子供の「噛みつき癖」の意外な理由、その対処法とは

1歳過ぎくらいからある子供の「噛みつき」。自分の思いを伝えたいけどうまく言葉にできなくて感情を「噛む」という行為で表現してしまう。対処法についていろいろ見てみました。

リンクより
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子供が保育園や幼稚園でお友達を噛んでしまった。
 家で子供を叱ったら、噛み付かれた。
そんな経験をお持ちのお母さんはいらっしゃいませんか?

2・3歳になりお話が上手になったなと思う反面、まだまだ言葉での意思疎通が難しいのが“幼児”。時として思いが言葉に繋がらず、「噛む」という行動に出てしまうことがあります。

そんな時、どのように叱ったらよいのか。また、どうしたら「噛む」事をやめてくれるのか、悩んでしまうお母さんも多いことでしょう。

そこで今回は、幼児の噛み付きの原因と対策について解説したいと思います。

1.噛む理由とは?

子供がお友達を噛んでしまうとき、親に噛み付いてくるとき。
そこにはどんな理由があるのでしょうか?

■環境の変化

何らかの環境の変化により、子供の心が安定していないということがあります。
 引越しをした。新しい保育園に移った。クラス替えがあった。兄弟が増えた。
などの出来事が、子供の心に多大な影響を与えることもあるでしょう。
そういった環境の変化への苛立ちから、お友達を噛む。親を噛む。という行動に移る子供は数多くいます。

■言葉が未熟である

いくら言葉が達者になったといえ、まだ2・3歳は幼児です。
そのため思いを上手く言葉で表現することが出来ず、その苛立ちから「噛む」という行動に出ることがあります。
お友達に玩具を取られたとき、「僕の」という一言が出てこず、噛み付いてしまうこともあるでしょう。また親に叱られたとき「こうしたかったのに、出来なかった」などの理由を言いたいのに、言えずに噛み付いてしまうこともあるでしょう。
 言葉が未熟である、というのは噛み付きの大きな理由といえるでしょう。

■親へのアピール

噛んだら相手はどう反応するのか。
 幼児にはそれが分かりません。そのため「噛んでみる」ことで、相手の反応を知ろうとしているときがあります。
また、親が「噛み付き」に反応することをおもしろがってしまうこともあります。

2.噛む時の対処法

それでは、子供が「噛み付く」時、親はどのように対処すればよいのでしょうか?

■抱きしめてあげる

子供が噛んでしまうときは、上記のように精神的に安定していないことが多くあります。また、子ども自身も噛んでしまった自分を情けないと思っていることがあります。そのため、子供が噛んでしまったときは、抱きしめ、背中をとんとんとたたきながら気持ちを落ち着けてあげることが大切です。
 子供がきちんと話を聞ける状態になったら、痛かったことを教える。どうすればよかったかを教える。など、話をしてあげると良いでしょう。

■噛んだ理由を代弁してあげる

子供が噛む時は、上記の通り「言葉が未熟」で思いが言葉にならないことが多くあります。そのため、「○○ちゃんは、嫌だったね」「悔しかったね」と噛んでしまった気持ちを親が代弁してあげると良いでしょう。
 子供は親が理解してくれたことで安心すると共に、次からは言葉で伝えなくてはいけないことを感じることが出来ます。

■噛まずにどうしたらよかったのかを教えてあげる

子供が落ち着いたら、噛まずにどうすればよいかを教えてあげると良いでしょう。
 玩具を取られて噛んだなら、「“貸して”って言えばよかったね」と諭してあげる。
また、怒られて噛んでしまったのなら「違うなら、違うって言えばよいんだよ」と教えてあげる。
 繰り返し言葉の大切さを教えることで、子供は次第に噛む事をやめるようになります。

3.まとめ

子供が「噛む」のは、言葉の未熟さが主な原因です。
そのため、自分の気持ちをきちんと言葉で伝えられるようになれば、自然と噛むことはやめるようになるでしょう。
そして、そう子供が成長できるようになるためにも、親はきちんと“言葉で伝える大切さ”を教えてあげることが重要なのです。

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その時その時の子供の気持ちをまずはしっかり理解して「ちゃんとわかってるよ」というのを子供にしっかり伝えてあげることが必要なんだと思いました。

 

 

 

 

秀凜

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「行動」コントロールよりも深刻な「心理的」コントロール

 子供に対して、「これしちゃダメ」、「あれしちゃダメ」、といった事をいうことは良くないという親は随分増えているように思うが、これらの「行動コントロール」よりも、深刻なのが「心理的コントロール」。子どもに罪悪感を持たせたり、親の期待に応える行動をしないと親から愛されなくなると感じさせたりする事。

