子供は親の言うことは聞かないが、言動の真似はする

リンク

■子は親の「言葉」ではなく「行動」の真似をする

 言葉よりも行動で教えなければならないということは、会社で部下を教育するときも、家庭で子供を教育するときも、共通しています。とくに、「もっと勉強しなさい!」と言っている親や上司自体がまったく不勉強だと、その言葉は何の力も持ちません。

『一流の育て方』は、様々な業界で活躍されるビジネスリーダーや、主体性あふれる大学生たちに「幼少期に受けた家庭教育を振り返って、親に最も感謝していること」を広範にインタビューして書かれたものです。

 その中で、多くの人が「両親の言行一致」に基づいた家庭教育を受けたことを感謝しており、なかでも「親の学習習慣がそのまま自分の学習習慣につながった」ことに感謝しているということは、私たちに大切な教訓を与えてくれるのではないでしょうか。

■親ができない努力を、子どもに要求しても無駄 ──努力しない親の子は努力できない

 子どもは親の鏡だとよく言われます。純粋無垢で生まれてくるのですから、親のしぐさや立ち居振る舞いを見て成長し、食物や嗜好品、考え方まで似るのは、自然の成り行きです。親が努力もせずにお金を出すだけであれば、いくら道具立てが揃っていても子どもも努力するようにはなりません。

 父親が経営者で、子どもには大きな自室も与えて、塾に行かせるなど教育費もふんだんにかけているのに、子どもがどうにも自発的に勉強しないという家がありました。

 しかしよくよく話を聞いてみると、親は「勉強しているか」「もっと勉強しなさい」と呪文のように繰り返しているだけで、自分たちはゴルフやカラオケ、その他の社交で外出が多く、在宅時はテレビの画面にかぶりつきでした。そして子どもは入学金さえ積めば入れる大学に入れて大卒の資格さえ持たせれば、あとは家業を継いで安泰だろうというのが本音のようでした。
 言っていることと考えていること、やっていることが一致していないわけですから、子どもが言うことを聞いて、「努力しよう」となるはずがありません。

 一方、今回のアンケートで見えてきたのは、親が勉強家で、子どもが読書や勉強をしている親の姿を見て育ち、自分が勉強するのは自然の成り行きだったという家庭像です。

 あるいは、親が勤勉に働く姿を見て育ったとか、商いに苦労する姿を見て、自分も頑張らねばならないと思ったという声もありました。

 子どもは親の説教より、いいことも悪いことも、親の生きざまに影響を受けるということは何度か述べてきたことです。

 ごく普通の家庭から優秀な子どもさんが育つと、「トンビがタカを産んだ」などと言われますが、これも実は、その親は周りからはトンビに見えていただけで、本質はタカだったというケースが大半だと私は感じています。

 中には親を反面教師としてまっとうに努力する子どもさんもおられますが、親としてはそれに期待するわけにはいきません。

 親ができない努力を子どもに要求しても、子どもには届きません。誠実に生き、努力を惜しまない親の姿を子どもに見せ、言行一致で子どもを教育することは、親となった人の基本と心得るべきです。

高橋謙太

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父親とは、遊び友達から子供に背中を見せる存在 1/2

最近、父親の影が薄い。子供にとって父親とは、どのような存在なのだろうか?
一対婚家庭の問題は、一旦棚上げに・・・。

父親とは、戦う存在。私権が衰弱して以降、家では邪魔者扱い。
しかし、父親は会社で闘っている。今こそ、その闘っている姿を子供に見せるべきではないか?

・・・・・・・・・・

父親の役割 リンク より

●概要
子どもの発育に関して、父親が重要な役割を果たしていることが、近年認識されるようになった。従来は、父親の役割として、稼ぎ手、監督者、性役割モデルなどが知られていた。しかし近年研究が進んで、社会性の発達や知的能力の発達など、父親が子どもの精神的発達に重要な役割を果たしていることが明らかになった。 

●研究の経緯
離婚により父親が子どもの家庭からいなくなると、子どもは精神的な適応が悪化し、学業成績が悪くなり、反社会的な行動が増え、結婚してからの離婚率も高くなることが知られるようになった。戦死や病死によって父親が不在になっても、同様の傾向が発生する。 

