将棋を全ての子供に教えたら、この国は変わるかもしれない

1:1の対局という壁を突破し、子供たちが一緒に取り組める工夫をすれば、現在社会では習得が難しい「工夫思考、潜在思念の強化」が実現できる可能性を秘めているような気がします。

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将棋を全ての子供に教えたら、この国は変わるかもしれない
リンク より

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○将棋とはどんなゲームか
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○論理的思考力を養う
今は時間があれば、小学校1年生になった息子と将棋を指します。まだ駒落ちといって、私の方は金が2枚と歩だけなのですが、端攻めから竜を作り、上下から「包むように」玉を寄せ、きれいに勝つようになってきました。「どうやったら勝てるかを考えるのが楽しい」のだとか。

この、「考えるのが楽しい」という感覚が、とても大切なのだと思っています。もちろん、子供なので走り回って楽しいのも重要なことなのですが、少しずつでも自分の頭で考えることを、楽しむ感覚を持って欲しいと思っています。これは、自分の人生について考えることにも繋がると思うからです。

○手先を読む習慣を付ける
仕事をしていてもマーケットを相手にしていても、常に「3手先を読む」ことは大切だと思います。「人の半歩だけ先を行け」なんて表現をされることもありますよね。次の打ち手を決めるのに、常に5手も7手も先を読んでおく必要はありませんが、戦術レベルでは3手先は必ず必要になります。

自分が何かすると、相手はどう反応するだろうか、そしたら自分はこうしよう。これが3手先です。相手の反応には数種類ありますので、それら全ての「変化を読んでおく」必要があります。どう反応するかわからないけれど、とりあえずやってみる、という人とは、この習慣で大きな差が付きます。

○大局観を持つ
なぜ常に5手先、7手先を読んでおく必要がないかというと、大局観を持っているからです。この大局観という感覚が、将棋や囲碁をやらない人にはわかりにくいのではないでしょうか。部分にとらわれずに全体を大きく捉えて、優勢か劣勢かを判断すること、としか言いようがありません。

将棋をやっていると、この大局観を持つ能力が磨かれる気がします。全てを言語化しなくても、大きな戦略の中で正しいか間違っているかがわかる。スーパーコンピューターにプロ棋士が勝てるのは、この部分に拠ると思います。経験を積んだ経営者に似た能力を、将棋では無意識に使っているのではないか、と感じます。

○「投了」をする
そして、子供に将棋を教えていて「良いなあ」と思うのは、いつも礼に始まって礼に終わる所です。これは、武道でもそうですよね。特に、負けた時に「参りました」と頭を下げるのが素晴らしい。勝者も相手に敬意を払い、頭を下げます。まあ、うちの子供はまだ、負けると大泣きするわけですけれども(笑)。

自分の劣勢が明らかになったら、潔く投了してゼロクリアする。事業で言うところの、撤退ですよね。こういう判断を、子供の頃から訓練しておくと、しなやかな人生を送ることができるのではないかと。さすがにちょっとこれは、将棋に対する過剰な期待かもしれませんが。

○全ての子供に将棋を教えたら
私自身は子供の頃、真剣に相手をしてくれた祖父や父との思い出もあり、将棋をやって本当に良かったと思います。なので、自分の子供には将棋を教えています。しかし、今も昔も、実際に将棋を経験する子供はむしろ、少数派でしょう。「じじくさい」「暗い」というイメージも未だ、あるでしょうし。

これほど教育効果の高い、優れたゲームは他にない(麻雀も良いですが、ちょっと問題もあり・・・)と思います。仮に、全ての子供が将棋を指すようになったらどうなるでしょう。この国が持つ知的能力は、大きく向上するかもしれません。これからは、それがすなわち競争力を死活的に左右するでしょう。

私は、「全ての人が自分の頭で考えて、自由で好奇心あふれる生き方ができる世界を創る」ために起業をしたわけですから、もしかしたら将棋を日本中の子供に教えていく仕組みを作れれば、この目標達成には大きく貢献するかもしれない。そんな風に思いました。

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加藤俊治

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 (ありがとうございます

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