 「子供のために…」などと言い訳せず、これら一切のコントロールを今すぐ直ぐに止めることこそが、子供を幸せにする唯一の術だと思う。

リンクより引用します。

※※※以下、引用※※※

Inc.:どんな親も我が子には幸せで満足感が高い一生を送って欲しいと願うものです。そんな中、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの研究により、子どもの頃、親から心理的コントロールを受けることが少なく、よく可愛がってもらえたと感じている人の方が大人になってからの幸福感や満足感が高いことがわかりました。

逆に言えば、成長期に親からの心理的コントロールを強く受けた人ほど、大人になると精神安定が著しく低い一生を送ることになります。その影響たるや、親しい友人や親せきを亡くしたばかりの心理状態に近いぐらいの不安定な精神状態でした。

同研究の筆頭著者であるMai Stafford博士は次のように述べています。

「優しくて子どもにすぐに応えてくれる親がいた人は、一生を通して人生の満足度が高くなり、精神的な健康も良好になることがわかりました。その反対に、心理的コントロールを受けた人は、人生に対する満足度も精神的な健康も著しく劣っていました。心理的コントロールとは、子どもが自分で何か決めることを許さない、子どものプライバシーに立ち入る、子どもの依頼心を育ててしまう、などがあります。」

心理的コントロールは行動コントロールとは異なることに注意してください。行動コントロールには、門限を作る、雑用をさせる、宿題を終えることを期待するなどがあります。

「(親は)好きなだけ自由にさせてくれた」とか「(親は)外出したいときは外出させてくれた」という項目が「No」と回答された場合は、行動コントロールがあったと認められます。それは一見心理的コントロールのように見えるかもしれませんが、違います。この場合、親は特定の行動に対して制限をかけていますが、感情に対して制限をかけているわけではないからです。

心理的コントロールは、子どもに自分でものを決めさせない、プライバシーを与えない、子どもの自立しようとする気持ちを歓迎しないことです。

たとえば、「(親は)子どもの自分がすることすべてをコントロールしようとした」とか「親がいなければ何もできないと感じさせようとした」という質問項目が「YES」と回答された場合、心理的コントロールがあったと認められます。

(中略)

Stafford博士は次のように語っています。

「子どもが親と安心して情緒的愛着心を共有できると、成人してからも安定した愛着心の形成がうまくできるようになることが別の研究によりわかっています。

子どもは両親から与えられた安定した陣地から外界を見て世の中がどのようなものか知ろうとします。親が子どもに優しく接して、すぐに応えてやることで、子どもの社会性や情緒の発達も同時に促進されています。逆に、心理的コントロールがあると、子どもは独立心を制限され、自分の行動を正しく律することが下手になります。」

(中略)

親は、遠慮なく、適当と思える制限を設けたり、子どもにいろいろ期待してかまいません。でも、そこからあと一歩踏み込む必要があります。それは、子どもになぜそういう制限を設けたのか、なぜそういう期待をするのかを説明して、子どもの意見を必ず聞くことです。一定の行動はコントロールできても子どもの意見を全てコントロールすることはできません。だから、子どもの心をコントロールしようなどと初めから思わないことです。親としては同意しかねることを子どもが言っても、子どもが親と別の物の見方をする権利を尊重しましょう。子どもを尊重している態度が、子どもに対する優しさを示すには良い方法です。

それから、できる限り子どもには自分で決断させるようにしましょう。賢い選択をして自分の行動に責任を持つことを学ばせるには、早いうちからそれを実践させることが一番です。

結局のところ、子育ての最終目標は、成功と自立を手に入れる大人に育てることです。それが幸福感と満足感を生みだす最高のレシピだからです。

※※※引用、以上※※※

 

 

 

 

野崎章

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ホリエモン「保育士の給与が低いのは誰にでもできる仕事だから」発言で物議

「育児」「介護」は給与が低い。それは、かつては共同体で当たり前に行われていた行為だから。

共同体を崩壊させたツケがまわってきたとも言えるのだが、「育児」も「介護」も市場における労働になってしまったことが最大の要因だろう。「金を払っているのだから」と、その対価を要求する。保育士も介護士も、余計なことをして訴えられることばかりを気にして汲々としている。金さえあれば、自分勝手に生きられる世の中をつくり、育児も介護もできない(≒外注する)現実を生み出した。集団を無くすとは、そういうことなのだろう。

livedoorニュースより転載です
リンク

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ホリエモン「保育士の給与が低いのは誰にでもできる仕事だから」発言で物議 「保育士馬鹿にしてる」「言っていることは正しい」
2017年10月16日 14時43分
 
ホリエモンこと堀江貴文さんの発言が波紋を呼んでいる。朝日新聞が10月12日に掲載した「『なんで保育士の給料は低いと思う?』低賃金で負の循環」との記事に同日、「誰でも出来るから」とコメントしたことが発端だ。

