赤ちゃんのことば記録

この子の例をとると

1.まず視覚。(色のような共通事項から覚える)

2.次に身近な簡易な言葉。(モノの分別ができる)

3.要求、意思(モノに対して嗜好が生まれる)

4.聴覚(リズミカルな言葉)

5.言葉の複合

6.時間概念

7.感情

といったところだろうか。

リンク
2歳
あか、あおという2語の色の名前を理解するようになる。(「あか」と「あお」だけね)
パパ、ママを言えるようになる。(でもめったに使わない)

2歳2ヶ月
たまご、トイレなど3語の単語が言えるようになる。
「こっち」と自分が行きたい方向を指せるるようになる。
「ダメ」という言葉を覚える。何故か「イヤ」という言葉は覚えなかった。(ダメの方がかわゆいね)

2歳3ヶ月
ソウ、キリン、パンダといった短い動物の名前が言えるようになる。
くるまは全部「ブーブー」と言っている。
ちょうちょう、花など近所にある自然の言葉を覚える。
「あった」、「おちた」という動詞を扱うようになる。
「かし(ち)て」という言葉を扱う。欲しいという意味で使っている。
食べることに対して「おいしい」という言葉を覚える。(まずいは教えてないので全部おいしいと言う・・・フフフ)

2歳4ヵ月
新幹線、アンパンマンといったリズムのよい長い単語は言えるようになる。
パパ、ママ、おばあちゃん、など人を表わす言葉がわかって使えるようになる。
外に出ると、やたらと「バス」と指さして言うようになる。
これ?どれ?どこ?といった疑問文が扱えるようになってくる。
喉が渇いたら、「お茶」というようになる。ミルクはまだうまく発音できないのか、使わない。本当はミルクが欲しいのにお茶を出してあげると、怒って冷蔵庫を指差し違うことを訴える。
「すっごいね~」「こっちね~」など語尾をつけることを習得。
「わかった?」「行く?」とか大人の呼びかけに対して、「うん」とか答えられるようになる。わかってなくても、とりあえず語尾を上げた疑問文には全部「うん」と答えている。

2歳5ヶ月
パトカー、タクシー、救急車、消防車、電車、ゴミ収集車など、のりもの名前をやたらと覚える
言語習得の動画などに続いて、数字が言えるようになってくる。
やっと「ミルク」が発音できるようになる。「ミユク」といった感じですが。
「おそと、行こう」「どこ行ったかなぁ?」といった複数の言葉で文章が作れるようになってくる。
熱い、痛い、辛い、かゆいなどをわかって使えるようになる。
おいしそう、おいしかった、おいしいね~とか時制の違いがわかってくる。
「あとで」とか「おばあちゃん、今、どこ?」という時間の概念が生まれる。
「貸して」が「ほしい」に変わった。
ばいばい、じゃぁね、おか(え)りなどの定型の挨拶を真似しはじめる。

2歳6ヶ月
「こわい」「かわいい」「小さい」を使えるようになる。
「パパも」という助詞を覚える
「ねーねー、こっち来てー」という。疲れているときに「ねーねー」連発されるとこたえる。。。
「ママ、ねんね?」「ママ、でんわ?」「おみかん、おいしい?」といった複数の組み合わせで話せるようになってくる。
パパがかえってくると、飛んできて「おかえり」を言う。元気百倍(。◕ ∀ ◕。)
とうとう「もう一回」という言葉を覚える。。。
「ママ、どこいったかなぁ」と割と長い言葉を組み合わせはじめた。
できた!を「はきた!」と言っている。多分オムツがはけたと混同している。
いよいよ「ママ、お祈り」という言葉を覚える( ̄ー+ ̄)
「いってらっしゃい」が言えるようになる。自分が出発するときも「いってらっしゃい」だけど。
「てんとうむし」を「てんぽうちちち」とか、「おともだち」を「おもとだち」とか、まだまだうまく言えない単語も多い。

2歳7ヶ月
「お父さん、お仕事?」
「お外、暑いねー」
「ママ、大丈夫?」
「ぶどう、おいしい」
「シャボン玉、遊ぼう」
などの2語で段々と対話が出来るようになる。
「愛する神様、聖霊様・・・」と、お祈りの出だしが言えるようになる。後に続く言葉は自分が、知っている言葉をひたすら並べるだけですが・・・
小さい子や、泣いている子に対して「なでなで」といいながら頭を撫でてあげる。
知っている言葉を集めて情景描写を繰り返している様子。

2歳8ヶ月
「すいか美味しかった?」
「ちょっと甘いね~」
「ミルクこぼしちゃった」
「もう、ごちそうさま」
「それ何?」
「パパ何してるの?」
など、それなりに対話になってきている。
とうとう「おいしくない」を使い始めた。(;゚Д゚i|!)・・・教えてないのに。
ミドリのことをミムネといったり、まだ、正しく発音できなかったり、意味不明の言葉も話しているが、だんだんと意味が通じる言葉も増えてきている。
そして何と今まで読んであげてた絵本を開いて、自分で覚えている音をたどって読み始めるのです、ビックリ!

