これからの共創のかたち「リビングラボ」

リビングラボは、社会的な課題の解決だけではなく、ビジネスの現場でも消費者と企業の共創によって、新たなアイデアを生み出す場として注目されている。

イノベーションを創出できるかは、いかに従来の枠組みを超えた思考を開放していくかにかかる。リビングラボは、そのための新たなかたちとして広がっていくポテンシャルを秘めているのではないだろうか。

>生活者のニーズを拾い上げ、ニーズに沿ってサービスをデザインしていくHuman Centered Designのプロセスは、サービス開発をする現場で普及が進んできました。
>とりわけ、生活者自身が自覚していないような潜在ニーズの掘り起こしに対しては、競合優位性の高いサービスを生み出す可能性があるため、注目度も高く、行動観察手法などを導入している企業も少なくありません。

>そんな潜在ニーズを掘り起こす定性調査の手法の一つとして「リビングラボ(Living Lab)」という取り組みが注目されています。
>リビングラボとは、サービス開発プロセスにエンドユーザーを共創的に巻き込んで継続的に進行するプロセスのこと。サービス開発の初期段階から、ユーザーをコミットさせ、サービスアイデアの創出、タッチポイントのデザイン、プロトタイピングといった一連の流れを継続的に共創的に行っていくモデルです。

>「子育てママ*リビングラボ」は、子育てママの働き方と子育て、両面での支援のため、生活者、行政、企業、クリエイターが参画する共創型のプロジェクトです。

>大阪市「東成区子ども・子育てプラザ」で開催されたキックオフイベントでは子育てママ、クリエイター、大阪市や東成区の行政担当者、複数の大手企業などさまざまな立場の方が参加し、子育てママの課題に対してソリューションを検討していきました。具体的には「家事の中で、ロボットに託したいこと、託したくないことは何か?」という題目のもと、家庭生活で生じている家事労働や育児の負担、コミュニケーションについての課題をワークショップ形式で洗い出していきました。そこで出た課題をカスタマージャーニーマップなどのサービスデザイン手法を用いて可視化したり、ビジネスモデルキャンバスなどを使いながら事業化に向けた検討も行い、まる1日をかけて、サービスアイデアを具現化していきました。

>このリビングラボの活動の中で、参加したあるメーカーの開発者は、生活者の思わぬ生活行動やニーズをすくい取れたと発言していました。たとえば、子育てママの生活行動の中のある特定の時間に、ECサイトなどの販売チャネルの効果が最大化できるのではないかという仮説が立てられたと言います。企業内で検討している仮説とは異なる意外な視点が得られ、収穫があったようです。
リンクより引用>

 

 

 

 

雪竹恭一

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子どもの「考える力」と「自己肯定感」を育む[やる気を引き出すコーチング]

リンク
より引用します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日、少し背筋が寒くなるようなお話を聞きました。学校生活に不安を感じる生徒たちの相談にのっている中学校の先生の言葉です。
「不登校気味だったり、体調や気分が不安定だったりする子どもたちには、共通点があるんです。全部、親が決めて、ことごとく手を出しているんです。子ども自身の考えがまるでありません。何を聞いても、『親がそうしろって言ったので』と答えます。非常に自己肯定感が低いのも気になります」
私にも思い当たるふしがあります。親に進路選択のほとんどを委ねた結果、入学後、新しい環境に適応できなくなってしまうお子さんのケースです。「とりあえず、入学したけど、何がしたいのか自分ではわからなくなりました。もうやめたいです」と言います。

◆手と口を出すから「考える力」と「自己肯定感」は奪われる。

小学生の頃、不登校だったという大学生が、私のコーチング講座に参加してくれたことがありました。最終的に、学校生活に戻ることができたそうですが、それは、親がそっとしておいてくれたからだと言います。
しかし、不登校になった当初は、そうではありませんでした。「もし、自分で言いにくいことがあるのなら、先生や友達に親から話してあげるよ」とか、「この本を読んだら、元気になって学校に行けるかもしれないよ」などと言われると、そのたびに、「自分はダメな子どもなんだ」と落ち込んだそうです。「こうしたら?」、「こうしなさい」と言われることで、よけいに、どうしたらいいのか混乱していったと言います。
よかれと思って、手や口を出してきたことが、子どもの「考える力」や「自己肯定感」を奪っているとしたら、それはとても罪深いことです。

◆まず、「あなたはどうしたい?」と聞く。

一方で、「すばらしく意欲的だな!」と感じる大学生にも、折々に出会います。コミュニケーション力が高く、自分の考えをハキハキと話します。考え方も非常に前向きで、落ち込むことはめったにないと言います。いったい、どんなご家庭だったのか?と、つい、聞いてみたくなります。そこで、質問すると、こういう若者から、必ず返ってくる答えがあります。
「『勉強しなさい』と言われたことは一度もないです」。これはもう、判で押したように共通しています。だからと言って、「勉強しなかった」という人は一人もいません。自分で計画を立て、自発的に勉強してきたという人ばかりです。
とりわけ、明朗でプラス思考の学生Aさんのこの言葉は印象的です。
「うちの親は、『あなたはどうしたい?』といつも聞いてきました。『友達が塾に行くから、私も行ったほうがいいかな?』と聞いたら、逆に、『あなたはどうしたい?』と聞くし、小学生の頃、学校に着ていく服も、1年生の頃から、『あなたはどうしたい?』と私に選ばせていました」
子どもの頃から、自分で考え、自分で決めて、行動してきた人は、気持ちよいほど、前向きです。「自分で考え、自分でできた」体験を積み重ねていますので、何か困難なことに出合っても、「きっと、自分ならなんとか乗り越えられる」と考えます。これは、すばらしい「自己肯定感」です。