堀江氏は、保育士の給料が上がらない理由について事実を述べただけと解説しているが、ネットでは、これを含む一連の発言に対し、賛否が分かれている。

現役保育士は賛同「『子どもと遊ぶだけ』の印象を変える努力が必要」

マクロミルが今年4月に発表した調査では、会社員・公務員として働く70人の保育士の平均月収は19万1176円だという。年収は約230万円の計算だ。たしかに低い。

替えが効かない仕事は世の中そんなに多くないが、特定の職種を挙げて「誰にでも出来る」と評価するのは、その職種や就業中の人を貶そうとして使われることがある。そのため、今回の堀江氏の発言を「保育士を馬鹿にしている」と受け止めた人も多かった。

「そんなに言うなら一か月保育士をやってみて」「国家資格が必要だから誰にでも出来るわけじゃない」といったコメントは多々寄せられたが、堀江氏はこうしたコメントを「論点がずれている」「感情論の極みだな」と一蹴する。

また、自身の「誰にでも出来る」発言について後に、リプライに返信する形で補足している。職場環境については「当たり前のこれまでをなんら改善しようとしないからダメなんだよ。例えば壁の装飾とか本当に必要?とかね。IT化も遅れてるしな」と、効率化が進んでいないことを指摘。発言の真意についても、

「誰でも(やろうとしたら大抵の人は)出来る(大変かもしれない)仕事だから希少性が低く(コンビニバイトなどと同様に)給料が上がらない構造になっている」

と、説明していた。これには、現役の保育士でSNSでの人気も高い「てぃ先生」が

「私は保育士をしていますがその通りだと思います。資格を持たずとも子育てはできる。一方で、国家資格をとり子どもにあたる保育士がいる。この両者の違いであるはずの『専門性』がオープンでないし、当然世間も認知していない。『子どもと遊ぶだけ』の印象を変える努力が必要」

と賛同するコメントを出していた。

昨年は「介護士は誰でも出来る仕事」発言で物議

ネットでは、「ホリエモンの保育士発言に関する批判、まぁ気持ちは分からなくもないけど、論点違くないかと思う」「言っていることは正しい」と、堀江氏を擁護する人もいるほか、「わざわざ炎上させて保育士の低賃金現状を周知させてくれてるの親切~」と、騒動を皮肉る声も聞かれていた。

堀江氏は昨年8月にも、自身のツイッターで「介護士は誰でも出来る仕事だから単価は残念ながら上がらない」と発言し、物議を醸している。
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(転載おわり)

 

 

 

 

孫市

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「いい子」「悪い子」すべては”親の決めつけ”だ

子育てしていると子どもの行動が親が思っていること違っていたりするとイラっとしたり、こんなことをするのはだめだとマイナス視してしまったりすることもあると思います。でもそれは親のものに対する見方が固定化しているだけでしかも親にとって都合の良い見方にしかなっていないことも多いと思います。固定化された見方ではなく、子どもひとりひとりとしっかり向き合ってなぜこの子はそんな行動をしてるんだろうと子どもに同化することも大事だと思います。

リンクより
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うちの子はだらしがない。自分がやりたいことはやるけど、嫌なことはやらない。宿題もやらずに平気で遊んでいる。たとえ宿題をやったとしてもいい加減で手抜きがすごい。マイペースで何をやっても遅い。落ち着きがない。子どもが小さかったときはかわいがられたのに、最近はしかってばかり。「子どもをほめよう」と言われても、いいところが見つからない――。

長年、小学校の教師として数多くの子どもと親に接してくる中で、親たちのこういった嘆きをたくさん聞いてきました。

親というものは、どうしても、わが子の短所ばかり目についてしまうようです。しかし、短所ばかり見て指摘していても、いいことはありません。子どもの自己肯定感を下げ、中長期手に見てむしろマイナスのほうが大きいのです。

そこで、私がお勧めしたいのが「リフレーミング」という手法です。人は誰でも一定の枠組み、つまりフレームを通してものを見ています。リフレーミングとは、そのフレームを一度外して、別のフレームで別の角度から見直してみるということです。そうすると、短所に見えていたものが、実は長所でもあったということに気づくことができます。

(中略)

■マイペースで遅い子の見方を変えると

また、たとえば、何をやってもマイペースで遅い子がいたとします。親にとっては時間がかかってイライラするなど、不都合で不愉快なことなので短所に見えます。でも、見方を変えれば、他人のペースに左右されることなく、ゆったり着実に自分らしく生きられるということでもあります。それに、こういう人はほかの人がマイペースでのんびりしているのも許せるのではないでしょうか?やたらに忙しく生きる大人が多い中、こういう生き方ができる人は貴重です。

さらに別の例をあげましょう。よくふざける子がいたとします。親のフレームで見ると、やってほしいことをさっさとやらない、迷惑で困った子であり、「ふざけちゃダメ。ちゃんとやりなさい」としかってしまいがちです。でも、フレームを変えて見直してみると「ふざける」というのは面白がるのがうまいということです。明るい、ユーモアがある、盛り上げ上手、ということでもあります。こういう子が大人になって、その場に応じて行動する判断力がつけば、ムードメーカー的な人気者になる可能性が高いと言えます。