これとは逆に、父親が在宅で働く場合や父子家庭の場合など、父親が子どもと長い時間を過ごす家庭では、子どもの社会的な発達はむしろ良好になる。 

こうしたことがきっかけとなり、父親が子どもの発達に与える影響について、多くの研究が行われるようになった。(追記:以下は多くの研究をまとめたものです)

●子どもの年代ごとの父親の役割
父親は子どもと遊んでいる時にも、子どもの発達を促すような働きかけを行っている。特に、子どもの知的発達や社会性の発達を促すような働きかけを行っている[4]。そうした働きかけの内容は、子どもが成長するにつれて変化してゆく。

○乳児期における父親の役割 
母親は、乳児に話しかける際には、繰り返すリズムで、ソフトに、なだめるように話す。父親は言葉を多く用いて、子どもの体に触れて、はっきりとした言葉で話しかける。子どもは、母親の顔を見ると、心が落ち着いて脈や呼吸の数が少くなり、父親の顔を見ると、楽しい遊びを期待して脈や呼吸の数が増える。その結果、子どもは遊び相手として、父親を好むようになる。ただしストレスの大きい場面では、母親を選ぶ。父親によるこうした刺激は重要であり、乳児の脳に健康な発達を促し、子どもの社会的発達、精神的発達、知的発達に永続的な良い効果を与える。 
乳児期に子どもが愛着の関係を樹立する相手は、母親に限らない。愛着の相手は、平等で独立である。「安心の愛着」を樹立した子どもは、その後の発達のテストにおいて高得点を取る。乳児期に確立された愛着の効果は長く続く。

○幼児期における父親の役割
幼児期には、子どもの行動範囲はさらに拡大する。しかし同時に、行動には制限が必要となる。この両者の要請を満たす過程で、幼児は、問題解決と他者との共存について学ぶ。 
子どもと接する時に、母親は養育行動が多いが、父親は遊び行動が多い。父親は、遊びを通じて、安全であるが冒険的な場を提供して、世界や他人との付き合い方を子どもに学ばせる。子どもに制限やルールを守るように要求し、行為を一人でできるように励ます。それは、問題解決の重要な訓練となる。 

子どもは遊びを通じて世界を学ぶ。逆に父親は、遊びを通じて子どもの考え、感情、希望を理解する。そして子どもに何が必要であるかを理解する。 

子どもに、感情のコントロールや同僚との協力関係を教えることは、母親よりも父親の比重の方がずっと大きい。父親は、子どもが社会と良好で強固な関係を樹立できるように、長期にわたって子どもを支援し続ける。 

父親が幼児と強く関与し多く遊ぶと、子どもの言語能力や認識能力は向上し、知能指数IQも向上する。

加藤俊治

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父親とは、遊び友達から子供に背中を見せる存在 2/2

最近、父親の影が薄い。子供にとって父親とは、どのような存在なのだろうか?
一対婚家庭の問題は、一旦棚上げに・・・。

父親とは、戦う存在。私権が衰弱して以降、家では邪魔者扱い。
しかし、父親は会社で闘っている。今こそ、その闘っている姿を子供に見せるべきではないか?

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父親の役割 リンク より

○小学生の頃の父親の役割
子どもが学童期の頃には、父親は、子どもに新しいことを経験させて、しかも自分一人でするように促す。それができるようになれば、子どもには自信が生まれる。さらに子どもは、自分をコントロールして、その行動を責任を持って成し遂げるようになる。この時期に父親が充分に関与すると、自分の成功や失敗は、もっぱら自分の努力が原因であることを理解して、他人のミスを責めなくなる。 
父親は、子どもに勤勉の意識を教え、技術を学べば目標を達成できることを教える。子どもが、新しい挑戦に果敢に立ち向かう能力と自信を獲得するための努力を積み重ねるかどうかは、この時期の父親の係わりかたが非常に重要な意味を持つ。 

子どもの道徳的社会規範の発達についても、父親が重要な役割を果たす。子どもに直接に教えたり、自分で手本を示すことによって、正直に誠実に努力すれば、その報酬が得られることを教える。 