2歳9ヶ月
やっと自分の名前を言えるようになる。(本名はヒミツね。(^_-)-☆)
「野菜食べる?」と聞くと「ちょっとイヤだよぉ」とか、「パンほしいの?」と聞くと、「パン、スキだよぉ」とか、ビミョーなニュアンスで回答するようになる・・・
どこで覚えたのか「遊びたいどぉ」とか語尾にドとつけることが多い。なんか田舎者っぽくてかわいいのだけど。。。
やっと「おもとだち」が「おともだち」になってきた。「てんぽうちちち」は相変わらずだけど。
食前のお祈りが、様になってきていて嬉しい(灬╹ω╹灬)

見ての通り2歳3ヶ月過ぎたあたりから急激に言語が増え、扱い方もうまくなってきています。
だんだん言葉が増えすぎて、書ききれなくなってきているため、とりあえずこのあたりでこの企画は終わらせようと思います。

英語は、発音が速いせいかなかなかリピートさえできません。
言語としては日本語の方が最初の入りやすさがあるのかもですね。

 

 

す太郎
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赤ちゃんは世界市民であり言語の天才

リンク

彼女はインド人の母親で、最近新たに発見されたコロ語という言語を話します。赤ちゃんにコロ語で話しかけているところです。この母親や世界に800名ほどいるコロ語を話す人たちは、コロ語を守るためには赤ちゃんに話しかける必要があるとわかっています。
そして、ここに重要な謎が隠されています。皆さんや私のような大人に話すのでは、どうして言語を守ることができないのでしょう? それは、私たちの脳と関係があります。

この図から、言語の習得には「臨界期」があることがわかります。横軸で皆さんの年齢を探してください。

縦軸が第2言語の習得能力を示しています。赤ちゃんや子どもは7歳までは語学の天才なのです。それから一貫して能力は落ちていき、思春期以降は表から消えてしまいます。

■臨界期における音の学習

この学習曲線に異議を唱える科学者はいませんが、「なぜそうなるのか」について世界中の研究機関で研究がなされています。
私の研究所では、発達における最初の臨界期、つまり赤ちゃんが自分の母語で使われる音を習得しようとする時期の研究に焦点を当てています。
音の学習を研究することで、言語の残りの部分や、子どもの社会的、感情的、認知的発達における臨界期についてもモデルを得られるのでは、と考えています。

そこで私たちは、世界中で使用されている技術を使用し、あらゆる言語の音を用いて赤ちゃんの研究をしています。赤ちゃんを親の膝に座らせ、「アー」から「イー」のように音が変わったら首を回すよう訓練します。正しいタイミングでできたら、黒い箱がライトアップされて、パンダが太鼓を叩きます。生後6ヵ月の赤ちゃんはこの実験を喜んでします。
何がわかったのでしょうか? 世界中の赤ちゃんは、私の言うところの「世界市民」なのです。どこの国で試そうとも、どの言語を使おうとも、赤ちゃんはあらゆる言語のあらゆる音を聞き分けられます。これは驚くべきことで、皆さんにも私にもできないことです。
私たちは文化に縛られているので、自分の母語の音は聞き分けられても、外国語の音は聞き分けられません。そこで疑問となるのは、私たちはいつ世界市民から言語に縛られた大人になるのか、ということです。その答えは、最初の誕生日を迎える前です。

これは、東京の赤ちゃんと、アメリカ、ここシアトルの赤ちゃんについて、/ra/と/la/を聞き分ける先ほどの実験の成績を示したものです。/r/と/l/の区別は英語では大事ですが、日本語ではそうではありません。
生後6~8ヵ月の赤ちゃんは日米で全く同じです。2ヵ月経つと驚くべき変化が現れました。アメリカの赤ちゃんの成績は上がり、日本の赤ちゃんは下がります。しかしどちらの赤ちゃんも、まさに自分が習得する言語に向けた準備をしているのです。