また、よくある例として、「何事もいい加減で、手抜きがすごい。宿題などもやればいいんでしょという感じ。何事にも丁寧に取り組んでほしい」と嘆く親がいます。でも、これは物事の軽重を自主判断できるということでもありますね。大人が仕事をするうえで、何でもすべて同じようにがんばっていては疲れてしまいますし、非効率です。ある部分は「いい加減」で済ませて、「ここぞ」と思うところに時間とエネルギーをかけられる人が業績を伸ばせるのです。時間もエネルギーも有限ですから、物事の軽重を自主判断して優先順位をつけて取り組むことが大事であり、その子はすでにそれを実践しているのです。
これらは、筆者が長年多くの子どもを見てきたうえでの実感に基づいています。とにかく、「この子は○○だ」と決めつけないことが大切だと思います。

(中略)

そもそも、子どものある特質が、短所に見えるか長所に見えるかということは、親の都合によって決まってくることが多いのです。今の時点で長所に見えることは、すべてとは言いませんが、多くの場合、親にとって都合がよくて育てやすい、ということにすぎないのです。

ですから、私たち大人はもっと謙虚でなければならないと思います。自分の価値観やものの見方を疑うことなく、固定化されたフレームで見て、子どものことを決めつけてはいけないのです。つねに、別のフレームで別の見方ができないか考えることが大切です。とはいっても、ここが大事なのですが、子どもを見るときだけそうしようと思っても無理なので、生活の中で日頃から心がけて習慣化することが大切です。

(以後略)
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秀凜

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すべての子は天才である

週間 事実報道 131号の記事に、非常に共感できた記事があったので、紹介させて頂きます。

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赤ん坊はみん天才だし、就学するまでの子供も素晴らしい才を持っている。それが学校に入り歳を重ねていくにつれて凡人となる。投稿者は「なぜ?」と問います。

子供はみな天才。そこから常識という固定観念、親や学校教育の圧力にさらされて、凡人に。最終的には活力衰弱から仕方なく生きる子供(大人)になっていく。

脳科学者の茂木健一郎氏は、こう語っている。
「先日、新幹線で5歳くらいの女の子が、ずっとデタラメの歌を即興で歌っていた。なぜ即興とわかったかというと、風景でそのとき見たものを取り入れていたからである。天才だなぁ、と思った。そして、この子が、ずっとその天真爛漫さを保ってくれればいいなあ、と思った。」

★心がはずむ
茂木氏は、「幼い時は神童で、20歳過ぎればタダの人、とよく言われるが、これは特別な人のことを言っていっているのではない。私たちすべてに、この警句は当てはまる」という。

なぜ、子供は天才なのに大人はタダの人になるのだろうか?
同氏は、常識に支配されているからと指摘する。「不完全な子供が、次第に学んで、大人という完成形に近づいていく。このような学習観自体が、自由を奪っている。常識、先入観という社会の安定装置で、その人の自由な発想や行動が縛られ、そのことで天才性を失ってしまうのだ。」(茂木氏の言葉)

また、茂木氏は、保育園でずっと元気に走り回っている子供を見て、保育士に「子供はなぜずっと走りま回るの?」と聞いてみたそうだ。すると保育士は「心がはずんでいるから」と返したという。
心がはずむ――この言葉は元気という言葉とは違う、身体と心のつながりをイメージさせるものだ。

追求をし続ける「天才」と「心がはずむ」子供。思い浮かんだのは私の会社に来ている3歳の子供。なんでも楽しんでいる。動き続けて、喋り続けている。注視してみると、以下の4つを感じた。

①常に楽しんでいる。
②全てが遊び
③全てを肯定視
④全てが同化対象(真似をする対象)

この視点を大人になっても失わないように、再生できるように、追求してみたい。

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加藤俊治

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エジソンは、3ヶ月で小学校を中退していた!母はどうやって息子を偉大な発明家に育てたのか?

子どもはみんな天才です。追求し続ける活力を失わせない対応が重要なのです。
>自宅では興味を持ったことに対しては、好きなだけ打ちこませる環境をつくるよう心がけました。そして質問に対しては、すべて肯定的な言葉で答えたようです。

エジソンは、3ヶ月で小学校を中退していた!母はどうやって息子を偉大な発明家に育てたのか?リンク より引用です。

■発明家エジソンは、小学校を3ヶ月で中退!彼の才能を開花させたのは…
かの有名な発明家であるエジソンは、一家の7番目の子どもとして生まれました。

7歳のときにエジソン一家は引っ越します。
それから地元の小学校に入ったのですが、なんと、わずか3ヶ月で中退。

一説には、エジソンがLD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)などを患っていたという話もありますが、定かではありません。

退学の原因は、入学して早々にいろいろと問題を起こしたからだと言われています。授業中、先生を質問攻めにして授業の進行を妨害したり、納屋に火をつけて燃やしたりしため、入学してから3ヶ月後に校長先生から退学勧告を受けたのです。