学校へ行く年代の子どものうち、父親が多く関与する子どもは、学業成績が良い子どもである。Aの成績をより多く取り、量や言葉の技術が優れている。 

父親が子どもに関与すればするほど、子どもの認知能力や学業成績は向上し、社会に出てからの成功のチャンスが高まる。 

母親は感情や人間関係の技術を子どもに多く教えるが、父親は生存のための技術や問題解決の技術を子どもに多く教える。父親は、子どもが進んでゆく新しい世界でどうすれば良いかを、子どもに説明する。 

ただし、父親が余りに厳格に細かく指示を与えると、子どもは父親を頼るようになって、子どもに悪影響が及ぶ。逆に放任の子育てでは、父親から子どもへの情報伝達が減って、精神発達の成績は低下する。

○13歳から19歳頃までの父親の役割
この時期には、子どもの自己同一性の確立が重要な課題である。子どもは友人と過ごす時間が増え、親と過ごす時間は減る。しかし、子どもの信念、価値観、将来計画を構築する上で、父親と母親は、重要な存在である。 
この時期には、母親の世話が、子どもの独立の感覚を侵して、子どもと母親のトラブルが増加する。しかし、この時期の子どもは、母親の精神的サポートに頼り、父親のアドバイスに頼っている。父親がそばにいるだけで良い場合もある。父親が積極的に関与する子どもは、トラブル行動が少なく、犯罪行為が少なく、薬物依存が少ない。別居家庭においても、子どもが非同居の父親と長時間を過ごして一緒に多くの生活活動を行う場合は、子どもの学業成績は向上する。 

父親が不在の家庭で育った少女は、思春期を早く迎えるなど、年齢変化が速い。 

子どもは青年期になっても、他者との関係や将来設計について、父親からアドバイスを得ている。それで、子どもが思春期を過ぎた頃に、自立を促す目的で、父親が子どもへの関与を減らしてしまうと、子どもの発達の成績は悪化する。

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加藤俊治

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見守る教育

「子どもの知能指数に親のしつけはほとんど影響しないことが判明」という記事がありましたが、何かがしっくりきません。親のしつけだけに注目する必要があるのでしょうか?

>親はしつけや養育方法で、自分の子どもを賢くすることができるのだろうか? 確かに学習する習慣や、学習することの重要性を指導することはできるだろう。

>だが、心理学の機関誌『Intelligence』に発表された最新の研究によると、子どもの知能指数(IQ)を決定するのは遺伝子で、親の行動や環境の影響はほとんど受けないことがわかった。

>子どもの知能に関する研究で、それを決めるのは遺伝か?環境か?という議論はこれまでも多く行われている。そのなかでよく言われるのが、親が子どもに読み聞かせをしたり、家族そろって夕食のテーブルを囲んで会話をしたりするなどの行為は、子どもの知能を高めるのに有効であるということだ。

>しかし今回の研究チームを率いた、米フロリダ州立大学で犯罪学を専門にするケビン・ビーバー教授は、過去のそうした研究の多くは実子が対象となっているため、遺伝的伝達が考慮に入れられていないことを指摘。そこで今回の調査は、実子と養子の両方を対象に行ったという。

~・中略・~

>子どもがさまざまな知的刺激に触れる機会を作ってあげることには、社会性を育むなどのいくつもの利点がある。ただ、知能の高い子どもを育てたい一心で、「子どもに良い影響を与えなくては」と親が神経質になったり、無理をしたりする必要はないということだという。

>またビーバー教授も、良いしつけとは正反対のネグレクトやトラウマは、子どもの知能に負の影響を与えるだろうと強調しており、「親の行動がIQには影響しない」というのは、あくまでもその親の行動が正常な範囲におさまっている限りにおいてだと話している。(リンク)<

上記の考え方は、子育てに親が積極的に関わることを前提としていますが、
基本的には親の役割は、子どもを見守ることです。

子育て4訓(リンクより)
一、乳児はしっかり肌を離すな
一、幼児は肌を離せ手を離すな
一、少年は手を離せ目を離すな
一、青年は目を離せ心を離すな

子どもの成長段階に比例して、少しずつ距離を離してゆきながら、子どもの成長のひとつの過程として受け入れて、プロセスを見守っています。親・大人主導ではなくて、子ども一人ひとりの姿を見ながら対応する、見守る教育・子育てが注目されています。

