最後の壁は親の意識

>自然外圧の元で課題を共認し、役割を共認し、規範を共認し、評価を共認し合う。そうした集団から本源集団は再生されていくのではないだろうか。家庭からの脱出という観点から考えると、過疎地などへの全寮制の場がふさわしいのではないかと思う。(79030)

こどもはこどもの中で育つ、という言葉を以前聞いたことがありますが、最近は教育学者のなかにも異世代の子ども集団が大事ということを言い出す人も出てきているようです。現実場面でも、学童保育や児童館などに子どもを送りこんでいる家庭が増えているなど、そういった異年齢の集団が好ましいという認識は徐々に広がってきていると思います。

しかし、そこで最後の壁になるのが親たちの意識だと思います。極論すれば、親(特に母親)にとっての最後の存在意義(証明)に子どもがなっていて、そこから子どもを引き出すために考えなければならない課題があると感じます。

初等教育ぐらいまでの年代から集団生活の必要性があると思いますが、低年齢ほど親の抵抗はより強いと思われます。最近は、働く母親が増えて保育所のニーズがかなり高まっているので、そのあたりが突破口になるかもしれませんが、都会で働く母親達が子どもの生活の場まで自分の手元から無くすのはかなりの抵抗があることが予想されます。

全寮制のような集団生活が健全な子どもを育てられるということが証明されて、社会的な共認が広がれば一気に実現すると思いますが、証明するまでには時間がかかるというネックがあります。そのように考えると、実現するためには子どもだけでなく(たぶん子どもは集団生活を選ぶと思います)親も可能性を感じて賛同するような進め方が必要になるように思います。

やはり、生産の場と一体になった(又は、繋がった)かたちで共同保育の場をセットしていくというやり方が実現性が高いし、本来、必要なやり方だと思われます。それに最も適しているのが農業なんだと思います。

親たちも可能性を感じて、進んで子どもを委ねるようなやり方の条件は何か、という観点で考える必要があると感じます。

山田渉

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