問いの立て方☆.。.:*・°

冬の景色☆
こんにちは :m034: あこりんです :m030:
日々、考えることがあると思いますが、
その時に「問いの立て方」 :m034:
意識したことってありますか?
「仕事は何のためにするのか?」「良い仕事とは何か?」を考えるのでは、頭の使い方が180度違う :m051: って、知ってました :roll: :m052:
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 (ありがとうございます

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「仕事は何の為にするのか?」
この問いを今日、とある人と日常会話の中で話す機会があった。
その方は自分の為、家族の為がベースにあるという話しをされていたが、それだけではないだろう、という事でその他に何があるか探し出すような会話が続いた。
「社会の為、お客の為、会社の為、全部そうなんだけどきれい過ぎますね。」という相手からの言葉からその後の続きがなかなかできなかった。
さて、その後しばし考えていたが、たしかに「仕事は何の為にするのか」という問いに対しては非常に答えづらい、考えづらい。私たちは日常的にそのような事をいちいち考えて行動をしていないからだ。
問いを変えてみたらどうかと考えた。
「良い仕事とは何か」を考えていけば答えは瞬時に容易になる。
社会の為のことを考えている仕事
お客の為の・・・、会社の為の・・・、仲間の為の・・・、
全部良い仕事の条件になることは誰が考えても容易に納得できる。
逆に自分の為の・・・、お金のための・・・、と考えると
そのスタンスでは良い仕事はなかなかできない事がすぐに理解できる。
これならその人に言えばきっと伝わるのではないか。(まだ伝えていないが・・・)
つまり問いの建て方が重要なのだ。
前者は自分発で問いを立ててしまったということ。その点、後者は”良い”という評価軸を入れたために自分という対象を外す事ができた。当然良い仕事と評価するのは周りであり、相手である。考えやすくなったのは他でもない、問いそのものが自然に相手発に変わっている点である。
この気づきは面白い。つまり自分発だと答えが見つからないが、相手発だと答えや方針は容易に即座に見つかる。これまで自分発では答えは出ないという事は何度も経験してきたが、こうして2つの問いを比べてみると、この違いは歴然であり自分発で問いを立てることがいかに愚かな事であるか気づくことができる。
現代人の悩みは(個人を原点とした)この問いの建て方の誤り故に発生しているのである。
『問いの建て方によって思考のベクトルは180度変わる!』より) :m037:   :m020:   :m037:   :m020:   :m037:   :m020:   :m037:   :m020:   :m037:   :m020:   :m037:   :m020:   :m037:   :m020:

>自分発だと答えが見つからないが、
>相手発だと答えや方針は容易に即座に見つかる。
これって、なるほどでした☆.。.:*・°
自分発の問いではなくて、相手発の問いを立てて、
まっとうに頭を使っていきたいです :m023:
 


posted by staff at : 23:36 |コメント(2)    Print This Post