でもその一方で、負けたらどうしようなんて思いながらリングに上がったわけじゃない。全部の試合を勝ちたいと貪欲にならなければ、あそこにいちゃいけないんだよ」

これは、先の記事でエイヴェントが指摘した燃え尽きの一歩手前の状態ではないでしょうか。勝ち取ることで切り開いてきた人生だから、立ち止まって満たされる状態が理解できないのですね。だから、殴られて痛い思いをしてまで、新たな目標を設定する。

しかし、その“切り開いてきた”実感そのものが「馬鹿げた競争」の延長でしかなかったとしたら、一体どこに終わりがあるのでしょうか。

確かに世の中が認めるステータスや給与明細が示す数字では、彼らは幸せであり勝者なのだと思います。小さいうちから受験の準備に取り掛かるのも、子供にその安全な道を歩ませたいと願う親心からでしょう。気持ちは痛いほど分かる。

ひとたびルートに乗っかれれば、とりあえず食いっぱぐれないだろう。そうしてやるのが親の務め。何も間違っていません。でも、分かっちゃいるけど…。

◆親子関係が「取引」になっていないか?

最近、筆者の家の近所にゲームショップができました。毎日学校が終わったころに、カードバトルに興じる子供たちの姿を目にします。余計なお世話でしょうが、そのたびに思うのです。「こいつらかわいそうだな。どこにも逃げ場がないわ」と。

親が教育のための時間とお金を投資して、子供からのリターンを期待する。そんな親子関係がディール(取引)ならば、ほんのわずかな遊びのときにも、子供から小遣いを掠めとるディールが顔をのぞかせている。教育も遊びも、全て“コスパ”で判断される。

ゲームショップにたむろする彼らが香港のビジネスエリートになることはないでしょうが、それでもどこか追いつめられたように見える点では似たようなものです。

こんな現状ではほとんど無力でしょうけれども、最後にルー・リードの「Teach The Gifted Children」という曲をご紹介しましょう。“子供たちに、憐みを持つことや寛容であることの大切さを教えてあげなさい”、などと歌っています。

近年、“美しい国”を目指すとかいうどこかの国が道徳を必修化したがっているそうですが、当然そんな付け焼刃で身に着くほどたやすいものではありません。

それはともかく、エリートと呼ばれるからには、どうかそのことを頭の片隅にでも入れておいていただきたいのです。早々に道を踏み外した筆者からのお願いです。

櫻井佑衣子

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世界がよく見えているのは大人より子ども

長女が幼稚園に通っていた時の話、生活発表会(おゆうぎ会)という行事があって、幼稚園に向かって歩いていた。私のバッグに入れた携帯が鳴っているのにも気づかないでいた。それほど小さな音だったのだが、娘が「鳴ってる」と教えてくれた。大人は目的地に到着することだけを考えて歩いているが、子どもはいろんなところに注意を向けている。
小さな子どもと歩いていると、意外なことに気づかされることが多い。

THE WALL STREET JOURNAL 2017年2月21日記事 By ALISON GOPNIK
リンク
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世界がよく見えているのは大人より子供
=4~5歳児対象にした実験で明かされた子供の意外な注意力=

 わたしは数年前に自著「The Philosophical Baby(邦題:哲学する赤ちゃん)」で、子どもが大人よりも、周囲について意識しているか、少なくとも気付いているのではないかと推察した。多くの研究によると、われわれ大人たちの注意は、「スポットライト」のように狭い範囲に向けられることが分かっている。われわれは、自らが意識を集中させていることは鮮明に理解しているが、それ以外のことには驚くほど気付かない。こうした状態を表す「非注意性盲目」という言葉も存在する。わたしは子どもたちの意識が、周囲のもの全てを照らす「ランタン」により近いのではないかと考えた。

 わたしは本の出版後、大人より子どもの方が世界がよく見えていることをつづった興味深い手紙を多数受け取った。ある店の警備員は、上階のバルコニーから店内を監視する様子について語ってくれた。大人は万引き犯を含め、今やっていることに意識を集中させているため、彼に気付かない。しかし、親たちについて回る小さな子どもは、見上げて彼に手を振るというのだ。