◆どんどん任せる。

朝、自分で起きること、着て行く服を選ぶこと、持ち物を確認することなど、これまで、何かと手をかけてきたことがあれば、一度、子どもに任せてみることをお薦めします。「もうあなただったらできそうだから、今日からは自分でお願いね!」と手を放してみると、意外とできたりします。「任せる」ことは、相手の力を信じていないとなかなかできないことです。ですから、「任せる」ことは「あなたを信じているよ」という想いを行動で示すことと言ってもよいでしょう。任されてこそ、相手は自分で考えようとしますし、「私は信頼されている」という自己肯定感を持てるのです。

 

 

 

 

がらがらどん♪

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心の傷を持っている子どもたちが、親・大人と信頼を深めて心の闇から抜け出した事例 ①

G会で議論された「管理する母親」と正反対の行動で、子どもが救われた事例を取り上げたニュースがありました。学童保育所の話題は、GWが活性化していないケースの参考になるかも知れません。

リンク

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●「死にたい」とつぶやく背景はさまざま
 若者たちが「死にたい」とつぶやく背景はさまざまだ。
 首都圏の大学に通う18歳の女性も「死にたい」とつぶやいたことがある。高校時代はほぼ不登校。私立の進学校に入学したものの、学校のカラーに馴染めなかった。電車に乗って学校に近づくと気分が悪くなった。
 「自分は学校に行くこともできないダメな人間なんだ。この世にいないほうがいいんじゃないか」と思い詰めた。
 「私、メンヘラだわ」とネットでつぶやくと「私も!」と共感される。メンヘラはメンタルヘルスが語源の「心の病を患った人」を指すネットスラングだ。「メンヘラは私だけじゃないんだ」と孤独を忘れられた。

 そのころ学校に通っている友だちは、朝登校したら「(ツイッターに)あんなこと書いちゃダメじゃないの!」と担任に叱られたと言う。どうやら教師が交代でツイッターを監視しているらしい。
 「学校はすべて管理されていて息苦しいところだと思った。私には耐えられない。もう絶対行けないや、って」

 2年生の途中で退学した。ネットの世界で顔の見えない人だけと交流し、家に引きこもった。彼女はどうやってネットの世界から抜け出せたのか。

 「(衝突することの多かった)母親のおかげ。自分が立ち直ることを誰よりも一番望んでくれていることは知っていた」と明かす。
 たとえば、不登校が続く日々でも自分のぶんの弁当がキッチンに置かれていた。食べずに勝手にインスタントラーメンを作ってお昼にしたときは文句を言われたが、翌日はまた弁当があった。大検や大学紹介のパンフレットが、リビングにさりげなく置かれていることも知っていた。

●待ってくれる=信じてくれている
 「(母親は)私を待ってくれているんだと感じた」
 待ってくれるは、イコール「信じてくれている」という信頼につながった。

 高校の先生は彼女が1度登校すると、「明日も来なさいね」とか「そろそろ志望校決めないとヤバいよ」と言う。
 「ほとんどの大人って、うちらを待ってくれないじゃないですか。親たちも以前は同じで、早く普通に学校行ってくれって急かされている気がした。でも、母親はだんだん違う対応をしてくれるようになった」

 行けそうな大学が見つかり「ここ、行けるかも」と話したら、どこで見つけてきたのか、その大学の卒業生に会わせてくれた。
 「すごく生きてることが楽しそうな、自由闊達なおばさんって感じで。ああ、こんなオトナになるのもいいなって思えた」
 学校パンフレットではわからない「自由闊達」が、少し理解できた気がした。

 徐々に出かけられるようになった女性が「大学見学、行ってもいいよ」と母親に告げたら、喜びのあまりなのか1日4カ所も連れまわされた。
 「ママ、私、1日に4つも何かをすることはできないよ。2つが限度だから」と正直に言うと、母親は「そうだね。悪かったね」と謝ってくれた。
そしてその後、女性が自動車学校入学の申し込みと大学の願書の取り寄せというふうに、1日に2つのことをやり遂げた日には「2つもやれるなんてすごいじゃん! よく頑張ったね」とLINEにメッセージをくれた。

 「私のことわかってくれているんだと思うと、うれしかった」
 この女性の母親のように押し付けずに待つことが、10代の心をほぐすことになるのだ。

 

 

 

 

坂本伸一

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心の傷を持っている子どもたちが、親・大人と信頼を深めて心の闇から抜け出した事例 ②

①の続きリンク
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●では、親がいったいどうすれば、彼女のように出口を見つけられるのか。
 学童保育所の卒所生を中心とした子どもたちの居場所であり、小中学生対象の学習塾でもある「小金井学習センター」(東京都)で30年間講師として勤めた口山衣江さんに話を聞いた。