村田頼哉

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子供と親の関係も崩壊か!?!?共認機能を低下させるツール

言葉で感情を伝えることのできない赤ちゃんは、泣くことでしか表現することができません。お腹がすいているのか、おむつを替えてほしいのか、もしかしたらどこか痛いのか…泣き声だけで判断するのはとても困難です。
どうして赤ちゃんが泣いているのかわからないと、子育ても大変。「なんで?」が積もり積もってストレスになり、産後うつになってしまうママも少なくありません。
そんな子育てを手助けするために「赤ちゃんの痛みを計測する」という研究がオックスフォード大学で進んでいます。
痛みを感じたときの
赤ちゃんの「脳波」の違い
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小児科のCaroline Hartley氏とRebecca Slater氏による研究では、赤ちゃんの脳波にも大人の脳波と同様「痛みを感じたときだけ」に現れる、明確なパターンがあるといいます。
実験では合計72名の新生児を対象に、足に軽い刺激を与えたときの脳波を測定。
そのデータをもとに作られたのが「赤ちゃんが痛みを感じたときに現れる脳波(EEG)」のテンプレート。これを使えば、赤ちゃんが痛みを感じているかどうか、どれくらいの痛みを感じているかを測定できる、というわけです。
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実用化には
まだ課題あり
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その後の検証で、赤ちゃんに刺激を与えた際に、テンプレート通りの脳波が測定できた割合は65%だったそう。高い数値に見えるかもしれませんが、痛みが伴わない刺激を赤ちゃんに与えた際にも、64%の割合でテンプレートに似た脳波が現れています。
データにはまだまだ向上の余地があり、実用化までには少し時間がかかりそうです。
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発展途中とはいえ、この試みが成功すれば新生児の医療現場は随分状況が変わってくることが予想されます。
今まで赤ちゃんの痛みの反応については、鼻孔の広がりや眉の膨らみ、心拍数など外見による、主観的な判断が主流でした。一方でEEGテンプレートは、世界初の客観的な指標になるのです。
研究が進むにつれ、子育て中に赤ちゃんが泣いている理由がわからず途方に暮れる…なんて機会も少なくなるかもしれません。今後の進展に期待が高まりますね。

大川剛史

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「思春期の男の子が吠える“うるせぇ”の意味」

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「男の子が思春期にさしかかったら、子育ては引き算です。これまでとやり方をガラリと変えて臨んでください。子ども扱いしすぎることが、親子の関係を悪化させます。とはいえ、突き放して安心できるほど大人になりきれないのが、この時期の特徴です。どう手放してどう見守るか。その頃合いが、今後の息子さんの人生を決めます」

 そう語るのは、開成中学校・高等学校の柳沢幸雄校長。“開成”といえば、東大合格者数36年連続日本一で知られる名門進学校だ。その柳沢校長が、この春に出版した『母親が知らないとヤバイ「男の子」の育て方』(秀和システム刊)には、母親が思春期の男の子と向き合うための具体的な方法論が詰まっている。詳細は本書を読んでもらうとして、そもそも思春期の男の子が急に無口になり、何かを話しかけても「うるせぇ」としか言わなくなるのはなぜなのか、その心理について解説してもらった。

◇   ◇   ◇

 開成中学校・高等学校は男子校です。開成の保護者会では、こんな言葉が飛び交います。

「最近、息子がまったく口をきかなくなった」
「あれこれ質問すると、めんどくさそうに『うるせぇ』と吠える」
「わが子なのに、どう扱ったらいいかわからない」

 男の子の思春期は、母親にとって未知の迷宮です。無口になる、怒鳴る、無視する。友達や部活の仲間が最優先で、何やらつるんで怪しげなことをやっている。急に性的なことに興味を持ち始めるのも、母親にとっては衝撃でしょう。

