子どもは、いつから天才じゃなくなるのか

追求心の塊の赤ん坊はみんな天才。しかし、親や周りの大人の常識や固定観念の押し付けより次第に天才で無くなる。
子供の意欲や追求心を周りが阻害しなければ、どんな年齢に成っても天才に成れるのだ。

その様な記事を紹介しよう。

In Nadeshiko Way アメリカで生きる、やまとなでしこたちの学び場  
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(引用開始)
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「子どもは、いつから天才じゃなくなるのか」
 
みなさんは、「うちの子どもは天才!」と思って育てているでしょうか。
うちはもちろん、二人とも「天才」だと思ってます。笑
そして、うちの子だけに限らず、この世界に存在するすべての子どもは「天才」だと思っています。
 
それは、学校の勉強というものに限らず、物事の理解・解釈の仕方だとか、世界観だとか、視点だとか、つまりは「大人の常識」にはまらない子どもらしい自由。
この記事でも書きましたが、私は「良い子」とは「子どもらしい子ども」だと思っているので、そういう自由がある子どもは、うちの子達に限らず、「みんな天才!」と思うのです。
 
しかし、子どもが生まれて、初めて笑ったり、初めて親に反応したり、座ったり、立ったり、歩いたりしたら、「うちの子は天才だわ!」って思ってたはずなのに、いつの間にか、「どうしてアンタはこうなの・・・?」ってがっかりの原因になってしまっている。そんなことはありませんか?
子どもにがっかりしたい親なんていないですから、いつまでも「ウチの子、天才!」って思えたら、そりゃーもう幸せですよね。
 
そんなわけで、考えてみました。
子どもって、いつから天才じゃなくなるんでしょうか。
そしてそれって、何がきっかけなんでしょうか。
 
まず、思い出してみてください。
自分の子どもが、病院の分娩室や、L&D (Labor & Delivery) などで、「オギャー!!!」と産声をあげたあの日。(いや、実際はそんなにうるさくなくて、「ふにゃ〜」って感じでしたけど)
そこにはおそらく母親である自分と、旦那と、ドクターとナースくらいしかいなくて、唯一の「子ども」が、たった今、生まれたばかりの赤ん坊でした。そのベビーは、親の愛情やアテンションを一身に受けて、すくすくと育ちます。そのベビーこそが、親にとって、世界の中心であるわけです。
 
しかし、デイケアや幼稚園、プレイデートなどで、よその子どもや、よその親という存在がその世界に入ってくると、急にできあがってしまうのが「ものさし」。
その「ものさし」で自分の子どもを計るようになります。
 
「うちの子は6ヶ月なのに、まだこれができない・・・」
「○○くんに比べて、うちはまだ小さい・・・」
「○○ちゃんは、あれがもうできるのに・・・」
 
自分の子どもが世界の中心だった時は、「比べる」という概念は存在していなかったはずなのに。子どものあるがままを愛おしいと思っていたはずなのに。
なのに、なぜか「今のままじゃ足りない」と思ってしまう。
 
どうでしょうか。記憶にありますか?
 
子ども、というか、全ての人間にとって、「あぁ、自分にはこれが足りないんだな」と自覚する時に感じるもの。それが「挫折」。
遅かれ早かれ、人間はいつかそれを感じるし、それこそが次のステップへ進むための機会ですから、避けて通るわけには行きません。
 
しかしながら、大切なのはその回数と大きさ、だと私は思います。
 
それは乗り越えるために「ちょうど良い大きさ」であることがキーだし、頻度が多いとやはり疲れてしまうもの。なので、親として、周りの大人として、「このチャレンジ(試練)は、この子を成長させるものかどうか」を見極めなければならない。
ただ単に失望感しか与えないものや、無意味にしんどいものなど、得られるものより失うものの方が大きい場合、本当にそれを与える価値があるか?とまずは大人が考えるべきだと思うのです。
 
なぜなら、子どもは自然と大人になり、自分で選んだ道の中で、どうしても避けられないチャレンジと直面します。
それは親の選択とは全く関係ないところで起こることです。
 
その時、子ども達はいやが応にもそれらと戦わなければならないし、そこで大人ができることは、見守ることしかないかもしれない。Hopefully(願わくば)、子どもが自分で戦う力をそれまでに身につけていてほしい。
 
私が自分の経験から思うに、多くの人にとって、これがやってくるのが就職の時期。(そのずっと前に経験している人もたくさんいると思いますが)
社会人になると、「学生」という社会からのセーフティネットがなくなり、どんな新米でもベテランでも大人扱いされる。その時に、「あ、私はもう天才じゃないな」と気づくことが増える。
 
それは就職が決まる・決まらないということだったり、同級生と比べた年収だったり、多くの若者にとって、現実としての差異がバーンと目の前に突きつけられる瞬間です。
 
それまでは、私は「子どもはみんな天才でいて良い」と思っています。
 
もちろん2歳でやることと、18歳でやることは違うかもしれない。
だけれど、「世界」というものの捉え方や、自分たちの中にある無限のアイディアというのは、やはり大人の常識なんかで壊して良いものではないと思うのです。
もちろん30歳になっても、50歳になっても、子どものような天才性を失わない人はたくさんいるし、社会人として機能できるのなら、それらと上手に付き合っていくことも大事だと思います。
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(引用終了)

 

 

 

 

松本幸二

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