 同センターは、子どもや教師の自由度が少なくなった学校教育に不安を感じた父母らによって、「必要なものは自分たちでつくろう」と設立されたところ。受け身でない学習方法は、昨今注目される「アクティブ・ラーニング」とほぼ同じだ。
 「貧困が連鎖するように、親が孤独だと子どもも孤独になるのではないか。お互いに本音でしゃべってストレスを吐き出したり、情報交換してよいやり方を考えられる。おせっかいをし合えるママ友がいれば、乗り越えられるのだと思う」
 口山さんらスタッフが「大人と子どもが育ち合う」をテーマに作り上げてきた同センターでは、保護者会が毎月開かれる。そこでは、親たちが、「迷いながら、あがきながら、意見を言い合いながら、いつの間にか孤独でなくなっていく」という。

●生きづらさを抱えている生徒が多い
 そのように親子が育ち合う場所を作ってきた口山さんは現在、都内で通信制高校の講師を務める。授業にやってくるのは、予定人数の数割が日常だ。

 「どこか生きづらさを抱えている生徒が多いと思う」

 昨年始まった1年生の教室は4人。最初の授業は、教室の四隅の机にそれぞれ座っていた。
 「みんな真ん中に集まって」と言っても、誰ひとり動かない。1人の男子生徒はマスク姿で瞳がぎりぎりのぞくだけで表情もわからない。ただ、一人ひとりに「私と会話できるところに来てくれる?」と言ってまわると、それぞれ集まってくる。
 「家庭に問題があったり、中学でいじめられていたり。そんな周りに対して突っ張っていたり、希望が持てずに内にこもっていたりする。でも、一人ひとり付き合うと、みんないい子ばかりなんです」

 入念に準備した国語の授業を始めてみたが、意見を求めても誰も反応しない。「これってどうかな?」「どう思う?」と促しても、最初は目を伏せて無言だった。ところが、しばらくしたら、生徒たちは何度かに1度はパラパラと自分の思っていることを話すようになった。

 「時として、生徒が何か発言したそうな目をすることがあるんです。そういう空気を感じることがある」

 そんなとき、口山さんは生徒が口を開くのを待つ。「待たれるのが嫌な子もいるので全員同じやり方ではありません。それに、答えたくなさそうなら引くけれど、顔を見て、あ、言いたそうだなと思ったら10分でも待つ」という。

 みんな、ちょっと待っててね――。そう断って、発言しそうな子ども以外の生徒たちには、その子を待っている時間でプリントの裏に絵を描こうが、漫画を読もうがOKにしてしまう。
 そのような時間の中で、マスクの男子生徒は驚きの変貌を遂げた。数カ月の間に、マスクを外して授業を受けるようになったのだ。その次は、促せば意見を言うようになった。

 そして、ついに。指名しないのに、「はい、先生!」と挙手して自分の意見を述べるようになった。学校中の教職員から「あの子がマスクを外すなんて!」「挙手するなんて」と驚かれたという。

 「私は、あの子のマスクを外してやろうなんて目論んでやったわけではありません。もともと持っている力を発揮するまで待っただけです」
 それなのに、結果を急ぐあまり待てない大人が「厳しさがなければ」と子どもを抑圧した結果、ネットの世界に追いやっていないだろうか。

●「待つことは、信じること」
 「死に方教えます」のDMを受け取った女性の母親も、サイバー補導されたわが子を迎えに行ったとき「帰るよ」と言っただけだった。

 親に恥をかかせて平気なの?
 何考えているの?
 どうしてこんなことしたの?

 そんなふうに、思わず問い詰めたくなるはずだ。

 そうしなかったことで、わが子を待つ時間をつくれたのだろう。とはいえ、「待つことは、信じること」などと言われると少しハードルが高い。待ってもらえないため懸命に突っ走ってきた大人は、「それでいいの? 厳しくしなくていいの?」とかえって疑心暗鬼になるかもしれない。
 であれば、子ども目線でとらえてみるといいかもしれない。

前回記事と今回で取り上げた19歳と18歳は、奇しくも同じことを言った。

 「待ってもらえると、自分は親に信じてもらったんだと自信になった」

 子どもたちが「待ってもらえれば自信になる」と言うのだから、そこを肯定してはどうだろう。デジタル化にAIにグローバル。一変したこの激動の時代を、私たち大人は「子どもとして」生きた経験はないのだから。

 

 

 

 

坂本伸一

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親子間の「伝わらない」には重大な原因がある

リンク

■「やりなさい!」と連呼してもダメ

ご家庭での様子が目に浮かぶようです。子どもはいつも家ではのんびりしていて、それを見て、お母さんはいつもイライラという状況なのでしょうね。

そして、質問内容には書いていませんでしたが、おそらく、“子どもを勉強嫌いにさせるための究極の言葉”である「勉強しなさい!」を日々、連呼していることでしょう。このような状況ですと親も子も日々、しんどいですよね。1日も早く打開させたいという気持ちもよくわかります。

では、まず状況の整理です。お子さんは次のような状況ということですね。

1)のんびりしている →「早くしなさい!」で対応 2)片付けしない →「片付けしなさい!」で対応 3)宿題(読書感想文)をやらない →やるように促したが、結果に親が満足せず、さらに子どもは言い訳をしている
このような対応をしてきて、好転しないということですから、この方法は間違っているということになります。