 でも、これらのことにはすべて理由があります。その理由や本人の思いを理解せずに接すると、「うるせぇ!」のひと言を残し、部屋にこもる。それが思春期です。

 思春期男子が家族に発する会話には、「三語主義」「四語主義」があるというのが私の自説です。三語主義は、「メシ、風呂、寝る」の三語のみ。四語主義は「メシ、風呂、寝る、うるせぇ」の四語で会話を済ませようとすることです。

 なぜこんなに短くなってしまうのか。男子は思春期になると、親が介入しない世界が楽しくなってくるからです。男だけで群れて遊ぶ世界、あるいは、部活の先輩・後輩で成り立つ世界。そこには、仲間内だけで通じ合える会話やルールがあります。だからこそ楽しい。まさに「大人にはわからない楽しい世界」が生まれるのです。

 こういう世界が存在すること自体を、好意的に思わず、理解しない母親は多い。わからないから、的外れなことを言ったり、心配して「やめなさい」などと言う。それが「うるせぇ」わけです。理解してくれないのなら、口をききたくない、ということです。

「それなら、きちんと説明してくれればいいじゃない」と反論したくなるでしょう。いや、きっと息子は、一度は説明しているはずです。彼なりのつたない言葉で一生懸命に説明したのです。しかし、多くの場合、母親は息子の言葉をさえぎるように、「なにそれ」と批判的に言う。あるいは、「そんなことやって、学校からどう思われるか」などと、世間体を気にするようなことを言うのではないですか?

 多くの男子は、この時点で貝のように口を閉ざしてしまいます。「もう母親になんかわかってもらわなくてもいい、めんどくせぇ、うるせぇ」となる。

「ちゃんとわかってほしい」と思う殊勝な子なら、母親のコメントに我慢しながら、自分の周囲の人間関係、母親が知らない自分の好みや空間などを、なんとか説明しようとするでしょう。わからない人に辛抱強くわかるまで伝えるのは、大変なことです。

 仲間内ならあっという間に理解し合える内容を、一から十まで説明しなければわからない。一生懸命に言葉を尽くそうと努力しているのに、思うように自分を理解してくれない。自分なりにちゃんと伝えたつもりなのに、最後にまた批判される。そうなったら、やはりもう話す気になれないでしょう。

 そもそも男の子は、息子の何もかもを知ろうとする母親が「うるせぇ」のです。母親に知られたくない、介入してほしくないことがたくさんあるのに、知ろうとするのが「無理!」。根掘り葉掘り聞かれること自体に、うんざりします。

本当は、心の底で母親を頼っている?
 しかし、「うるせぇ」と言いながら、まったく母親を無視し、頼っていないわけではないのです。思春期を迎え、母親の庇護から離れようとし、母親の知らない世界に羽ばたいていこうとするのですが、そこには荒野が待っています。新しい人間関係や環境に緊張が高まり、自分ひとりで乗り越えていけるかどうか、自信がないのが本心です。

 だから、「うるせぇ、黙ってろ」と言い放ちながら、その言葉の後ろに「本当は、不安でたまらないんだよ、母さん」と、心の中で付け加えているのです。乱暴に言えば、「うるせぇ」は、「ねぇ、母さん」と同義語です。

 母親側から見れば、「そんな理不尽なこと!」となるでしょう。でも、思春期の男子は、理不尽のかたまりです。親への反抗心と、親に頼りたい気持ちが一緒になり、はなはだ失礼な言動を重ねます。混乱のときなのです。そんな混乱している自分をどうしていいのか、うまく対処できないのです。

 だから、「うるせぇ」と言っているうちは、まだ少し自分を頼りにしていると解釈し、生意気な息子を受け入れてあげてください。それぐらいの気持ちで接したほうが、息子は母親に対して好意を持つはずで、いい距離も保てます。「うるせぇ」と言う息子をつかまえて、さらにガミガミ言うと、完全に口を閉ざします。

 子どもが離れて行こうとするときには、親は追いかけないことです。逆に、少し離れて静観してください。危なっかしくて見ていられないと思っても、そこはぐっとこらえてただ見つめるしかないのです。

 そうしているうち、息子は少しずつ成長し、「メシ、風呂、寝る、うるせぇ」のほかに、もう一語、「ありがとう」が加わるときが来ます。「五語主義」になったら、男子の成長も反抗も一段落だと考えていいでしょう。

大森久蔵

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子どもがたくさんいる場で数多くの母を見ての気づき。過保護は関係捨象からきている?