中略

私たちは、子どもの脳の発達に関する大いなる知識の黄金時代に踏みだそうとしています。子どもが感情を経験したり、言語を話したり読むことを学んだり、数学の問題を解いたり、アイディアを思い付いたときの脳の様子を見られるようになるでしょう。
学習が困難な子どものために脳の構造に基づいた介入方法も発明できるでしょう。 詩人や作家が言ったような、子どもの頭が持つ素晴らしい開放性、純粋な開放性の秘密を解き明かせるだろうと思っています。
子どもの脳を調べることで、人間の存在について深い真実を見いだせるでしょう。そしてその過程で、私たちも生涯を通じて学びに対して開かれた脳を保てるようになるかもしれません。

 

 

す太郎

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愛情不足な子供が親に示すサインとは?②

①の続きです。

■世間が“愛情不足”に警鐘を鳴らすワケ
このように、愛情の不足は子どもの成長に多大な影響を与えますが、具体的にはどのようなリスクがあるのでしょうか。
人間は、通常3歳までに性格の基盤が作られると言われていますが、この時期に親から愛情を受けなかった子どもは、自分自身を愛せなくなります。自分を愛せない人は、自身に強い劣等感を抱くようになり、周囲を“仲間”ではなく“敵”とみなし、常に競争の恐怖にさらされると言われています。
そうした余裕のない精神状態で過ごしていると、自己愛性人格障害やアダルトチルドレンなどに陥ったり、他者や自分を傷つけるようになり、社会で生きづらい人格へと育ってしまうのです。
さらに、虐待や愛情が不足しているような家庭で育った人は、自分の子にも同じように接する傾向があるとされているため、孫やひ孫の世代まで連鎖してしまう恐れもあります。
このような数あるリスクから、愛情不足は危険であり、子育てには十分な愛情を注ぐことが大切だと言われているのです。

■愛情不足のまま大人になった人の特徴
愛情不足のまま育った人には、共通してみられる特徴があるとされています。
たとえば、両親から愛情を十分にもらえなかった人は極端に“ナルシスト”になったり、逆に自己批判ばかりする性格になる傾向があるとされています。また、愛情をうまくコントロールできず、だれかれ構わず深い関係を求めてきたり、「この人がいないと生きられない」といった強烈な依存を見せるケースも多いそうです。以下では、愛情不足で育った人が陥りがちな病気を2つご紹介します。

・愛情遮断障害
これは、子どもが親の愛情を十分に受けられずに育つことで起こる病気で、乳幼児に多くみられます。症状としては、栄養障害による身長や体重の未発達、手足が細いなどの身体的特徴のほかに、表情がとぼしい、頻繁にかんしゃくを起こす、ハグを嫌がるなどの精神的特徴も見られます。
主に親が精神病や知的障害を患っていることが原因で起こるとされ、子どもに十分な栄養と愛情を与えて回復を図るほか、親自身の治療も大切な療養過程となります。

・アダルトチルドレン
主に家族としての機能を失った“機能不全家族”で育った人に見られる症状です。正確には“アダルトチルドレン”という病名は存在しませんが、こうした環境で育った人には共通した特徴があるため、名付けられました。
アダルトチルドレンの特徴としては、とにかくマイナス思考で他人のことを過大評価し、自分のことは過小評価することが挙げられます。また、責任感が人一倍強いがために自己の正当化も激しいとされ、物事を極端に解釈する傾向もあるようです。

■子どものこんな特徴に注意!
愛情を十分に感じられていない子どもは、さまざまなことでそのサインを出すようになります。
・甘えてくる
これは子どもにありがちなことなので、心配ありませんが、やたらと抱っこを求めてきたり、かまってほしいアピールを繰り返すのはもっと愛情がほしい証拠です。
何度も「抱っこして?」とせがまれると面倒なこともあると思いますが、少しの時間でもいいので子どもと向き合う時間を作ってあげましょう。

・悪さやイタズラをしてくる
たとえば、ママの大切な物をどこかに隠したり、わざと部屋を散らかしたりといった行動を取るのも、愛情不足に起因していると言われています。
「ママはいつも自分をないがしろにする」と感じると、わざと困らせてママの注意を引くわけですね。この場合も、ある程度のことは頭ごなしに叱るのではなく、受け入れて優しく諭してあげるようにしましょう。

