からだことばが消えていく~骨編~

からだことば☆.JPG
どうも :m034: あこりんです :m030:
以前、『体と言葉☆、繋がってますか?』の記事の中で、ムカツクという言葉などを調べるうえで、さらに興味がわいてきたので、
『からだことば(立川昭二 著)』という本を
読みはじめました :m022:
今日は、その中からの紹介です。
みなさん、突然ですが、 『骨』 という字を使って、
何か知っている言葉をあげてみてください。
何が思い浮かびますか :roll: :m052: :m052:
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 (ありがとうございます


著者の立川さんは、
自分が教える大学(医療・看護系)の学生さんたちに聞いてみたそうです。
すると、そこで出てきた言葉は、
まずは「骨折」
そして次に、 「骨粗鬆症」 。ここで止まっちゃうそうです。
医療系の学生さんということもあるでしょうが、一般人の私もこれくらいしか思い浮かびません。
しかし、年配の方から出てくる言葉は、 「骨が折れる」 なのです :shock: :m051:
「骨が折れる」という言葉は、だれかのために一所懸命何かを尽くすとか、
あるいは一所懸命やったからとても疲労したということです。
その、 「骨が折れる」という言葉が消えつつあります。
著者は、こういう言葉がなくなることによって、
本当にからだを尽くして骨が折れるような思いをしたり、
人のために骨を折るような努力をしたりすることが
なくなってしまうのではないだろうか :m052: と危惧されています。
そして、骨にかかわることをもう1つ :m208:
「体」 という漢字は、旧字では 「體」 と書いていたそうです。
(例えば、 「体操」と漢字で書くときは、 「體操」と書いていたそうです。)
「骨」に「豊」。
「體」という字が意味するところはまさしく「骨」が「豊」であるということです。
「體操」は、豊かな骨を操ること。昔の人の体は骨が豊かだったのです。
ところが、今は骨が豊かではなく、「骨粗鬆症」になってしまった。
「體」という字が使われなくなると同時に、
体の中で一番大切な「骨」が豊かでなくなっていこうとしているのです。
骨はからだの中心にあるもの。
それなのに、「骨」ということばを言ったとき、
今の人が連想するのは、 「骨折」とか「カルシウム」のように医学的なことばかり。
でも、人間の中心は「骨」なんです。
だから、人を表現するときにも、「骨っ節がある」「気骨がある」という言葉があります。
しかし、今はあまり使われませんよね :m052: :m282: 骨っ節がある::何事にも屈しない強い意志 :m281: 気骨がある:::自分の信念を守って、どんな障害にも屈服しない強い意気
でも、ここで、ちょっとおもしろいことに気がついたのですが、
昔は誰かのために尽くすことも骨が折れたけれども、
現在、意識潮流は“相手の充足=自分の充足”と移り変わっているので、
今は、骨が折れない :m050: という気がしてきました。
そして、骨っ節も気骨も今はないけれども、
時代はそれくらい大転換期なので、確固たる強い意志より、
時代に柔軟に適応していく力がもとめられているのでは?
その中で、言葉も移り変わっていったのではないのか?と、、
みなさんは、どう思われますか :roll: :m052:
言葉があらわす時代の意識は、ホント興味深いですね。
今後とも、また紹介していきます :m023:
周りが嬉しいとき自分も嬉しい☆.jpg


posted by staff at : 23:35 |コメント(12)    Print This Post