たとえば、「早くしなさい!」、この言葉は多くの家庭で使われている言葉ですね。実は、大人と子どもでは時間感覚に差があるということをご存じでしょうか。「ジャネーの法則」というのがあります。これによれば、時間の心理的長さは、年齢の逆数に比例するそうです。

たとえば、40歳の人間にとって1年の長さは人生の40分の1ほどになりますが、10歳の人間にとっては10分の1に相当しますね。簡単に言ってしまえば、親子で年齢が4倍違うと、心理的な時間の長さは、親の1分が、子どもには4分ということなのです。親が1分でできることは、子どもはその4倍の4分かかるのが普通ということです。したがって、「早く」の感覚が異なるのです。このようなことを知らないと、ただ親は自分の感覚で「早くしなさい!」と言うことでしょう。

しかし、早川さんの場合、単純にこのようなことを知るだけでは根本的な解決ができそうにありません。今、お子さんが直面している上記の3つの状況には、実はある種の共通した原因があるのです。

それは、「抽象的指示」をしているということです。

抽象的な指示言葉は、一見わかりやすいものの…
抽象的指示とは、具体的に行動するための内容が入っておらず、いわゆる「ざっくり」とした指示のことを言います。ここでは「早くしなさい」「片付けなさい」、そしておそらく言っているであろう「勉強しなさい」(ここでは「感想文の宿題をしなさい」)。

このような言葉は、一見わかりやすいように思えますが、抽象的指示言葉では、具体的に行動が起こせないということは、さまざまなところで現実に起こっています。親子関係だけでなく、会社の中での上司部下関係においてはもちろんのことです。

(中略)

では、このような事態にならないようにするために、どうしたらよいでしょうか。

「抽象的指示をもっと具体的指示に変えていけばいい」ということになるのですが、そのためには、たとえば次のようなことを取り入れると具体的になります。

1. 5W1H(いつ、どこで、だれが、何を、なぜ、どのように)を盛り込む

2. 「たとえば……」(特に相手が子どもの場合、子どもの経験の範囲内で)

3. 主語と述語と目的語を明確にする(特に主語がない日本語では、ときとして意味がわからない)

4. 数字を入れる(漠然とせずにはっきりと。「できるだけ早く」→「明日の15:00までに」)
わかりやすい話というのは、大方1〜4の要素が入っていますので、何となく納得がいくことではないでしょうか。

ただし、これだけでは人は動かないことがあります。確かに具体的になったことで、わかりやすくどう行動すればいいかわかるようになるのですが、子どもが積極的に動くようになるための「子どもの心理」を考えなくてはなりません。

早川さんの事例で考えてみましょう。

(中略)

■「子どもの心理」を考えた表現にする
◆「片付けしなさい」という言葉も、具体的に表現すると「あと10分で片付けなさい」とか「机の上の物を元の場所に片付けなさい」などとなりますね。しかし、これでも動かないときは、次のように表現しましょう。

「30分で部屋を片付けるから手伝ってもらえるとお母さんはとてもうれしい(助かる)」

この表現も、単に具体的にというだけでなく、「子どもの心理」が考えられた表現です。親も一緒に行動するということで一方的指示ではないと感じ、受け入れやすくなります。さらに、もし手伝ってくれたらとてもうれしいという感情を伝えることで、お母さんを助けたいという感情が湧き出て行動する可能性が高まるのです。

◆「宿題(勉強)をやりなさい」という言葉、これはいちばんやっかいな問題です。

この問題については、「子ども手帳の活用」「強制的指示をしない」など、これまでたくさんアプローチについて記事を書いてきました。それというのも、一言で解決することはできないほど、この問題は原因も対応方法も多種多様だからなのです。そこで、ここでは、言葉が抽象的すぎて行動できないという理由であると仮定して話を進めます。

具体的な指示となると「○時までに、△△の宿題を終わらせてしまいなさい」という言葉になると思われがちです。しかし、これは、ほぼ効果がありません。なぜなら「勉強関係に関する親からの指示」は基本的に受け入れないという傾向を子どもがもっているからです。

『子どもを叱り続ける人が知らない「5つの原則」』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)
では、どのように伝えればいいかというと、次のような表現をしてみてください。

「宿題のやり方がわからなければ、聞いてね。わかる範囲で教えてあげられるから」

つまり、親が伴走しているという感覚の表現です。「サポートはできるよ」というメッセージです。裏のメッセージとしては、「宿題をやるのはあなたの問題」ということを伝えているのです。

以上のように、抽象的な指示をすることを今後やめて、具体的言葉に切り替えるか、単に一方的な指示ではなく、子どもと伴走しているという表現を使うことで、子どもは具体的に行動に移せる可能性が高まります。よろしければ、試してみてください。

 

 

 

 

高橋謙太

高橋謙太

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詰め込み教育が脳を傷つける

「脳の発育と教育リンク」より引用します。

■□■引用開始■□■
~・前略・~
意識は、自己の内面に描かれた世界(イメージ・描像)を土台にして築かれる。この様な描像・イメージは、過去の経験とその時の状況、自分の感情、感覚に結びつけられて形成され、記憶される。良いイメージを持たずに悪いイメージしか描けなければ、能動的な積極的な行動を触発することはできない。例えば、失敗したことばかり思い浮かばなければ、どうすれば成功するかの鍵はつかめない。意識は、最初に土台にしたイメージにとらわれる傾向がある。悪い事ばかり考えると良い方向に意識を向けられなくなる。
つまり、良い印象に基づかないと、発展的生産的な考え方ができない。故に、快適な印象や成功のイメージを持つことが大事なのである。
~中略~