・“爪かみ”などのクセが現れる
爪や唇をかんだり、指をしゃぶったりといったクセが出てくるようになったら、愛情があまり子どもに伝わっていない可能性があります。爪かみや指しゃぶりはストレスや不安から起こると言われているため、ママの愛情を求めていることが多いです。
行動だけでなく、具体的なクセの症状が出てきたら接し方を見直してみるのもいいでしょう。

・表情がない
このケースは、比較的深刻な愛情不足に陥っている場合が多いと言われています。
幼児期に構ってもらえなかったり、虐待を受けたりした子は感情が乏しくなる傾向にあるため、要注意です。ただし、個性として表情をあまり変えない子どももいるので、まずは焦らずに様子を見るようにしましょう。

■思春期になると“グレる”or“ひきこもり”になる!?
愛情不足で育った子どもが思春期を迎えると、幼児期とは違ったサインを出すようになります。
例えば、喫煙や飲酒、夜遊びなどの不良行為や同級生をいじめたり、家庭内で暴力をふるうなどの行動をとるケースもあります。
自分の子どもがこういった行動を取った場合、「まあ反抗期だから」と放置せずに、愛情不足が原因となっている可能性も見るようにしましょう。
また、逆にストレスや不安を外に出すのではなく、内に閉じ込めてしまう子どももいます。
そういった子どもは不登校やひきこもりになったり、周囲とうまくコミュニケーションを取れなくなります。さらに、自分の感情を主張しないことで、いじめの標的にされることもあります。

 

 

前田重男

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保育は家庭で行なわなければいけない、という規範が日本を停滞させる

リンク より引用

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■日本の保育問題 

ここ最近、保育所を落選した保護者たちの嘆きが続いている。

少子高齢社会突入で財政破綻寸前の日本にとって最も重要なのは現役労働者数を増やすことであるにもかかわらず、税や年金のフォローを担う「女性」「高齢者」「若者」の3要素のうち、「高齢者」は年金負担は免除され「若者」の労動者化には異常な時間がかかる以上、いちばん現実的なのは「女性」の労動者化だ。その際最低必要なのは、保育所による育児の社会的負担だ。 

そんな単純なことはわかっているのに、その基礎条件である「保育所」に預けることができない。 

保育所側の事情は、予算不足による保育士不足と施設未整備などになるだろう。が、都市部の保育所を中心に、予算を多少増加させたとしても(来年度保育予算は2,000億円ほど増加して9,000億円になるそうだ)、保育所に希望者全員を預けることができない。 

その結果、最近話題の「保育所落ちた、日本死ね」的嘆きが注目される。

■少子高齢問題と都市問題 

保育予算の小規模な増加ではとても対応できない現在の事態に対して、僕はまずは、 

「保育と現役労働者層の動向には基本的には無関心な高齢者層」が現在の日本では数的にも政治的にもパワーを持っている(68才は18才の2倍以上)ことを思いつく。 

これを補足するかたちで、駒崎弘樹氏の言う「保育段階の子どもをもつ親の時間の短さ、言い換えると『保育当事者』という意味での親である期間の短さ」がある。 

保育所落ちた日本死ねと怒り続ける時間は長くて 6年(0才~5才)であり、そのあとは義務教育が待っている。 

日本社会の問題は、保育で奪われる労働キャリア空白期間(1~6年)に対して日本社会は厳しく、そこで職業キャリアを奪われた女性は労働者として二度と中心には戻れず補足的ポジションを強いられる。 

このことが現在、グローバリゼーションに巻き込まれ国内の労動者構造を強くする必要がある日本経済にとって最大のネックになっているということだ。 

また、保育所定員を超える都市部に生息するのが悪いので地方に引っ越せばよいという議論もある。 

これもまた、少子高齢社会化とそれに伴う都市化の問題の副産物であり、現在は、地方の中核都市(政令市や人口20~30万前後あたりの中核市)の再生が試みられている最中であるから(言い換えると「消滅市」の中核市への合流の始まり)、まだ時間がかかる。 