そんなエジソンの味方になったのが、母のナンシーでした。

ナンシーは元教師でしたから、学校の対応に疑問を持ち、それを伝えていたとのこと。そうすると学校側から「そんなにあの子をかばうのなら、あなたが教えたらよろしい」の一言を受け、エジソンの教師役を務めることを決心したのです。
母ナンシーは、エジソンの才能をどう育んだのか?
ナンシーは、変わり者と呼ばれていたエジソンの潜在能力と才能に密かに気づいていました。
エジソンは、3ヶ月で小学校を中退していた!母はどうやって息子を偉大な発明家に育てたのか?の画像3
「他の子どもと比べて、いろいろな点で劣っているが、好奇心や探究心は特異なものを持っている。こうした才能は、一般的な小学校では伸ばせない。」と思ったそうです。

ナンシーは、自宅では興味を持ったことに対しては、好きなだけ打ちこませる環境をつくるよう心がけました。そして質問に対しては、すべて肯定的な言葉で答えたようです。そうした環境の中で、エジソンは次第に才能を伸ばしていったのです。

後にエジソンはナンシーについて「母が私の最大の理解者であった。母がいなければ私は発明家になっていなかっただろう」と語っています。

ナンシーは、エジソンの才能を引き出し、愛情を惜しみなく注いでいったのです。小学校中退の身であれだけの成功を収めたエジソンはすごいと思いますが、エジソンの才能をいち早く見い出し、その才能が伸ばせるような環境を整えた母ナンシーは、さらにすごいと思います。

 

 

 

匿名希望

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子どもとの食事は楽しいのが一番!マナーやしつけよりも大事なこと

子育てにおける食育、食事の大切さを親子ともに理解していくことは大切です。でも何より食事は家族の楽しい時間でありたいですよね。

今回は子供との食事のあり方について書かれた記事を紹介します。

~以下リンクより抜粋~

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食育、そして食事のマナーやしつけ、子育てをしていく上で、すごく大切なことだと思います。でも、その前に、大切だと考えることが私にはあります。食事は、みんなの顔を見ながら、美味しい笑顔で楽しい時間だって、子供たちに思ってもらいたい。楽しく食事をするから、心だって体だって、食べた物を生かすことができるんじゃないかって思うんです。

マナーやしつけを気にしすぎて、働くママが時間もないのに、やたらと時間をかけて健康食を作り、それを、子供たちに無理やり食べさせようとして、食べないと、「早く食べなさい!」「残さず食べなさい!」「なんできれいに食べられないの!」と、ママも、子供もストレスがたまるような食事にしては、いくら健康にいいものを食べていても、食事のたびに蓄積されていくストレスで体を悪くしかねません。だからこそ、食事の時間は家族でリラックスして楽しく笑顔で食べることが、まずは、大切だと思うんです。

無理矢理たべさせなくてもいいのでは

家族で楽しく食事をできるのは夕食。バランスよく、野菜、肉、魚などなど、できる限り、子供たちに楽しく、美味しく食べてほしいと思うわけですが、素直に食べさせるには、一筋縄ではいきません。娘たちは、保育園でも、小学校でも、給食はしっかり食べていると、先生たちとの情報交換でわかっていますが、私が作ると、味付けや見た目によって食べなかったりするわけです。

保育園や小学校では、やはり、集団生活ということで、しっかり食べないとという心理も働くようですが、家に帰ってくると、安心しているのか、親に甘えてきて、好き嫌いを言ってきます。どこの家庭も同じじゃないでしょうか?だから、好き嫌いを把握したうえで、栄養が偏らないようなメニューを考えたり、苦手な食材も、形を変えて娘たちが気づかない形で、美味しく食べてもらうように、料理を工夫することも大切かなと。
子供は、気分で嫌いということも、もちろんあります。それならそれで、無理やり食べさせなくてもいいのかなとも思っています。それよりも、子供たちが楽しく笑顔で、いろいろな会話をしながら、雰囲気を楽しみながら、食事を楽しむことのほうが大切ではないのかなって思うわけです。

家族で食べる食事がとっても楽しいと、子供たちが思うことって、大切だとは思いませんか?好き嫌いの大半は、成長とともに、食べられるようになるし、あとは、食べるチャンスを作ってあげ続ければ、食べるようにはなります。うちの3歳の娘は、好き嫌いが多くあります。なかでも、緑の葉物野菜は全体的に嫌いで、そのままの色で出すと食べません。でも、細かくしてスープに入れたり、カレーに入れたり、ハンバーグに入れたりすると、美味しいといって食べています。親が工夫して料理を作ってあげれば食べられるわけです。

まだ3歳ですからね~ 成長とともに、緑のまま食べられるようになればいいと、見守っていこうと思っています。ちなみに、6歳のお姉ちゃんのほうは、今では好き嫌いなく食べることができるようになっています。無理強いするよりも、待つことも大切だなと思います。