脳の構造と働きについては、いろいろなことが解明されつつある。しかし、重要なことは、脳がどのように傷つけられるかである。また、脳の損傷や奇形と犯罪の間には、何らかの因果関係が存在するのかである。教育の現場では、どのような行為に気をつけなければならないかである。また、体罰が脳にどのような影響をあたえるのかも見極める必要がある。

幼児虐待や拷問、虐めが脳にどのような傷を負わせるのか。また、幼児期における災害や自己がどのような脳に、損傷を与えるのか。また、化学物質や電磁波、環境ホルモンのようなものがどのような影響を与えるのか。テレビゲームやテレビ、ビデオ、漫画のようなメディアが脳にどのように作用するのか。

学習と記憶。学習は、記憶だけの問題ではない。そこに、脳科学の限界がある。つまり、学習の根底にあるのは、意志である。その意志を生み出すのところがどこか、それが明らかにされない限り、学習の真の意味は理解できない。その限界を前提として脳科学を教育の中に取り込んでいく必要がある。

ただ、だからといって脳万能主義に陥るのは、危険である。脳が主に担っているのは、認知の部分である。認知は、いわば、思考の入り口である。出口である意志決定には、自己の主体的な働きが必要である。脳の重要な役割が明らかになるにつれて、唯脳主義みたいな思想を言う者まで現れてきている。しかし、脳は、脳である。脳を肉体の一部と捉えることによって脳の発育に沿った教育が可能となるのである。

脳科学に認知心理学、発達心理学、学習心理学を結びつけ、脳がどのように発育していくか、また、どのように損傷を与えるかを解明して教育に取り込んでいく必要がある。

バランスのとれた健全な脳の発育が、健全な自己善を育成する。その為には、健全な脳の発育を促すような教育の仕組みや環境を創造することが必要なのである。

 

 

 

 

村田頼哉

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子は親のクローンではない! 「親の期待という呪縛」から抜け出すために

リンクより

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できる限り親を喜ばせたいし、親をガッカリさせたくない。もし親に見離されたらどうしようと思う時がある……こんな気持ちを、心の奥底に抱えていませんか?
1つでも当てはまるなら、あなたは「親の期待という呪縛」にハマッているのかもしれません。女性は特に「親の期待に応えたい」という思う人が多いですよね。親を大切に思うことは素晴らしいのですが、親と自分の人生を混同している危険性もあるのです。

子は親のクローンではない

親の1番の望みは、基本的に子供の幸せです。ただ自分と子どもを切り離すことが難しく、子どもに自分のクローンを求めてしまいがちです。
例えば運動より音楽のできる男子が好きな筆者は、同じようなタイプを息子にも、とつい考えてしまいます。ここからさらに勉強、仕事、結婚……と、子どもの人生に自分の期待を交えてしまう。親ってこういうものなのかもしれません。
しかしこれは明らかに「親のエゴ」です。親子は血は繋がっているとはいえ、結局は他人で別の存在。“好きなもの“、“欲望”、“適性”、 “性格”も異なるのが普通です。世代が違えば、“世情“、 “情報“、“価値観“も違いますよね。
子どもの人生は子どものもので、親が支配するものではありません。親の経験が子どもの世代に通用する保障も、どこにもないのです。子どもは親のクローンではなく、親子の希望はマッチしなくて当たり前なのです。

クローン化しても結局親は幸せになれない

ところが親自身は、自分のエゴとは気付かないもの。「子どものために良かれ」と提言し続けます。子ども側もつい、親の期待に応えることで「親の笑顔と関心がほしい」と望んでしまいますよね。
しかし実際の生活を生きるのも、責任をとるのも子ども自身。子どもが本当に好きで適性のある道でなければ、楽しさも感じることができず、挫折しても立ち上がれなくなります(特に仕事や結婚など)。例え自分の言う通りになっても、子どもが幸せそうでなければ、親も本当に幸せではないのです。

自立とは「自分の道を歩くこと」

本当の自立とは、自分の人生を責任持って歩くことです。親の人生でなく自分の人生を歩まなければ、本当に自立したとは言えません。
これを親に気付かせるには、子どもがきちんと主張する必要があります。もちろん時間がかかりますし、親側の価値観は変わりません(ここがポイントです!)のでケンカにもなり、本当の理解は得られないかもしれません。でも、最後は「幸せそうな子ども」が親の本当の願いです。

「親を悲しませる、嫌われるかも……」なんて不安もありますよね。でもそれは親のエゴからくるものであり、親側の問題なのです。親子間になるとかばいたくなるものですが、ここのすみわけが自立できるかの別れ道になりますよ。
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秀凜

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“勉強する子”の家庭環境の特徴は? 「東大ママ」が実は毎日やっている事