地方中核都市の「次のかたち」が見えないことには、大都市部の子育て世代は、「仕事ごと全部」引っ越すのはかなりの決意が必要となる。 

だから理屈ではわかっていても、都市部からなかなか離れることはできない。 

■保育問題、不登校問題、ひきこもり問題等の底にある規範 

以上のような少子高齢社会化に伴う諸問題の結果としての都市部の保育所不足という問題はよく議論される。 

が、これに加えて、やはり僕は最もクラシックな問題も強調する必要があるとこの頃は思えてきた。それは、 

「保育は家庭で行なわなければいけない」 

という社会規範の問題だ。 

これは「規範」(ゆるやかなモラル)の問題だから、上にあげたような経済学的・社会学的問題よりはもう少し「深い」ところにある。 

「~しなければいけない」という、いわば価値の問題、言い換えるとモラルの問題、古い日本語で言うと「道徳」の問題は、我々を理由のないところで縛り続ける。 

道徳まで行ってしまうと「人を殺してはいけない」といった根源的レベルともつながってしまうのでここではあえて避け、社会的暗黙の了解としての「規範」を使っている。 

この「保育は家庭で行なわなければいけない」という社会規範に近いものとしては、 

「学校に行かなければいけない」があるかもしれない。また、もう少し広いものとして「仕事をしなければいけない」などもつながってくるだろう。 

学校、仕事等は、いずれもここ20年続く子ども若者問題(不登校・ひきこもり・ニート等)の底辺に横たわるものだ。 

これらに近いものとして、いや、これらよりもっと大きく現在のグローバル化した日本に影響を与えている問題が、この「保育は家庭で行なわなければいけない」という社会規範かもしれない。 

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川内麻生
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宿題は子どもにとって悪影響しかない

やはり子供にとって大切なのは、ただ与えられる課題ではなく、自分から「やりたい!」と思える課題。そうでないと、ただ暗記脳でかしこくなった気がするだけの、何の意味のない知識になってしまいます。そんなことを示唆してくれる研究です。

(以下、リンクより引用)

学校が終わっても家に帰ってから済ませなければいけない宿題にうんざりした記憶は誰にもあるものです。

家で宿題をすることは学校の授業の予習や復習になると信じられているため、親も「宿題は終わった?」と尋ねる”家庭内パトロール”を行なうわけですが、実際のところ、小学生に宿題を課すことは成績向上になんの影響も与えていないという驚きの研究結果が発表されました。

デューク大学のハリス・クーパー氏は宿題に関する研究を行なう第一人者です。クーパー氏によると、宿題によって得られる利益は年齢に依存しており、特に小学生の年齢の子どもが宿題をどれだけやっても成績が向上するという証拠は見つかっていません。

中学生でも宿題が成績を向上させる「良い影響」を得ることはほとんどなく、高校生になってようやく宿題で学術的な利益を得られるようになります。ただし、1日2時間が限度で、それ以上宿題に時間をかけると利益は減少していくとのことです。

「宿題をすると頭が良くなる」という一握りの神話的研究を払拭するべく、クーパー氏は1989年と2006年のおよそ200の研究結果を分析しました。

多数の研究結果を総合的に解析した結果、小学生レベルの子どもが行なう宿題に学術的な利益は発見されず、そればかりか子どもに悪い影響をもたらしていることまで判明しています。幼稚園から小学校への入学は子どもにとって向学心を深める機会となりますが、宿題をさせることは学習に対する興味を失わせる影響があると、クーパー氏は説明しています。

これまでの「宿題支持説」では、宿題は学校学習を強化しつつ「責任能力」を養うひとつのツールであり、親との自宅教育につながる機会になると言われていました。

これに対してクーパー氏は、子どもの責任能力は養う機会は、親に言いつけられる雑用やペットの世話など、日々たくさん存在するほか、学校学習は子どもにとって重要ですが、「良い睡眠」「家族との時間」「遊ぶ時間」もまた子どもにとって重要な要素であり、宿題でこれらの時間を削っても良い影響は得られない、としています。

なお、子どもと親が一緒に声に出して本を読んだり、子どもが読書を嫌がる場合は、親が子どもに本を朗読してあげたりすることも、宿題より良い影響が得られることもわかっており、子どもに「楽しい」と感じさせることが重要だそうです。

クーパー氏は「小学校の宿題は禁止するに値する」と断言しており、宿題のない文化の中で、子どもたちが放課後を有意義に過ごして日々楽しく学習できる生活を送ることを推奨しています。(以下略)

(以上、引用おわり)

 

 

 

和三盆

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家にホワイトボードを買ってみた

 今年の初め、家にホワイトボードを買ってみた。オフィスや大学にあるような、かなり大きめのサイズ(縦型H1500W900)。

 きっかけは、小学校2年の息子が、算数の文章問題を解いているのを見ていた時。息子を見ていると、①文章をあまり読んでいない。②出てくる数字をピックアップ。③「足すの?引くの?」と考える(というか、「勘」)。

 そこで、「絵に描いてみたら?」と言ってみると、自分で絵を描きながら、「あー引くのね」とか「足すのね」とか、理解が深まっていた。数字と数字の関係という「頭の先っぽ」の捉え方が、「実感」「イメージ」に転換できたのだろうと思う。