親が命令口調じゃ子どもも食事を楽しめない

常に親が命令口調で「好き嫌いなしに食べなさい」「こぼさないできれいに食べなさい」「早く食べなさい」、そう言われ続ける食事の時間を作ってしまっては、子供だって美味しく食べられません。「残さず全部食べなさい」この命令も、つい言いがちです。でも、毎回全部食べなさいと強制するのも、どうかなと。

大人だって、体調の悪いときとか、気持ち悪いときは食事を少なくしたり、残したりしますよね。子供の食事の様子こそ、子供の体調を把握する絶好の機会でもあるので、体調が悪くても、気持ち悪くても、全部食べるのを強制して、子供が真面目にその決まりを守っていたら、子供の体調の悪いのに気付けないことだってあるわけです。食事の時間は、好き嫌い、食べ残し、食べこぼし、それぞれを強制することなく、常に機会を与えつつ、成長を確かめる、一つの手段と考えていくことで、ゆっくりと待つこともできるのではないかな?

特に子供たちが小さいころというのは、成長とともに解消していく問題がほとんどであり、今すぐ強要する必要すらない問題がほとんどです。それよりも、食べることがつまらない、そう、子供に思わせてしまったら、いくら食育、マナーやしつけを考えて、最高の食事を用意したところで、家族で食事を食べるのは嫌だってなってしまうのではないですか?

親も子供たちも楽しい食事時間を過ごすために

栄養のバランスのとれた食事を用意しつつ、無理強いしないで美味しく食べられる食事を用意する。そして、みんなで楽しく食べる雰囲気を作っていくこと、それが親の役割であって、食事は楽しい、美味しい、と子供たちに思わせることが、しつけやマナーよりも大切なことではないのかなと、私は思っています。その上で、楽しい家族の食事の時間に、親兄弟が、美味しそうに食べているのを見たら、嫌いだったものでも食べてみようかなって、思ったりもするものじゃないですか?

今、我が家では、私やママの用事がないときは、3歳と6歳の娘、パパママ、家族4人で、テレビを見ながら、親子で話しもしながら、笑ったり、たまに、喧嘩になったりしながら、ゆっくりと時間をかけて、ゆっくりと娘たちの成長を感じながら、夕食を楽しんでいます。

マナーよりも、しつけよりも、食育よりも、まず先に、家族みんなで楽しい食事時間を作っていくのが一番、そう思いませんか?

 

 

 

匿名希望

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幼児のイヤイヤ期は、集中力を育む敏感期

東洋経済の記事「集中力を育むモンテッソーリ教育」の本質から引用します。

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●子どもは自分の「伸ばしたい能力」を知っている
モンテッソーリ教育は、マリア・モンテッソーリ(1870~1952)という、女性医学者・科学者によって、イタリアで始められた教育法です。今日では、欧米で3割の子どもが何らかの形でこの教育を受けているといわれています。

マリア・モンテッソーリは、すべての子どもは、「自らを伸ばす力(自己教育力)」を持っていると考えました。そのため、大人が子どもに「教える」のではなく、大人はあくまでも「サポート役」に徹することを求めます。私たちはともすると、子どもを教え導きたくなるものですが、そこをぐっと踏みとどまり、子どもの自分で伸びる力を信じ、そのための環境を整える役割に徹する。それがこの教育法の根底に流れる精神です。

小さくても、子どもは自分の伸ばしたい能力に気づいています。そしてその能力を伸ばすために、大人から見ると「なんで?」と思うような行動をとったり、同じことを何度も繰り返したりします。

たとえば「急いで!」といくら言っても急がない。いつもと違う道で帰るとかんしゃくを起こす。毎日同じ服を着ようとする、お友達におもちゃを譲ることができない……。これら日常の「事件」は、1歳半から3歳の間に多く現れ、大人はこれを「イヤイヤ期」と呼んでいます。しかし、これら大人にとっては「困った行動」の裏には、子どもが大きく成長するためのヒントが隠されているのです。

私たちはこの時期をイヤイヤ期ではなく「敏感期」と呼んでいます。「敏感期」自体は、子どもの成長を通じて長い間続きますが、その特徴がいちばん表に現れるのは、人生最初の6年間です。そして言葉を話し始める頃のイヤイヤ期と重なる時期が、敏感期の中でも親子の衝突がいちばん生じやすい時期となります。

●敏感期に「同じことを繰り返す」ことで、集中力が育つ
自分を伸ばす活動に、一生のうちでいちばん「敏感」になるこの時期、子どもはその能力をどんどん形にしていきます。しかし一方で、親がそれと気づかずさまざまなことを「ダメ!」と禁止するのもこの頃です。それは、子どものためによかれと思って、反対に子どもの大切な才能の芽をせっせと摘んでいるようなもの。まずは親が子どもをよく観察し、子どもが何に敏感になっているかを知ることが必要です。