結構できることが多いと思いました。

意外にできないのがテレビをやめることかもしれませんね(笑)。

リンク)より引用します。

—————–以下引用—————–

客観的に見た、東大の子の家庭環境

私の友人の子どもで東大にストレートに入った女の子がいます。確かに親は「勉強しなさい」とは言っていませんでした。でも、こんな家庭環境でした。

1. 親が本好き・テレビがない

活字を読んで文章を理解できないと算数の文章題をはじめ他の教科も成績が下降します。
そこで、担任から個人面談で「読書をもっとさせてください」と注意を受けることもあります。

だからといって親が「本を読め」と言ってもなかなか読まず「うちの子は本を読まなくて困る」と言っている小学生を持つママがいます。
そして、親は読書なんかしないでLINEやパソコンに浸っていたりします。

でも、私の友人は子どもに「読書しなさい」と言っていませんでした。

ただ、その家庭にはテレビがなく、夕飯後は家族そろって読書タイム。親は本の虫だったので子どもは親の姿を見て自然に読書するようになっていました。

2. 絵本の読み聞かせに喜んで付き合う

親が活字を読むことが好きですから、幼児期に子どもが絵本を次々に持ってきても嫌な顔ひとつしないで喜んで応じてやっていました。

「もう何回目なの、いい加減にこれくらいでおしまいにしなさい!」なんて拒否することはなく、何回も何冊も読み聞かせていました。

その結果、小学生になってからは文庫本にまで手を出すようになっていました。親は「いい加減、読書するのは止めなさい」と子どもが本好きなのを悩んでいたくらいでした。

3. 机上の勉強だけではない

本を読むと色んな知識を得られます。友人の子どもは“野口英世の伝記”を読んで興味を持っていたので、英世のゆかりの地を訪ねるときに前もって親子で下調べしていました。
そして、東北へ着いたときは、わんこそばを食べたりグルメ三昧に終わらせず、福島県の野口英世記念館を訪ねていました。

初めて東北新幹線に乗るときも下車しない駅の土地の由来や名産物を事前に調べていました。だから車内でお菓子を食べたり、ずっと居眠りしていたりゲーム三昧ではなく、子どもはずっと窓の外の景色を興味深く見ていました。

机上の学習だけに終わらせていないので、知りたいことに火が点いて、ますます勉強が好きになっていました。

4. 質問してきたら丁寧に答えてやる

子どもが2歳~5歳くらいの間は質問ばかりしてきます。
 「どうしてあのおじさんは帽子をかぶっているの?」「どうしてお空は青いの?」としつこいです。でも、これを「しつこい」とか「うるさい」とは思わず丁寧に答えてやることが大切です。

私の友人も子どもが「どうして葉っぱは緑なの?」と親に聞いてきたときは、光合成の話まで発展させて丁寧に説明していました。

「空は何故青色に見えるのか」などネットを調べれば太陽との関係性など情報はたくさん得られます。「どうしてあのおじさんは帽子をかぶっているの?」と聞いてきたときも「ママはあのおじさんじゃないからわからない!」と木で鼻を括ったような回答はしないでください。子どもは悲しい思いをします。

こんな時は「きっと寒いからじゃない」「もしかして熱が38度くらいあるからかもしれないね、お薬は飲んだのかしら」「帽子が大好きなのかもしれないね」「お家にはもっとたくさんの帽子が箪笥の中にあるかもね」と会話を発展させましょう。
 想像を膨らませると楽しくありませんか?

拒否すると「ママに聞いても答えてもらえない」となり段々と質問しなくなってしまいますよ。後で「勉強が嫌いで困っている」となってしまったのは、子どもが興味をもったときタイミングよくその芽をうまく引き出していなかった親の対応が原因かもしれません。

まとめ

子どもが成績優秀なママは“勉強をさせている”という意識はなく、ごく普通に当たり前にこれらのことをやっていたりします。

「特になにもしていませんよ」と心から本気で言っているのです。

生まれ持っている素質、遺伝的なものもありますが、環境だけは真似することができますよね。絵本を何冊も読んでやる、テレビを付けないなど、ママがちょっと頑張らなくてはなりませんが「子どもを優秀に、うまくいけば将来東大に」と夢を持っているのならば、今から出来ることからやってみませんか。

—————–引用終了—————–

 

 

 

 

松下晃典

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高学歴親が子どもを追い詰める 理論攻めで子どもの逃げ場なし

***以下、東洋経済オンラインより引用 リンク

「できないのは努力不足でしょ」。正論を滔々と語る親に子は無力だ。反抗しないからといって、「いい子」だと信じ込んでいると、成人してから手痛いしっぺ返しが待っている。

■わが子に寄り添えない
「どこからを高学歴と呼ぶかはともかく、大卒の親の子育ては難しい」と話すのは、「子育て科学アクシス」を主宰する小児心理医の成田奈緒子さん(文教大学教育学部特別支援教育専修教授)。小児心理外来で長年親子の悩みを聞いてきたが、患者の多くが高学歴親の家庭だ。

自分ができたことはわが子もできるという根拠のない思い込みをもち、子が別の人格であることを認識できない。自分のメンツを繕うことに執心するあまり、わが子に寄り添えていないケースが目立つ。

「高学歴は弁が立つ人が多いため自分のしゃべる時間がつい長くなり、子の意見を聞いていません。子どもの自発性、積極性が強化されづらい。そこが鍛えられない彼らは自発的に動かないので、親はさらに焦る。悪循環なのです」(成田さん)