先日1歳半の子どもを連れて、子どもが自由に遊べる室内空間(キッズランドのようなところ)に行ったのだが、たくさんの親子を見ていて感じたこと。それは『過保護!』ということ。
そして後で気づいたのだが、これは『過保護』なのではなく、『関係捨象』から来るものなのであろう。

その象徴的な事象としてあったのが、ボールプールでのこと。
10センチ強の大きさのボールがちりばめられた空間が在ったのだが、そこに入る子どもたちは皆とっても楽しそう。私の息子もボールの感触が楽しいのかケタケタ笑っていたので、私も一緒にその中に入って遊んでいた。
5歳以上くらいの子どもたちもボールプールの中に入っていたのだが、ボールを見ると子どもたちは当たり前のように投げたくなる。それは子どもとして当然の動きだろう。しかし、それを見た親は「やめなさい!」と強く叱る。しかもボールプールの中には入らず、少し離れたところから。叱られた子供としては、何でボールを投げたらいけないのかあまりわかっていない様子。そしてその後に「ちっちゃい赤ちゃんいるでしょっ」とお母さん。そうした子&親を短時間の間に4組は見た。

何が違和感って、子どもには注意するのにそのちっちゃい赤ちゃんの母である私には何の構いもないこと。普通「すいません…」くらいの会釈くらいはありそうなものだけど、一切何も無し。こちらとしても「ボール投げたいのは当然だろうし別に当たってもいいけどな~」の意識だし、何だかその流れがとても不自然に感じました。

きっとそれって、「ちっちゃい子に当たったら危ない」から子どもに注意してるんじゃなくって、「当たってしまって(親の)私が相手側から注意されるのが嫌」だから子どもに注意してるんじゃないかと思う。

親のそうした不整合な叱りは子どもにとっては更に不整合なものであり、とても敏感に感じ取って成長に大きな影響を及ぼしそう。
関係捨象を自然にしてしまう大人の周りにいてしまう子どもは確実に関係を捨象しまくっていってしまうだろう。
子どもはもともとは共認形成・共認欠乏がめちゃくちゃ強いはず。
母親との密室空間から脱却して子供同士の仲間関係を大切にする場を、大人はもっと提供していくことが重要だ。

はる爛漫

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スマホユーザーの若年化が目立つ今、依存させないためには。

近年急激に利用人口が補給したスマートフォン、通称スマホ。従来の携帯電話と比較し、単に連絡手段としてのツールではなく、これひとつで仕事もできてしまう現代社会において必需品になりつつある。

さまざまなコミュニティーにアクセスでき、情報を手軽に手に入れることができる反面、その便利さを悪用されることもある。

時代の流れなのか、そんなスマホを手にする年齢層が今なんと小学生にまで下がってきているのだ。
はたしてスマホは現代を生きる小中学生にどのような効果をもたらすのか。

元ショップ店員である私が直に聞いた両親の声と、スマホを与える上での注意点を話していこう。

 スマホをもたせている家庭の中で1番多いのは、「持たせていないと心配。」という声だ。
確かに、塾などで夜帰りが遅くなったときなど、安全確認するツールとして利用できるし、両親は現状を把握できて安心だろう。
それでいて近年のスマホにはどれもGPSが搭載されているのが主なので、どこにいるかも特定できて安心できる。

 第2に、周りが持っているから。という声を多く聞く。
「ただ回りの同級生が持っているが故に持たせる。」といった現代の流れに任せた感覚が目立った。中には、「持っていないと周りの友達の話に入れずいじめられるかもしれない」といった声もあった。
これを聞いたとき「学校にスマホは持ち込んでも問題ないのですか?」と、小学校4年生の娘の母親に尋ねると、「本当はだめだが連絡を取りたい家庭の親は持ち込ませており、学校側も半ば黙認といった状況」と答えてくれた。
もしかすると、学校でスマホ持込が普通になる時代も沿うと浮くないのかもしれない。

これらのことから、大きく若い世代がスマホをもつ理由として自身の目の届かない場所で安全確認したいという両親の思いが強いことがわかる。

しかし一方で持たせて失敗したという声も多く聞く。
・夜に日付が変わっても子供部屋からラインの音が聞こえてくる。
・ゲームに熱中しすぎて勉強しなくなった。
・ネット(出会い系)被害にあった
・SNSによるいじめ

など、理由はさまざまであるが、これらの使われ方は大きく両親が求めているニーズとかけ離れているものが多い。
身の安全のために持たせたはずのスマホが別の用途で利用され、失敗している。
これならばGPS付の折りたたみ式携帯電話で事足りるのではないか!