この時期に「同じことを同じように繰り返す」ことで、子どもは「集中して同じことを行う力」を身に付けていきます。これは将来、物事を集中して行う力、すなわち集中力につながっていきます。

 

 

 

柏木悠斗

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こそだてと社会の変化/知識を蓄積するプロセスとリアリティの関係。

東京大学 先端科学技術研究センターの知識を蓄積するプロセスとリアリティの関係の対談が面白い。

私たちの子育ては、あまりに過保護になりすぎているのかもしれない。

リンクからの引用です。
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■知識を蓄積するプロセスとリアリティの関係の、深い意味

中邑:ROCKETにやって来る、学校に行かない子どもたち。賢いですよ。ずっとインターネットしていますから、その検索能力たるや素晴らしい。だけどそのリアリティのなさも超素晴らしい。
先日、「鳥居を探してこい」っていう授業をしたんです。朝から1日がかりで。彼らに、「鳥居には何種類ある?」と聞いたとしたら、ネットで10分以内に調べることができます、「ああ、先生、2種類だよ。神明型と明神型」と。でも、この授業では情報機器の利用を一切禁止しているので、「なんでー、先生、どこにあんの?」って。「どこにあるかなんて知るもんか。とにかく時間はたっぷりある。紙と鉛筆渡すから、鳥居をできるだけ大きくスケッチしてこい」と。

彼らが帰ってきて、描いた鳥居の絵見て、「これ、木だった?金属だった?」と聞くと「わかりません」と言う。「だめだな。木か金属か石かという分類だってできるのに、それさえ見てないじゃないか」と。ネットのみに知識を依存した状態では、これでいいんだぐらいのことになっちゃう。そして、枠ができる。色んな視点で一つのものを見ていくことができるにも係らず。いまの子どもたちは、知識はタダだと思っている。知識を集積していくっていうプロセスを知らないまま大きくなっているんですよ。

学問というものがどれだけ大変なのかということが、こうするとわかるんですよ。とにかく時間をかけなきゃダメだと言うと「うわ、めんどくせぇー」って言うんだけれど、確かに面倒くさいんですよ(笑)。「どこに鳥居あるんだよう」「お前聞けよ、あのおじさんに」みたいな世界です。でも、「学者というのはこういうもんだ」と言うとやるんです。いま、学者がなりたい職業の上位になっていますからね。けれども、そういうふうにやっていかないといい研究者にはなれない。とにかくリアリティをどう与えるか。それが僕たちの教育なんですよ。

今年、自然やサイエンスが好きな子どもたちに、「食物連鎖は本当か?」という授業をします。だいたいの子どもは食物連鎖の絵を描けるんですね。「ほんとか?  お前、鳥が魚を食うところ、小さい魚を大きな魚が食うところ、見たことあるのか?」「ない」「うそじゃん、それ」と。「ほんとかどうか確かめろ」と言って、一日、鳥を観察させてやろう、船に乗せて魚をつかまえて観察させてやろうかと思っています。リアルって何なのかっていうことを徹底的にやっていく。それしか教えてない。

根本:いまの子どもたちは本当にデジタルネイティブなんだなと思います。こちらもこそだて研の調査ですが、小学校高学年では約8割がパソコンを使っていました(2014年調査時)。リアルにこだわるというのは、子どもたちがネットの世界にどっぷり浸かっているという以外にも理由はあるんですか?

中邑:感覚ですよね。例えばロケットを打ち上げるときに何が重要かというと、最終的にはそれを判断する人の天候を感じる力なんです。生きるか死ぬか、最終的にはそれなんですよ。

■「意図しないという子育て」とは何か

根本:そういう活動の中で、お子さんに変化が出てくると思うんですけど、その変化を親御さんも見られているわけですよね。

中邑:いや、実はね、「プロジェクトで何が変わりましたか?」とよく聞かれるんだけれど、「僕らは、別に何も変わることを期待してないし、知りません」と言うことにしているんです。つまり、変化を期待するっていうのは、目的があるんですよ。目的をつくっちゃうと、僕たちは目的に誘導してしまう。

けれども、子どもの本来の力って、そういうところじゃないところにあるかもしれない。変なことをやっていると、親ってだいたい止めますよね。「そんなことしてどうするの?」と。そうして無駄な部分って削がれていくんだけれど、その無駄をやらせることができるということが、僕は重要だと思っているんです。だから、「変化は何ですか?」というと、「いや、子どもがとりあえず楽しそうに生きていますね」と、それだけです。

~中略~

中邑:ですよね。不安になりますよね。

根本:不安だらけです。自分の子育てもそうですし、子どもを通して未来を見ることを考えるとき、ワークショップなどをやっても、子どものやってることに「どうしてそれそう思うの?」とか「何を目指してやろうとしているの?」と、つい答えを聞きたくなってしまうのを、いかにぐっと我慢して、寝かせて待って観察するかというのは、言うのは簡単だけどやるのは難しいと思います。