 ホワイトボードが家に来ると、同じような事をホワイトボードで「さっと」できるようになった。何か迷ったら「描いてみよ!」となる。

>もっとインプットするためにも、アウトプットの場所を用意しておいてあげるのは、大事ですね。リンク

 というのは、実感するところ。息子からは、時たま「パパへの問題」と称してクイズのような話が書かれていたりする。内容は、学校で習った事や友達から聞いた事、ネットやテレビで見た事で、息子が「なるほどー」と思った事なのだろうと想像している。人に「問題」を出す(アウトプットする)事で、自分の頭にも定着している(だろうと期待している)。

 また、3歳の下の娘も、そんな兄を見て、色々な物を書くようになった。似顔絵、数字やひらがなが多いが、一番楽しそうなのは、友達が来て一緒に何かを書き合っている時だそう。

 ユーチューブにゲームなど、今の子供達の環境は「受信一辺倒」になりがちだが、「発信欠乏」は間違いなくあり、そして「反応」から「充足」を得る欠乏も高い。

 みなさんも、一度試しに、家にホワイトボードを置いてみてはどうでしょうか。

 

 

 

野崎章

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『冗談じゃない、百のものはここにある』

最近、注目を集めている幼児教育にレッジョ・エミリア・アプローチという手法がある。その創設者の一人の詩が紹介されており、その内容が考えさせられるものだ。

旧観念から脱せない大人たちが、どれだけ子供達の潜在能力に蓋をしているのか?
むしろ子供達の声に向き合うことで、大人たちも気づけるのではないだろうか。

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リンク
『冗談じゃない、百のものはここにある』
レッジョ・エミリア保育創設者の一人、ローリス・マラグッティの詩

子どもは
百のものでつくられている。
子どもは
百の言葉を
百の手を
百の想いを
百の考え方を
百の遊び方や話し方を
もっている。
百、何もかもが百。
聞き方も
驚き方も愛し方も
理解し歌うときの
歓びも百。
発見すべき
世界も百。
発明すべき
世界も百。
夢見る
世界も百。
子どもは
百の言葉をもっている。
(ほかにもいろいろ百、百、百)
けれども、
その九十九は奪われる。
学校も文化も
頭と身体を分け
こう教える。
手を使わないで考えなさい。
頭を使わないでやりなさい。
話をしないで聴きなさい。
楽しまないで理解しなさい。
愛したり驚いたりするのは
イースターとクリスマスのときだけにしなさい。
こうも教える。
すでにある世界を発見しなさい。
そして百の世界から
九十九を奪ってしまう。
こうも教える。
遊びと仕事
現実とファンタジー
科学と発明
空と大地
理性と夢
これらはみんな
ともにあることは
できないんだよと。
つまり、こう教える。
百のものはない と。
子どもは答える。
冗談じゃない、
百のものは ここにある。
(佐藤学訳)
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匿名希望

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日本の学力低下は著しいですが、詰め込みと塾の増加が続けば、徹底的なまでに進むはずです

株式日記と経済展望リンクより転載します。
———————————-
◆シュタイナーが「子どもへの詰め込み教育は絶望的な社会を作る」といった100年後に、完全なるその社会ができあがった日本。その日本人の生命エネルギーは驚異的なまでに低下しているかもしれない 2015年10月7日  In Deep 

「詰め込み教育は、さらに深刻な影響をもたらす可能性がある

ことを最近知りました。

下は、約 100年前に、ルドルフ・シュタイナーが人智学協会の会員向けに行った講演の一部です。

シュタイナーの『人間の四つの気質―日常生活のなかの精神科学』というものに収録されています。

シュタイナーの 1912年の神智学協会会員に向けての講演より

『大学には多くの学部があり、教授たちが思考と研究以外のことに、一年中かなり駆り立てられています。学生が試験のために知らなくてはならないことを、二、三週間で習得させます。つまり、最も必要なものを詰め込むのです。そのような詰め込みが最悪なのです。

小学校でも詰め込み教育が行われるようになると、その害は想像を絶するものになるでしょう。詰め込み教育の本質は、心魂つまり存在の最奥の核と、詰め込まれるものとの結びつきが、まったくないことです。心魂は詰め込まれる内容に、関心を持てないからです。