でもそうもいかないこのご時勢なので、最後により安全かつ便利に使える情報を3つ紹介したい。

まず、ネットの利用時間を制限できるといったサービスである。(キャリア用確認)
有料コンテンツのものが多いが、夜遅くまでネットサーフィンがやめられないといった使い方は改善できる。
ただし、自宅のネットに無線でアクセスできては効果がないので注意していただきたい。

そして、アプリをダウンロードする際に管理人(親)の許可なくしてできないというものである。
アンドロイドスマホ(アイフォン以外のスマホ)には実装されているので、持たせる際は店員さんに相談してみると良い。
また、人気のアイフォンの場合はパスワードを必ず親が管理していれば問題ない。

最後にこれが最も重要なのだが、利用に関するルールをしっかり家庭で明確に決めておくことだ。
そして、ルールを破った際は、ネットができなくなる設定に変更するという措置があるということも伝えておくと良いだろう。

匿名希望

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自己肯定感を高め、さまざまなことに挑戦する気概を育てるには

欧米人の家庭に、家族の写真が飾られているのをよく見る。それと欧米人に積極的な人が多いこととの関連はあるのだろうか。

以下、リンクからの引用です。

———-引用開始———–
「子どもの自己肯定感を高めるにはどうしたらいいでしょうか?」

こうした悩みを抱える親御さんは少なくないことと思います。

小学校の教師として、多くの子どもたちと接する中でよくわかったのは、自己肯定感の有無が子どもの成長を決定づけるということです。子どもの中には、何事においても「自分にはできない。どうせ無理だよ」「難しそう。わたしにはできないよ」と思ってしまう子がいます。反対に、「自分はできる。頑張れる」「これ面白そう。やってみたい。わたしならできる」と思える子もいます。

■親や先生が最も優先すべきこと

後者のように自己肯定感のある子は、いろいろチャレンジして積極的にやります。壁があったとしても「できるはずだ」と思えるので、努力が続けられて、乗り越えられます。ですから、自己肯定感が持てるようにしてあげることこそ、親や先生が最も優先すべきことなのです。

しかし、その実践は簡単ではありません。毎日毎日、子どもを言葉で褒め続けようと思っても、なかなかチャンスがない、褒める材料がない、ということもあるでしょう。多少大げさであっても、褒めないよりは何かしら褒めたほうがいいですが、子どもは鋭いですから、自然な形であるに越したことはありません。また、無理に褒めようとしてもなかなか続きませんので、自己肯定感をしっかり育てていくためにも、無理なく継続していけるやり方を見つけていただくことが重要です。

では、どうすればいいか。それについて、どの家庭でもできて、効果抜群の方法を紹介したいと思います。それは写真の有効活用です。つまり、子どもが輝いている姿を写真に撮って、それをプリントアウトして目につく所に張っておくのです。

これは、以前私が訪問したある家庭で見た実践例です。その家庭では、次のような写真を張ってありました。

縄跳びを一生懸命練習している。玄関の掃除を頑張っている。問題集に真剣に取り組んでいる。レゴブロックに没頭している。すばらしい絵を描き上げた……など。子どもは、その一つひとつについてうれしそうに私に説明してくれました。縄跳びの写真は2年前のものでしたが、練習のかいあって二重跳びが初めてできたときのうれしい気持ちを、ものすごい勢いで話してくれました。

輝いている瞬間とは、好きなことに夢中になっている瞬間かもしれませんし、努力の過程や達成の瞬間かもしれません。いずれにしても、どの子にもすばらしく輝いている瞬間はたくさんあるのです。でも、子ども本人はそのすばらしさに気づかないまま、毎日の忙しさの中で記憶が上書きされて、どんどん忘れ去ってしまいます。これは、とてももったいないことです。