中邑:子どもがなぜそんなことやっているかというと、おもしろいからに決まっていますよね。答えろと言われても子どもは答えられないし、たぶん親は違うことを望んでいるんだろうなということを窺いながらやっているわけですよ。いまの子どもたちって、褒められることが好きになっているから言うことをきく。そうすると他人に責任をゆだねることができるから楽なんですよ。

子育てだってそうですよ。いまの子どもを育てている人達っていうのはね、どんな子どもに育てようと考えているとは言うけれど、いい大学へ行っていい仕事を見つけられたらいいということしか考えていない。つまり、ほとんどの人がそう考えているっていうことは、敷かれたレールが一つしかないということです。レールに向かって、塾があり、教育産業があり、教材がある。だから、そこに乗っちゃったら何も考えない。

でも、そこから離れてしまうと「どうしよう」と戸惑うわけです。プロジェクトに来ている、そこから離れた子どもたちっていいんですよ。暇があるし、親が諦めていますからダメって言わない。「どこでも、先生、連れてってください」と。僕たちが不登校の子どもになぜ注目しているかというと、時間がたっぷりあるからです。一日かけて鳥居を見てこようなんて、学校じゃできない。

~後半(リンク)に続く~

 

 

 

 

秋田稔行

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効率を上げるためには「急がば回れ」

リンク

親は教えてはいけない!

どうやったら限られた時間の中で効率よく勉強できるのか。そのために一番大事にしていることは、「親が教えてはいけない」ということ。

「5歳から9歳ぐらいまでだと親もまだ教えることができるので、つい教えてしまうかもしれません。だけど、筋トレしているのに横から持ち上げたら意味がないですよね。親ができることって見守り、親子の一体感を作り、やる気を引きだすこと」(稔さん)

基本的に学校帰りのエレナさんの勉強をみるのはママの役目。宿題を持ち帰っても、そばで見守りながら絶対に教えることはせず、分からないと聞かれたら、「どうやったら分かるようになるか」を考えさせながら、必要な時にだけサポートするという夫婦の共通認識を持ち徹底した。

「新体操もそうですが、技術が必要になってくるスポーツで成果を上げるには、頭を使うことも必要だと思っています。そういう意味で、スポーツのために頭を鍛えると思った方がいいんじゃないでしょうか? 勉強のため、学校の成績のためと思うと、親の押し付けになってしまうので」

例えば勉強もゲームのように遊び感覚を取り入れ、前回より点数が高くなったことを楽しめるような言葉がけを意識し、エレナさんのやる気を育んだという。

「小さくていいので成功体験を積んでいくこと。あまり手の届かないことをすぐにやっても難しいので、そこは親が調整して。大切なのは、脅しは効かないということ。勉強がやりたくなかったら(スポーツに例えながら)『じゃあ、勉強でも点を取ってみようか?』と」

勉強指導のプロでもある稔さんでも、時には分からないフリをすることも。「ダディに教えてよ」「今度ダディと競争してみよう」と親子ゲームのような感覚で取り組むことで、「勉強が特別なつまらないことになった瞬間に出来ないしやらなくなるので、勉強を日常のこととして取り組んだ」という。

さらに限られた時間をより有効活用するためのヒントが、『急がば回れ』だ。

「成長の段階、年齢にもよるけど、効率よく勉強するためには早く理解しないといけない。早く理解するためには、まずはゆっくりでもいかに深く物事を見ることができるか。分からないままやる方が非効率的だし、ただスピードを速くして沢山やるのも非効率的」

在米日本人、日系人家族が抱える大きな課題の一つが、英語と日本語の両立である。週5日通う現地校の勉強も、学年が上がるごとに難しくなる。それと反比例して低下していくのが日本語だ。2つの言語を同時に習得するための勉強を継続するのは、とっても大変なことなのだ。

そんな状況に加え、新体操の練習もあるエレナさんの日本語の勉強を指導するのはダディの役割。

例えば、国語の教科書を読む時にも、最初の一段落、二~四行ぐらいの短い文章でも三十分から一時間かけながら、一つ一つの言葉の意味やそこから派生する単語や出来事、イメージできるものなど学びを深める工夫をする。目先のスピードにとらわれず、じっくりゆっくり理解することの幅を広げていった。

「それで深く分かる、全部わかるとこんなに面白いんだと味わってもらう。この教科書ってそんなに面白いものなんだと思うともっとやりたくなる。探求能力がつくんです」

日本語学習に限らず、急がば回れの勉強法を実践してから、「逆に分からないと気持ち悪いと思うようになって、より分かりたい、学びたいという気持ちが強くなった。こういうことを毎週やっていくと、今(高校生のエレナさんは)僕が何か質問しようとすると、こちらの考えている問題をエレナが当てたりする。

ゆっくり深くを真剣に繰り返しているうちに論理的な思考力と理解力が高まっていき、どんどん早く、深く理解できるようになってくる。この素地ができて初めて、効率よく勉強できるようになると思います」

 

 

す太郎

 

 

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