子育てが「皆の充足課題」ではなくなっているから、少子化が進む

多くのメディアや調査機関が、「少子化」の理由を「不景気だから」で安直に片づけている様に感じています。

大抵は「だから景気が良くなれば少子化は解決する。有効な景気対策に手が打てない政府が悪い」という展開になるのですが、
では未曾有の好景気だったバブル期が多子多産だったかというと決してそうではありません。むしろ少子晩婚化が始まるのはバブル期からです。

逆に、今よりよほど貧しかった戦前の方が多子多産である事実を考えれば、景気と少子化を安易に結びつける事に如何に矛盾があるかが解ります。
翻って言えば、景気の回復や子育ての政府助成金などは少子化の解決策にはなり得ないという事です。

少子化問題の本質は、個人主義が爛熟した結果、「子供」がかつてのように共同体、ひいては社会の財産であるという認識が無くなり、個人の所有物として認識されているからではないでしょうか。

結果として、皆の充足存在であり充足課題であった子供・子育てが聖域化された密室家庭に封じ込められてしまいました。

しかし、このような空間でまっとうな育児が出来ない事は、充足存在である女性は特に潜在的に感じているのだと思います。

「子育て不安」の本質は、経済的不安でも知識不足でもなく、今の社会での子育てやその環境が、皆の充足課題、充足空間とはなり得ない、という構造から来るのではないかと考えています。

 

 

山田孝治

 にほんブログ村 その他日記ブログへ
 (ありがとうございます

posted by staff at : 11:43 |コメントする    Print This Post