「変化の見落とし」実験

 こういった逸話やイメージが、科学的証拠でないのはもちろんだ。だが、科学誌サイコロジカル・サイエンスに近く掲載される新たな論文は、この店の警備員とわたしの見方が正しい可能性を示している。

 大人の注意の範囲が狭いことを示す好例の1つは、「変化の見落とし」の実験だ。ある1枚の写真を見せた後にまっさらな画面を見せ、その後、先ほどの写真の背景に変化を加えたものを見せる。どこが変わっているのかなかなか見つからないが、誰かに指摘されると、明らかに変化しているように見える。これと同じことは、実験室以外でも見受けられる。映画監督は映画の「つながり」という問題を気にする必要がある。場面を撮り直す間に背景の何かが変わってしまった場合、彼らにとって気付くのは非常に困難だからだ。

 この問題について研究するため、米オハイオ州立大学のダニエル・プレバネク、ウラジーミル・スラウスキーの両氏は、子どもと大人を対象に、対象物にどのくらい注意を払い、変化にどのくらい気付くかを調べる実験を行った。まず緑と赤の図形が表示された一連の画像を4~5歳の子ども34人と大人35人に見せた。被験者には赤い図形に意識を集中し、緑の図形は無視するよう告げた。次に、緑と赤の図形が表示された別の一連の画像を見せ、図形は同じか、それとも違っているかを尋ねた。

 赤い図形が変化したときは、大人は子どもよりも、その変化に気付いた。これは驚くべきことでない。大人は子どもより意識を集中させることや、その結果として記憶することにたけているからだ。だが、緑の図形については、子どもが大人を上回った。子どもたちは、注意を向けていないものについて大人より多く覚えており、緑の図形が変化したときには、大人よりもそれに気付いた。つまり、大人は自らの注意のスポットライトが当たっていた対象物のみについて覚えていたようだが、子どもはその背景も覚えていたのだ。

子どもは探索、大人はつまみ食い

 われわれは、小さな子どもは注意を払うのが不得手だとしばしば話す。だが、本当に意味するところは、彼らは注意を払わ「ない」ことが不得手であるため、大人のように世界を選別しないということだ。子どもたちは、自らを取り巻く世界について可能な限りたくさん学んでいる。このため、子どもを幼稚園に行かせようとしているときに、彼らの注意が空を行く飛行機や、床に落ちている小さな紙切れに向かうことがあるのだろう。

 それに引き換え、大人は集中して効率的かつ迅速に動く。それがたとえ、周囲を無視することになってもだ。子どもは探索し、大人はつまみ食いする。ここには大人に向けられた教訓もある。われわれ大人は、目の前の目標に集中するあまり、予期せぬ展開やチャンスを逃すことがある。集中を抑えることで、むしろより多くのことが見えるようになることもあろう。

 したがって、意識を広げようと思うのなら、幻覚剤、神秘学、瞑想(めいそう)などを試しても良いが、4歳児と散歩に行くだけでも良いのかもしれない。

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太刀川省治

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露メモ 働くロシア・ママの育児とライフ

厳寒の中で乳児を連れて散歩したり、子どもが思春期を迎えるまで寝る前に本を読み聞かせたり。ロシア・ママの育児やライフスタイルの8つの特徴を、「母らしさ、ロシア式(Motherhood, Russian-Style)」の著者で、モスクワに暮らすアメリカ人記者が紹介しています。

注目すべきは、祖父母の育児参加、読書の習慣、医者を信じない(母親が医師代わり!)、健康色、父親の育児参加は主体性によるという点。徐々に欧米の流れも流入しているようですが、国民が自ら考える習慣が残っているのは純粋に見習うべきポイントだと思います。

(以下リンクより引用)

1. 産休が長期
ロシアでは公式な産休が最大3年になることもある。これにより、妊娠した女性はゆっくりと出産の準備ができる(妊娠7ヶ月で休みに入る)。多くの女性は、子どもが1歳~1歳半になると職場に復帰する(1年半まで給与の一部が維持されることから)。とはいえ、キャリアを長く中断したくないと考えて、出産後数ヶ月で職場復帰する女性もいる。