都内在住で40代のハルミさんの悩みは、子育てではなく別れた夫だ。医師の元夫(50代)は、勉強が苦手な中学3年の次男の実情を受け止められない。成績表は2と3が半分ずつで模試の偏差値40台の息子に、偏差値65の高校へ行けと言う。

「せめてM大の附属校へ行け。授業を真面目に聞いていれば、ある程度の成績が取れるはずだ。いい高校に行って一流大学に入らなくては就職できないぞ」

ちぐはぐな説教をする元夫はK大医学部卒。附属中学時代から医者を目指し、ひたすら勉強だけをやり続け医者になった。

「彼は自分ができるから、息子もできると思い込んでいる。というか、世間が狭いので自分と同程度の人しか知らない。誰でも勉強すればできるようになると。そのうえ学業成績以外の価値観でわが子を見られない。次男はやさしく気が利いて友達も多いのに」(ハルミさん)

成績のいい高校生の長男は「お父さんは勉強はできても賢くない」と諦め顔だという。「子どもたちのほうが、父親よりもはるかに大人なんです」とハルミさんはため息を漏らす。

自分から学ぶ力を育むことをモットーにする丹誠塾(東京都西東京市)の塾長を務める渡邊憲土さん(43)は、塾生の母親が「私も夫も勉強ができたのに、この子がどうしてできないのか不思議でたまらない」と漏らすのを聞いた。夫婦とも名門大学を卒業していた。

「親御さんは、頑張れば何でもできると言う。でも、そうじゃないときもある。そこを認めてあげないと、本来ある力をつぶしてしまう場合もある」(渡邊さん)

■スキンシップを怠ると
一方で、高学歴の親は学歴のみにこだわるわけではない。

30代までマスコミ関係で働き、最近まで専業主婦だったミサさん(40代パート勤務)は、私大トップのK大に入学した長男をもつ。野球部に所属した高校までは何とも思わなかったのに、大学に入った途端、長男に不満を抱くように。同時に母子のケンカが絶えなくなった。

長男はサークルには入らず、バイトもしない。大学生なのに夫より帰宅が早い。友達もいないし、当然彼女もいない。要するに「まったくイケてない」(ミサさん)。彼女が抱く理想の息子像には程遠いのだ。

「コミュニケーション能力が低く、生きる力が弱いと感じる。大学なんてK大より下の私が卒業したレベルでOK。それよりも、活発で生き生きした子になってほしかった」

はたからはないものねだりにも見えるが、ミサさん自身、密かに反省もしている。

「私が何でも全部言っちゃうから、もう親の言う通りにしたくないのかも。自分の足で踏みだせないんだと思う」

視野が広がるから留学しろ。社会勉強になるからバイトしろ。友達ができるからサークルに入れ。どれも正解だ。だが、前出の成田さんはこう言う。

「正論を言い過ぎるのも高学歴親の特徴。言葉で責めてスキンシップを怠ると、良好な関係を築きづらい」

それをミサさんに伝えると、ぽつりとこう漏らした。

「そういえば、次男は耳かきをせがむけど長男は来ない。中学生くらいから触っていないかも」

■親は自分に目を向けて
家族のありように変化もある。成田さんはここ10年ほどで、成人の患者が増えたと感じている。教育実習の際、突然子どもたちの前で話ができなくなるなど対人恐怖の症状が出た女子大生。高校まで問題がなかったのに大学で不登校やひきこもりになるケース。しかも、そういった患者のほとんどが、絵に描いたような「ハッピーな家庭」で育っている。争いごとを嫌い、多少違和感があっても意見しない。

「一番の病理はいい子すぎること。子どもに感情を表出させる機会を与えていないから、コミュニケーション脳といわれる前頭葉を使って行動を起こす経験を積めないのです」(成田さん)

背景にあるのは親たちが「いい子を育てる=自分の評価」ととらえる風潮だ。特に高学歴夫をもつ専業主婦にその傾向が強い。子どもは親の意向を敏感に感じ取り、本来なら「もう、いい子はやめた!」とばかりに荒れる思春期を自我封印で静かに過ごす。あれはダメ、これもダメと何でも管理する空気が「教育現場だけでなく社会全体に強いのも影響している」(同)

では、どうすればいいのか。成田さんに高学歴親へのアドバイスをしてもらった。会話やスキンシップの重要性が説かれているため、ワーキングマザーは「子どもにかかわる時間が短いからダメだ」と思いがちだが、実は働く母のほうが子育てにはつまずかないという。

「圧倒的に時間がないので過度な干渉をせずに済む。保育園や学童保育で大人の目が入るし、その集団の中で子どもはさまざまな経験を積む。専業主婦の方には、趣味を持つなど、とにかくわが子よりも自分に目を向けてと話します」(成田さん)

ケンカ上等。放任万歳。親子で思いをぶつけあい、学歴よりも大事なものを見つけたい。(文中カタカナ名はすべて仮名)

***以上、引用終わり

 

 

 

 

楊数未知

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使えねぇと言われないために。「家事」が子供のジアタマを鍛える

勉強だけでは世の中を上手く渡っていけないー。社会に出ると、その現実をひしひしと感じる事になりますが、では学校では教えてくれない「ジアタマ」を鍛えるには、子どもに何をさせるのが良いのでしょうか。今回の無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』では著者の真井花さんが、「家事手伝いをする子の方が成績も生活態度も良くなる」という説を挙げ、「おすすめのお手伝い」を理由とともに紹介しています。