習得したものをしっかりと自分のものにしたい、という気持ちがないのです。人間の心魂と自分が習得するものとのあいだに、興味の絆がわずかしかないのです。

その結果、活動的に公的生活に関わることができなくなります。詰め込まれたものが、自分の職業の課題と内的に結びつかないからです。心魂が、頭の活動から遠く離れているのです。』

人間にとって、頭の活動と心魂が遠く離れていること以上に悪いことは、他にありません。

戦後の日本の教育は、上の 100年前の講演でシュタイナーが述べていた、

> 小学校でも詰め込み教育が行われるようになると

を具現化したものですが、

> その害は想像を絶するものになるでしょう

とシュタイナーは言っていて、今の日本は、学校だけでも詰め込みなのに、そこに加えて、小学生の 40%が塾に通い、中学生の 70%が塾に通う。

シュタイナーは上のことを述べた後、エーテル体などの単語を使った言葉を述べますが、難しい言葉はともかく、シュタイナーが言うには、詰め込みは、ただ知識が身に入らないだけではなく、

「人間の生命エネルギーを弱くする」

と言っています。

それが問題なのです。
シュタイナーの言っていることが、あまりにも今の日本の「健康的状況」とリンクするからです。

人間の生命エネルギーが弱くなっているかもしれない現在

先ほど、「塾に行くと成績さえも悪くなる」と「さえも」と書きましたが、成績が悪くなることなどはどうでもいいのです。小学生の時の成績など将来の何に関係があるものかと思います。

そんなことより、この「生命エネルギーが弱くなっていく」ことがコワイのです。

生命エネルギーという言い方ではなく、単に「生命力」でもいいですが、確かに、私たち日本人は年々、弱くなっています。

どうしてそうなってしまったのかはわからなくとも、弱くなっています。

身体そのものも弱くなっているでしょうが、「精神系の疾患」の増え方が著しいです。

精神疾患別増加数

・現代日本でなぜ精神疾患が増えているのか

理由はともかく、ものすごい増加であることは確かです。

ただ、上のグラフで、赤い部分は「うつ病」ですが、これがに関しては、過去記事「ふと思い出す世界を支配する医薬品ビジネス」の後半の方に書きましたが、うつ病が増加した理由は「うつ病啓発キャンペーン」と、抗うつ剤投与を無理矢理上昇させた、ということが大きく、ビジネス的な理由によるものだと思われます。

なので、うつ病は除外しましても、多くが 1999年との比較で、何倍という単位で増えています。

たった 10年ほどの間にどうしてこんなに増えたのか。
さまざまな理由が考えられて、実際のところはよくわからないですが、とにかく、

「日本人は心も体も弱くなっている」

ということは言えるかと思います。

それに加えて、少子化が止まる気配はありません。
その少ない子どもたちも、詰め込みで勉強を「心から憎む」ようになり、そして、時間的余裕もない。
心も弱る。体も弱る。

冷静に考えてみれば、子どもに対して最も大事なことは、

・その子の身体の健康
・その子の心の健全
・生きている上での安心感

くらいでいいわけで、何より、詰め込みが「現実的に成績さえも悪くする」ことは、上のほうの通塾率の分布でもわりと示されていて、詰め込みを続けていると、実際に「知能的にも日本人はどんどん劣ってきてしまう」と思います。

日本の学力低下は著しいですが、詰め込みと塾の増加が続けば、これはさらに徹底的なまでに進むはずです。なので、現実の社会的にも損失の部分が大変に大きいように感じるのです。

そして何より、今以上、日本人の心と体が弱くなった場合、それはもはや日本という国の死活問題になると思うほど、現状の「病気の増加」ぶりはひどいです。(後略)
———————————–
以上です。

 

新聞会

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褒めるのではなく喜ぶことが最高の充足空間への鍵

>共認機能の真髄は、そこにある。共認の生命は、相手(=自分)の期待に応合することによって充足を得ることである。294529

上司は部下の頑張りを褒める
先生は生徒の頑張りを褒める
親は子供の頑張りを褒める

でもこれって相手=自分になってない。。どっちかと言うと、自分→相手って感じ。

上司は部下の頑張りを喜ぶ
先生は生徒の頑張りを喜ぶ
親は子供の頑張りを喜ぶ

こっちの方がお互い充足しそう。相手=自分って感じも出る。

思い返せば、ほんまに嬉しい時って、褒められた時よりも、みんなで喜びあった時やもんな。

当たり前のことだが、これはかなり大きい気づきかもしれない!