写真を見ることで、自分のすばらしい姿、頑張っているかっこいい姿を客観的に見ることができます。「わたしってけっこういいじゃん。頑張ってるじゃん」と思えるようになるのです。そして、その写真が目につく所に張ってあれば、それを日常的に見ることができ、そのリトルサクセスを何度も思い出して、反すうすることができます。写真を見るたびに「自分はできる。頑張れる」という思いを強くしていけるのです。

■どんな瞬間を切り取るのが効果的?

では、具体的にはどのような写真が考えられるでしょうか。習い事やスポーツなら次のような写真です。ピアノの練習を頑張っている。けん玉の技の習得に熱中している。バレエの発表会で踊っている。サッカーの試合で、水泳大会で、優勝してトロフィーを持ってにっこり。習字ですばらしい作品が書けて、作品と一緒にパチリ。

お手伝いなら、玄関の掃除を頑張っている姿やお風呂洗いをしながらにっこりピースしている姿です。写真の近くに、「○○君のおかげで、毎日気持ちよくお風呂に入れるよ。ありがとう」「玄関がきれいだと気持ちがいいね」などのコメントをつけてあげると、さらに喜ぶと思います。写真を見るたびに、「自分はお手伝いを頑張っている」「みんなに役立つ仕事をするのは楽しい」という思いを強くすることでしょう。

勉強なら、問題集に真剣に取り組んでいるとか書き取りを頑張っているなどの姿です。勉強に集中している横顔のアップもいいですね。勉強に真剣に取り組む自分の知的な横顔を見ているうちに、「勉強している自分、かっこいいかも」「自分は集中して勉強できるんだ」と思えるようになるでしょう。

問題集を1冊やり遂げたときは、それを持ってガッツポーズしながら撮ります。あるいは、学年の変わり目には、問題集、通信教材、プリント類、書き取りノート、日記帳など、1年間で勉強したものを全部集めて一緒に撮ります。「自分はこんなに勉強した。けっこう頑張ってるな」という気持ちが育ってくると思います。

写真の活用は、勉強や習い事など以外の場面でも、大きな効果をもたらします。私がイチオシしたいのは、家族の仲をよくするため、愛情を感じてもらうための活用です。

天野 弘

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幼少から少年期の仲間遊びに、大人が干渉してはならない。

身についた健康や運動機能の源泉を少年期から振り返って考えてみると、年長者について回って外遊びをし始めた5歳ごろからだったと思い返す。年齢差が4~5歳ほどの幅のある集団の中にあって、必死について行く遊びから始まりました。中学に入る頃までの四季の山野や海や川遊び遊びで得たものが、心身を支える健康や運動機能の源泉になっているのは間違いがない。
激しく俊敏に体を動かしながら間合いを取って身を守る術や反射神経は、年長の集団と(時には荒々しい)自然界の遊びで身につけたように思う。みなナイフをポケットに入れて駆け回っていたが、大怪我などするものは誰もいなかった。整備された都市公園や、大人に引率されたシナリオありきの運動では、身を守り仲間を守る肝心の本能機能や共認機能が十分には発育しない。

中学校が標高60m程の山の上にあり、最短ルートは曲がりくねって段差が大きくしかも墓場や崖っぷちを通る通学路だった。夕暮れ時の帰り道は墓地を囲む松の巨木が暗闇で風に軋んでとても薄気味悪かった。足元の不規則な段差をものともせず飛び跳ねるようにして帰ったものだ。闇夜のあの身のこなしは少年期だからこそ身についた所作だ。

そして今、テストまみれの学童期と中学受験から、大人が管理する習い事やスポーツから子供たちを救い出してあげたいと思う。パラダイムの転換が必須となる、四半世紀を覚悟せねばならない役目となるだろう。しかし潜在思念に蓋をしてしまう受験塾、管理された部活と習い事教室も反省と反転の時期に来た。自然回帰や本源回帰の潮流を加速させて具体化させたい、次代を担う子供たちの心身を鍛えあげていきたいと切に思う。

持国天

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