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○ ジアタマの鍛え方

さて、本日はどうやってアップさせたらいいのかよく解らないもののお話。

冬休みがもうすぐですね。学生のころにはアタリマエのようにあった冬休みですが、社会人になってみると、それがどれほどの贅沢だったのか身に沁みます( ̄∇ ̄)。私も冬休みが欲しいわ。コタツでミカンを食べながら、上げ膳据え膳されたいわ。はああ。

さて、そんな冬休み。かつての私のような日を送らせて、お子さんをコタツとミカンでスポイルしちゃイケませんよ(^Д^)。

スポイルする代わりにやらせて欲しいのが、家事の手伝いです。過去の記事でもお伝えしましたが、家事手伝いをする子ほど成績も生活態度も良くなることが知られています。ま、なんとなく直観で納得出来ますよね。生活体験が豊富になるため、手伝いをしない子よりイワユルアタマが回る状態になるんでしょう。

でね、手伝わせるべき家事手伝いには種類があるんです。オススメは「配膳」ですね。要は、料理以外の食事の支度ってやつです。お皿を出したり、箸やスプーン、グラスを並べたりっていうアレです。料理はもっと良いんですが、難しすぎるでしょうし、時間がかかりすぎて日常生活に支障を来してしまうでしょう。

なぜこれなのかをちょっと説明しましょう。

学校の成績以外の点、たとえば生活態度とか振る舞いなどでのいわゆる「アタマが良い」とは、
•現状認識ができる


•未来予測ができる

このふたつだと言われています。言い換えれば、オツムがトロいと評価される場合には、このふたつのうちのいずれか一方あるいは両方が欠けているということです。両方か…きっついな( ̄∇ ̄)。

これ、コレだけ聞くとなんのことか解らないですよね。もうすこし砕いて言うと
•今なにをすべきなのか、何をしているのか
•これをやると数分後数時間後にどうなるのか

が解るかどうかがアタマの良さだということです。大人にとってはこんなのアタリマエすぎて、逆に解りにくいんですが、それは日々訓練しているからです。小さい子を見ているとそれがよく解ります。たとえば
•ナイフの刃を持つとどうなるか?

ということが解らずに、手を怪我することは良くあることですよね。これは「ナイフの刃を持つ」とどうなるのかという未来予測が出来ないからです。
•熱い鍋に手を触れて、やけど
•デコボコ道を走って、転ぶ
•重たいモノを持ち上げようとして、落とす

…枚挙にいとまがないほど、実に良くあることです。これらはすべて現在やろうとしていること、やっていることの「未来の結果が結びつかない」から起こるのです。

大人はこれをたっっっっくさん訓練してきたので出来るだけなのです。逆に言えば
•訓練しないと出来るようにならない


•訓練すれば出来るようになる

んです。いわゆる後天的なスキルというヤツですね。まあ、大人にもこれのトロいヤツがいますから、多少元のアタマの良さも関係しているんでしょうけど。

え? 大人にそんなヤツいるのかって? いますよ! 塀の向こうにいる人たちですよ。今コレを盗んだら、後で逮捕されて社会生活が台無しになる…と予測出来ないから、盗んだり、刺したり、盗撮したりしちゃうんでしょ(´~`)「

閑話休題。

で、配膳。これが良いのは、直後に食事をするという行為が控えていることです。この食事のときに、誰が何をいつもどういうふうに食べているのかを予測して準備する必要があるんです。しかもその結果ががすぐに解る( ̄∇ ̄)わけです。配膳が不首尾だと、いちいち立って必要なものを取りに行かないとならないですから。
•醤油がない
•刺身用の小皿がない
•お手ふきがない
•レンゲがない
•食後のお茶用の湯飲みがでていない
•デザート用の小さいフォークがない

…よくありますよね。こういうこと。いや、あっちゃいけないんだけども(^Д^)。これらはいつも食事をしていて観察していれば、すぐに思いつくはずのことです。ところが子供にやらせてみると出来ない(><。んですよねえ、コレが。いや、ほんとに。

ほんの数十分後のことが予測出来ないんです。ま、前提として観察していないというのもありますが、観察が必要な配膳はむしろずっと高度で、そのレベルなら問題ないくらいです。刺身だって言っているのに、醤油もわさびも出さないのはヘンでしょ。

配膳は、この原因(醤油を出していない)とその結果(刺身を食べられず醤油を取りに立つ)が、ハッキリとしかも短時間で結びついていることです。

他の家事、たとえば洗濯物をたたむなどは、こうハッキリとは結びつきません。靴下をバラバラにしたままだと後で履くときに困る…けど、その結果は早くて翌日、遅いと数日後ですよね。もう覚えちゃいませんよ、そんなこと(^Д^)。それじゃ効果が薄いんですよ。

これを毎日繰り返していると、だんだん予測がつくようになるんです。ま、数十分くらいの未来のことですけどね。そして、そのうちには、数時間後数日後数ヶ月後が徐々に予測出来るようになるんです。

お子さんのいる家庭では、是非家事手伝いを。特に配膳を担当させてみてください。ジアタマが良くなりますよ。

 

 

 

 

津田大照

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