 

 

 

桜木花道

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AsMama創業者が語る、使命感・志は人々の期待の中から成起する。

るいネットでも注目を集めている、子育て支援の会社AsMama(アズママ、横浜市中区)。
子育てシェアサービス事業で、近所に住む顔見知りの主婦らに送迎や託児を1時間あたり500円程度で担ってもらう仕組みを作り上げ、会員数は2万人。
働きながらの子育てに悩んだり、自分の時間が取れなかったりする母親にとって心強い支援インフラを築きつつあるAsMamaの創業者である甲田恵子社長のインタビュー記事です。

自分たちの存在意義に疑問を感じ、事業継続を迷ったときに目を向け、立ち戻ったのは、「改めて、実現基盤はあるのかどうか。」=「人々の期待」でした。

本気で追求していたら、誰だって、迷い立ち止まることがある。
そこに実現基盤があるのなら、必ずそれは実現されてゆく。
進むべき道は、人々の期待が示してくれているのだから、何度も何度も掴み、塗り重ねてゆけばいいんだと教えてくれています。

リンクより引用。
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■SNSで募った11人の同志とともに子育て支援で起業

SNS上でつながった同志11人とともに立ち上げたAsMamaだったが、子育てを助けるという社会的な使命を担う一方で、経営者としては会社としてビジネス化することも考えなければならない。  

子育て支援の輪を作りながら、そこへ企業がスポンサーとして商品をPRしたり、消費者の声を聞いたりする形で協賛してもらう形を考えつく。これは成功をおさめ、会社の収入も増えるなど経営も安定化しつつあった。しかし、ある時に気付く。  

「数百人規模の親子コンサートイベントを主催したことがあり、お客さんは満員になって協賛してくれた企業の方にも喜んでもらえたのですが、壇上で子育て支援の話をしても広い会場がシーンとなって誰一人反応してくれない。自分たちは単なるイベントを主催するだけの存在になっているのではないか、と思うとショックで、どうしていいのかわからない状態になりました」。  

創業者である社長に迷いが生じたことで、今まで共に歩んできた仲間は去っていき、会社には甲田社長だけが残された。

■泣きながら1000人の声を拾い使命感が再燃

「もう事業をやめてしまおうか」と開店休業状態となったところで、助け舟を出したのが、先輩起業家らと半年間かけて事業計画を磨く「社会起業塾」だった。  

NPO法人ETIC. (エティック)が主催するこのプログラムは、「課題やニーズに立ち返って、社会を変える計画を作る」というコンセプト。事業の在り方に迷いが生じた甲田社長にぴったりだった。  

ここで鍛えられるなかで、起業の原点や社会のニーズを再確認してみることをアドバイスされる。甲田社長は1000人に対面アンケートを行うことを決意。幼い我が子を連れ、拡声器を手に街頭へ出て、見知らぬ人に声をかけ続けた。 

 しかし、無視や拒絶をされるばかりではなく、時には不審者として警察官にまで職務質問され、交番へ連行されることも経験。1000人に話を聞くという難しさに道端で泣いてしまったこともあるほど過酷な2カ月間だったという。  そんな苦心の末に得られた1000人の声が甲田社長を二度目の再起動を促した。「近くに頼れる人が誰もいないから心配」「子どもがいるとできないことばかり」など、リアルな悩みを聞いた結果、子育て支援の必要性を再び認識。真剣に事業を行っていかねばならないとの使命感が刻まれることになった。

■女性進出を促す日本に必要な「未来の子育て」提案

そして昨年(2013年)4月、これまでの子育てコミュニティのなかで行われていた支援サービスをWeb上で正式に仕組み化し、子育てシェアサービスとして開始。万が一に備えて最高5000万円が補償される保険制度も苦労の末に整え、支援が行われるうえでの不安を少しずつ取り除いていった。  

ビジネス化の面では、子育て社員へのバックアップを行いたい企業での支援活動や、住宅提供者である公団などの依頼で子育て支援サポート業務をすることによって、収入を得る形に変えた。保育園や幼稚園、行政などとの協業も積極的に行っている。  

AsMamaのサービスは、働く母親はもちろんだが、専業主婦や父親も対象としているのが特徴だ。子育てに関わる人が孤立することを防ぎ、自分の時間を持つことは子どもにも好影響を与える。これが「未来型の子育て」だと甲田社長はいう。  

日本の人口減や低成長によって、社会での女性活用が声高に叫ばれている。政府や行政の動きに先んじて、小さなベンチャーがこれからの社会に対応した新しい子育てスタイルを提案し、多くの共感者を集めているのは心強い。
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(引用終了)

 

 

 

中川翔子

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