2. バーブシカ(おばあちゃん)現象
「ロシアの祖父母は、欧米の祖父母と違い、孫を助けなければいけない(頼まれなくても)、孫は自分たちの責任と考えている」とマイアー氏。母が出産し、産院を出てしばらくは、祖母が新生児のそばにいる。母にはマニキュアを塗る余裕もある。子どもが保育所に通う場合は、祖母が迎えに行く。他にもたくさんの手伝いをする。子どもの多くは夏になると、祖母のいる別荘で過ごす。親はその間、街で仕事をする。

3. 新しいことにも挑戦
収入の高い大都市のロシア・ママについて、マイアー氏は著書の中で語っている。とても客観的である。ロシアの女性は妊娠中、産院について入念に調べる。ロシアでは、ヨーロッパに匹敵する快適な産院から、古いソ連式の産院まで、かなり水準にばらつきがある。自宅での出産や浴槽での出産も人気になってきている。新生児がアメリカの市民権を手に入れられるようにと、アメリカに渡って出産する女性もいる。また、ロシアの女性は近年、モンテッソーリの保育園・幼稚園、ウォルドルフ・スクール、言語学学校、フィリピン人のベビーシッターなど、異なる教育モデルにも関心を持っている。 

4. 伝統の恵み
異なる良い文化を吸収しようとがんばるロシア・ママだが、やはり上の世代の経験から多くを得ている。ロシアでは、外の気温がマイナス10度でも、どの赤ちゃんもベビーカーの中で、または家のバルコニーで、すやすやと眠っている。外出する時は帽子をかぶせるし、男児でも女児でも学校に上がるまでタイツをはかせる。新生児には1歳になるまで筋肉を増強させる健康マッサージを行うという、ソ連の良き伝統も残っている。また、ほぼ思春期まで、夜、本を読んで聞かせる。マイアー氏によれば、「子どもに読書への愛を植え付けることは、ロシアの母にとって名誉の問題」なのだという。
 

5. 医者を信じない
残念ながら、ソ連の負の遺産が残っているロシアの国立病院もまだ多いため、ロシア・ママは医者代わりにだってなる。親は担当医の指示を何度も調べるし、子どもがただ風邪を引いているだけでも指示を疑ってかかり、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンと、違う医師の診察を受ける場合も多い。マイアー氏が唯一、ロシアの親に批判的なのが、子どもへの予防接種を嫌がる親の多いこと。ロシア・ママの中には、子どもの身体に過度な負担をかけない方が良いという考えを支持する人が多い。

6. 妊婦の体重と健康食
マイアー氏によれば、妊婦が太ること、好きなだけ食べることを許されているアメリカとは異なり、ロシアでは妊婦自身も医師も、体重の増加を厳しくチェックしている。したがって、ロシア・ママが出産後すぐに体型を戻していることに不思議はない。子どもには生後6ヶ月まで母乳のみを与え、その後離乳食に切り替える。この時、正しく栄養バランスのとれた食事になっているかが入念に確認される。食事には野菜、新鮮な果物、粥、スープ、魚、カッテージチーズ、ケフィール(ケフィールを夜寝る前に飲ませることが多い)が含まれる。

7. 海が大好き
冬が長くどんよりとしていることから、どのロシア人にも「夏のレジャーに対する熱狂」があると、マイアー氏。子どもを少なくとも2週間海に連れていくのは、ロシアのどの母にとっても重要であり、時間と財布が許せば、1ヶ月、2ヶ月滞在する。海に連れていけない場合は、夏季に別荘、キャンプ場などへ子どもを連れていく。街中には滞在させない。大都市の新たなトレンドは、タイなどのアジアで「越冬」すること。

8. 父親の役割
育児に父親が積極参加するという世界のトレンドが、ロシアにも流入しつつある。マイアー氏によれば、「ロシアでは夫が妻の言うことに従うのではなく、自分で育児への参加の度合いを決めている」という。つまり、ロシア・ママは夫が何らかの具体的な義務を果たしてくれるのを待つのではなく、夫の自発的な行動を喜んでいるのである。ロシア・ママはたとえ家庭で育児に専念していても、自分の外見には気を使っている。すらりと長い脚を出したスレンダーなブロンド美女が、ブランドもののバッグを手に持ち、きれいなネイルアートをしていても、2人の子持ちだったりする。

(引用終わり)

志葉楽

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